雑渡さんと一緒! 215
「義父さん、あのさぁ…」
「いや、待て。分かっている」
「分かった上でこれなの?」
「2月と8月は仕方ないんだ」
「いやいやいや…」
コン、とお猪口を叩きつけながら睨むと義父さんは手を私の前に広げながら待て待てと言った。待てるか、何だこの売り上げは。いくら2月と8月の売り上げが落ち込むとはいえ、これは酷い。これでは潰されても文句は言えない。
瞳孔が開き切るほど怒りながら義父さんの会社に苦情を言いに行き、散々怒鳴り散らかしてから飲みに来たわけだが。やはり文句の一つも言いたくなる。義父さんの会社は私の担当であり、責任を取るのは私だ。つまり、怒られるのは私の仕事なわけで、散々社長に嫌味を言われたのだから、溜まったストレスを発散させてもらわないわけにはいかない。例え義父であろうとも、仕事は仕事だ。そこは割り切らないと。
「そ、そういばなまえとは仲良くやっているのか?」
「話を逸らさないで」
「い、いいだろう!もう散々お前に怒られたんだから!」
「本音が出たね。悔しいでしょ?こんな若造に怒られて」
「煩い!もう仕事の話は終わりだ!」
「はぁ…」
身内が傘下というのもなかなかに疲れるし、やり辛い。それでも私が思い入れている会社なのだ、簡単には手放せない。
やれやれ、と頭を掻きながら義父さんのお猪口に酒を注ぐ。
「なまえはね、凄くいい女になったよ」
「知っている」
「あ、そー。じゃあ、私を尻に敷いているのも知ってる?」
「昆奈門を?」
「そう」
「なまえが?」
「そうだって」
「は、はは…ぶわぁっはっはっは」
「なにその笑い方。ウザい」
「そうか。なまえが俺の仇を取ってくれているのか」
何が仇だこの野郎…と思ったが、あえて言葉は飲み込んでおくことにした。先日、なまえと大喧嘩をして家を追い出してしまったことがバレているのだ、強くは出られない。
父親とは何なのだろう。縁がないからよく分からない。だけど、きっと不安なのだろうなぁとか、寂しいんだろうなぁとは思うからこそ、なまえが幸せに生活していることは伝えなければならないと思っていた。大切な一人娘を貰い受けたのだ、誠意を持って対応しなければならないと分かっている。
「そういえば、先日結婚式を挙げたよ」
「そうか、結婚式を…はぁ!?」
「見る?写真。もうね、すっごく綺麗だった」
「いや、待て。聞いていない」
「私も当日まで知らなかった」
「嘘をつくな。そんなことがあるはずがないだろう」
「あったんだって、それが」
「よ、呼ばれていないぞ!?」
「うん。そういう式はまた来年やるから」
「はぁ!?二度も挙げるのか!?」
「ね」
「いや、待て。どういうことだ!?」
「ね」
どういうことかと問われると、私もどういうことなのかよく分からない。だって、急に山奥に連れて行けと言われて早朝に起こされ、急に着替えろと言われて黒紋付を着せられたのだから。それでも、お世辞は一切抜きにしてなまえは綺麗だった。本当に綺麗で、何処ぞの姫君かと思った。そして、過去からずっと見たかった白無垢姿は感慨深いものがあり、一つやり残したことをやり遂げたような気持ちになった。
で。呼ばれていないと憤る義父さんの気持ちも分からなくはない。そりゃあ不快だろう、娘の結婚式に呼ばれなかったのだから。だけど、件の写真を見せると目頭を押さえていた。
「綺麗でしょ?私のなまえは」
「母さんに見せなければ…」
「来年はね、教会で挙げるから」
「はぁ…今時の若い奴は何を考えているか分からん」
「ね」
「いや、だから何でお前は他人事なんだ」
「なまえはね、たまーにぶっ飛んだことをやるから」
「あぁ…婆さんの孫だからな…」
「あー、アキさんねぇ。あの人は凄いもんねぇ」
「なまえもああなるかもな」
「いや、やめてよ。縁起でもない」
急に頭を刈り上げ、急にボディピアスを始め、急に海外に行き、挙げ句の果てに若い男と結婚したいとか言われたら私はどうしたらいいんだ。なまえの前で腹を切ってでも止めないといけなくなる。とんだ愛憎劇を繰り広げることになるのは目に見えているのだから、全力で阻止しないと。
新しい酒を頼み、玉子焼きを口にする。やっぱりなまえが作ってくれたものの方が美味しい。一般的には見た目が悪くなるから塩で味を整えるらしいが、我が家の玉子焼きは醤油と砂糖で味を整えている。そしてそれがまた美味しい。たまーに作ってくれる味噌ベースも美味しいけど、やっぱり一番は醤油ベースだ。最近、朝ご飯は目玉焼き、昼の弁当は玉子焼きになっているけど、本当は朝も玉子焼きが食べたいところだ。言ってみてもいいかな…いや、でも今朝のベーコンエッグはかなり美味しかったからなぁ…こんなことを悩んでいると知られたら、また食いしん坊とかなまえに言われそうだな。
「お前たち、子供はどうする気だ?」
「女の子がいいよね」
「つまり、避妊はしてないんだな?」
「うん」
「何人作る気だ?」
「5〜6人くらい?」
「待て」
「みーんななまえに似た女の子だといいよねぇ」
「いや、だから待て」
「なに」
「なまえに何人産ませる気だ!」
「だから、5〜6人?」
「ふざけるな!身体のことを考えろ!」
身体のこと?と義父さんに酒を注ぐ。私は稼ぎがあるし、まぁ子供が5〜6人いたら流石に今のような生活は出来なくなるかもしれないけど、やっていけるだろう。なまえはまだ若いし、早めに子供をたくさん産んだところで平気だろうと思うのだが、そうではないのだろうか。
私が首を傾げると、義父さんは重苦しい溜め息を吐いた。
「母さんはなまえを産んだ後、入院した」
「えっ。何で?」
「無理がたたったんだろう」
「いや、だって若かったんでしょ?」
「あのな。子供を一人産むことがどれだけ大変だと思っているんだ。あまり無理をなまえにさせないでくれないか」
「…じゃあ、子供は作らない方がいい?」
「そこまでは言わん。だけど、なまえと話し合え」
「………」
帰りのタクシーの中で調べてみると、確かに恐ろしいことが山のように書かれていた。この医療が発達した現代でも出産が原因で亡くなる者もいるのだと知り、ゾッとした。子供を産んだせいでなまえが死ぬくらいなら、子供なんて私は要らない。どうせなまえよりも愛しいなんてことにはならないことは目に見えているのだから。
家に帰り、なまえが用意してくれたお茶漬けを食べながらなまえに聞いてみた。なまえは私の子供が欲しい?と。
「は?なに、急に」
「いや、何となく…」
「欲しいよ。当たり前でしょ?」
「そう…」
「えっ、何?昆は欲しくないの?」
「欲しいよ、そりゃあ。だけど…」
「だけど、なに?」
「なまえに負担がかかるんだなぁ…って」
私が箸を置いて溜め息を吐くと、なまえは笑い飛ばした。何がそんなに可笑しいというのだ。私は真剣に将来のことを思い悩んでいるというのに。
ムッとしながらクロを撫でる。母猫が命をかけて産み落としたというのに、あっさりと捨てられて可哀想に。いや、まぁそれは私も同じことなのだけど。要らないなら産まなければよかったのに、と昔は思っていたけど、今はそんなことは思わない。見知らぬ母親に産んでもらえたお陰でなまえと出会えたのだから。それでも、感謝しているという感情とは程遠い。自分に子供が出来たら絶対に大切にしたいと思っているし、絶対に手放さない。だけど、私が子供を望むことも作ろうとすることも簡単だが、腹で子供を育むのも、産むのもなまえだ。それを代わることは残念ながら出来ない。だからこそ、子供を望んでいることを強要はしてはいけない。
「私はね、昆の子供が欲しい」
「…リスクがあっても?」
「あっても。絶対に欲しい」
「んー…」
「私ね、昔、妊娠してたの」
「えっ。いつ?」
「昔だよ?流行り病になる前」
「…そんな話、初めて聞いた」
「初めて言ったもん。だからね、私は子供は絶対に産みたいの。あの時に産んであげられなかった子を、必ず産みたい」
だから、協力してね?と微笑んだなまえは食器を洗いに行ってしまった。この場合の協力とは子作りのことか。だとするならば、願ったり叶ったりなわけだけど…
子供かぁ…やっぱり欲しいよなぁ。なまえに似た女の子が欲しい。絶対に可愛いから。だけど、何となく心に引っかかるものがあった。出産を期になまえが倒れでもしようものなら間違いなく私は心を病む。だから、万全の体制で出産には臨みたい。それこそ、県で一番大きな病院がいい。万が一のことがあってもすぐに対応してもらえるような、しっかりとした設備のある病院。そうだな、今のうちから探しておこう。
こうして子供が出来てもいないというのに私は病院を探すことにした。ただ、ことごとくなまえに嫌だと言われてしまう。絶対に美味しいご飯が出る個人の病院で産むんだと言われ、時に喧嘩にまで発展した。だが、この事前調査のお陰でスムーズに出産する病院を決めることが出来たのだから、我ながら素晴らしい判断だったとこの時の自分に感謝することになる。まぁ、それはまだ何年も先のことなんだけどね。
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