雑渡さんと一緒! 212
無事に手術でプレートを入れて一度退院し、今度はプレートを取るための手術をする目的で入院し、そしてまた退院してから何日か経った。一つ言えることとしては、一度目の退院の時には昆は治ったわけではないのだから絶対に無理をするなと家事をやらせてもらえなかったけど、二度目の退院の後からは心配こそされたものの家事をまたやらせて貰えて助かった、ということだ。非常に退屈な日常だった。病院では動けと言われていたにも関わらず、昆は動くなと言い、少しでも家事をしようものなら般若と化していたのだから。
トン、と包丁がまな板に当たる音さえ愛おしい。今回改めて知ったことだけど、私は家事が好きなようだ。やり甲斐を感じる。もちろん、昆も意外なくらい頑張ってくれていた。ご飯を作ってくれていたし、洗濯も乾燥機能までしっかりと使ったとはいえ、やってくれていた。ただ、掃除はやっぱり苦手なようで、私の可愛いドラム式洗濯機は埃が詰まりに詰まっていた。それを一心不乱に掃除していて、生き甲斐さえ感じてしまったのだから私は間違いなくお母さんの子供なのだと思う。お母さんも洗濯機の掃除や換気扇の掃除が大好きと言っていたから。まぁ、私は換気扇の掃除は嫌いだけど。
今日の夜ご飯はお好み焼きだ。ホットプレートで好きなように焼くお好み焼きは自由度が高くて大好きだ。生地に山芋と桜海老や天かすを入れ、そこから先はお好きにどうぞというスタイルの作り方を昆は凄く喜んでくれた。それ以来うちではずっと好きな具材を好きなだけ入れることにしている。
「ただいま」
「おかえり。ご飯、できてるよ」
「え?何の匂いもしないのに?」
「どんな鼻をしているのよ」
「だって、本当に何の香りもしないから」
すんすんと鼻を鳴らす昆に冷蔵庫から生地の入ったボウルを取り出して見せると、昆はパァッと明るい顔になった。
昆が着替えている間にテーブルにホットプレートと材料を並べていく。前に串揚げをやった時も感じたことだけど、こういう少しパーティーっぽい感じのご飯が好きなようだ。本当はもっと多くの人数でわいわいと食べた方が楽しいとは思うけど。今度、ヨルを呼んでやってみたいけど、嫌がるかな。
「あー、餅とチーズの相性良すぎる」
「お正月に少し冷凍しておいたの」
「いいね。もう、来年からはシートで買おうよ」
「食べきれないよ」
「冷凍しておけばいいじゃない」
「冷凍庫がパンクするから嫌」
「あっそ」
「二枚目食べる?」
「食べる」
何だかんだ豚玉だなぁと言いながらホットプレートに生地を流し込む昆は機嫌がよさそうだった。なのに、急に何かを思い出したように不機嫌そうな顔をした。疑問に思って首を傾げると、昆も首を傾げた。やっぱり不機嫌そうに。
「なに?」
「もうすぐ2月14日だね」
「うん」
「何の日か知ってる?」
「バレンタインデー?」
「知ってたの?」
「知ってるよ?」
「知った上で去年は無視してたの?」
「してないよ。きぃちゃんにトリュフ作ったもん」
「私は貰ってないのに!?」
急に大きな声を出した昆は私をジロジロと睨みつけてきた。機嫌が悪そうにも見えるし、拗ねているようにも見える。
バレンタインデー。確かに私は去年、なかったことにした。致し方がない。昆はチョコレートを含め、甘いものが嫌いなのだから。職場で大量のチョコレートを貰って帰ってきたら全部貰おう、とわくわくしていたけど、残念ながら一個も貰って帰ってこなかった。少しがっかりしたけど、まぁ、あえて何も言わなかったから私たちはバレンタインについての会話すら去年はしなかった。つまり、完全スルー状態である。
「え?欲しいの?」
「欲しいよ!」
「昆、甘いの嫌いじゃなかったっけ?」
「嫌いだよ」
「なのに欲しいの?」
「欲しいよ。欲しいというか、私が縁がなくて忘れていたのをいいことに恋人のイベントを無視されるのは遺憾だよ!」
「私たち、もう夫婦だけど?」
「揚げ足を取るんじゃない」
バレンタインが縁のない行事だなんて謙遜をする昆をはいはいと嗜めてお好み焼きをひっくり返すと、ジュウッといい音が鳴った。カリカリになった豚肉を見て昆は笑顔になったけど、咳払いをしてからまた怒ったような顔をした。
「チョコレートが欲しいなら職場で貰えばいいのに」
「あのね。私なんかに誰が渡すの」
「会社の女の方に?モテるんだから貰えるでしょ?」
「どうでもいい女からなんて要らない。そもそもなまえは私がモテると思っているようだけど、私はモテないからね?」
「またまたぁ」
「自分で言うのもなんだけど、恐ろしいほどモテないよ」
「はいはい。分かったから食べよ?」
「ねぇ、ちゃんと聞いて!」
「聞いてるよ。要は、私が作ったチョコが欲しいんだね?」
「そう。それ」
二枚目は焼きそばを入れたから、箸で割っても食べにくかった。焼きそばは刻んだ方がいいのかなぁ…それはそれで食べにくいだろうけど。一度でいいから大阪でお好み焼きを食べてみたいところではあるけど、その前に是非とも東京でもんじゃ焼きを食べたい。本当にキャベツを丸く囲った中に生地を入れても上手く焼けるのか見てみたいなぁ…と思いながら食べ進めていると、昆がまた不機嫌そうな顔をした。
今日は嫌なことでもあったのだろうか。そんな風にも見えなかったけど。だいたい、モテないなんて見え透いた嘘をつくなんてどうかしている。昆がモテないはずがない。だって、百人斬りの異名を持つほど多くの人に言い寄られていたのだから。おまけに、私と一緒に出掛けてもチラチラと女の人から見られるのだ。モテてモテて仕方ないの間違いだろう。
「全然本気にしていないね?」
「してるよ。どのみち、きぃちゃんとかヨルに渡すつもりだったから、その余りを昆にとっておけばいいんでしょ?」
「何で私がついでなの!?」
「いや、だってどうせなら喜んでくれる人をメインにしたいじゃない?私も嫌そうに食べられても全然嬉しくないし」
「なまえが作ってくれたなら嫌そうになんて食べないよ」
「甘いもの、嫌いだよね?」
「あぁ、嫌いだよ」
「…ごめん。全然理解出来ない」
理解は出来ないけど、何でかバレンタインデーというイベントには興味があるのだということが分かった。別にそこまで言うのなら、作ったって構わない。お菓子作りは楽しいし。だけど、どうせ作ったところで雰囲気を楽しむだけになるのだろう。昆は甘いものは身体が受け付けないのだから。
お正月とかクリスマスとか、そういう行事ごとにはこれまで縁がなかったと昆はよく言う。だから、行事ごとを過ごすことが楽しくて好きらしい。その一環でバレンタインも経験してみたいんだろう。どうせ一度で飽きるというか、嫌になるに決まっている。その程度にしかこの時には考えていなかった。まさか一度バレンタインを経たことで毎年苦労することになるとは、この時には夢にも思っていなかったのだ。
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