雑渡さんと一緒! 214


朝、6時。平日なら少し早く、休日ならかなり早い時間に昆を起こす。既に朝ごはんは用意してあるし、いつでも出掛けられるように準備完了である。
さて、と昆を起こす。ちなみに、今日は土曜日。普通に起こしても昆は絶対に起きないことくらいもう分かっている。


「昆!起きて!」

「あぁー…?」

「どうしよう!もう10時なの!」

「んー…今日、休みだから…」

「何言ってるの!?今日は月曜だよ!遅刻しちゃうよ!」

「えっ!?」


慌てて飛び起きた昆は青ざめていた。リビングに走っていく後ろ姿をのんびりと見つめながら、趣味の悪い起こし方をしてしまったのかもしれないと少しだけ反省する。


「はい、朝ご飯」

「そんなのいいから!やばい、朝イチの会議が…」

「朝ご飯は大事だよ?」

「あのね!何をそんな呑気な…とにかく、シャワーを…」

「大丈夫。今日は土曜だから」

「…土曜?」

「そう。土曜日。お休みだよ」


ほら、と携帯を見せると、昆は座り込んだ。何が起きたのかよく分からないようで、呆然としている。そして、ふと我に返ったのか、私を睨みつけてきた。それはそうだろう。折角の休日に嘘をつかれて起こされたのだから。それも6時に。


「…これは何の嫌がらせ?」

「いいから早くご飯を食べて。で、出掛けるよ」

「何処に?」

「いいから早く食べよう?」


ほらほら、と昆を促すと、渋々ではあるけど食卓に昆は座った。いつも通りの朝ご飯、だけど、かなり機嫌の悪い昆は無言で食べ進めていた。今日の目玉焼きはトロトロの黄身に焼けた自信作なのに、ぶすーっとした顔で食べられてしまって少しだけ嫌な気持ちになった。
食後、食器を洗っていると、昆は寝室へと消えていった。二度寝するつもりなのだろう。だから、慌てて寝室へと走る。二度寝なんてされたら何のために早起きしたのか分からなくなってしまう。それこそ、ただの嫌がらせになってしまう。


「待って。寝ないで」

「休みの日くらい寝かせてよ」

「今日は駄目な日なの」

「どうして」

「どうしても」

「嫌だ。私は寝る!」


もふっと布団を頭まで被った昆の上にドスッと乗る。ぐっ…と苦しむ声が聞こえたかと思えば、勢いよく起き上がった昆に覆い被された。怒ってます、という顔をしている昆はそのまま私のセーターを脱がせようとしてした。


「待って!違うから!」

「煩い、黙れ」

「黙りません。今日は出掛けるの」

「嫌だ。ヤッてから寝る!」

「いいから退いて!で、出掛けるよ!」


近付けられた顔を押し、必死に昆を拒む。予定よりも時間が押しているから早く出なければならない。なのに、不機嫌そうな昆は私をぎゅうっと抱き締めながら首筋に食いついてきた。このままいやらしい行為に雪崩こもうとしているのは分かっている。だけど、今は駄目。そもそも朝だし。
パシッと昆の頭を叩き、腕を引く。今日は出掛ける所があるから今は駄目だと念を押すと昆は悲しそうな顔をした。だけど私はもう分かっている。それは意図して作られた顔だと。


「…ねぇ、駄目?」

「駄目!いいから早く!」

「……どうしても駄目?」

「しつこい!出掛けるよ!」

「ちっ…」


色気仕掛けが通用せずに舌打ちをする昆を着替えさせてから外に出る。相も変わらず寒い。私は運転が出来ないから、あらかじめナビに入れておいた所まで昆に運転してもらう。ちなみに、道中ずっと昆は無言だった。
機嫌の悪そうな昆も、流石に車を走らせていくうちに目的地がおかしいと気付いたのだろう。上擦った声をあげた。


「…ねぇ。もしかして死ぬ気なの?」

「ねー」

「いや、ねーじゃなくてさぁ…」

「大丈夫。万が一のことがあったらクロはヨルが飼うから」

「やっぱり死ぬ気なの!?」

「無理心中みたいだよね」

「待って。ねぇ、待って!まだ死にたくないんだけど!?」

「いいからアクセルを踏んで!」


ブレーキを踏んだ昆を揺さぶると、昆は緊張した顔をしながらアクセルを踏んだ。轍さえも雪で埋まりかけている雪道を走らせ、どんどん山奥へと進んでいく。こんな山奥に真冬に行く人はそう多くない。それこそ、心中するのかと思われても仕方がないことだろう。
だけど、今日は違う。だって今日は昆の誕生日だから。流石におめでたい日に無理心中なんてしない。行き先は温泉だ。それも、かなり安い温泉。だけど、決して古ぼけていて汚いわけではなく、リノベーションされて綺麗に生まれ変わった老舗の温泉だ。ちゃんと宿泊費用はアルバイトをコツコツして貯めたから家計には負担は掛けていない。まぁ、昆には確実にかなりの負担を掛けているんだけど。
目的地に到着すると昆はぐったりとしていた。早起きした上に雪道を運転して疲れたというのもあるのだろう。駐車場でぐたっとした昆を促してチェックイン手続きを済ませる。


「疲れた?」

「かなり…」

「じゃあ、お風呂に入ろっか」

「なに。内風呂でもあるの?」

「ないよ」

「あぁ、そう…」


12時にチェックイン出来る稀少な旅館の大浴場はとてもいい感じだった。温泉は身体が温まるから気持ちがいい。
お風呂上がりに昆と中庭に出てみる。白い雪の上に赤い椿が落ちていて、とても綺麗だった。だけど、昆はやっぱり不機嫌そうだった。というよりも、かなり気怠そうに見える。


「機嫌を直してよ。折角の旅行なのに」

「いや、急過ぎるから…」

「ねー」

「いや、だから、ねーじゃなくてさ…」

「この後も予定は詰まってるんだから」

「…まだあるの?」

「うん。凄いのを用意しているから」

「ほぉ?ハードルを上げるね」

「何たって、ヨルが選んだからね」

「何を?」

「下着を」

「ごほ…っ、え!?」


そう言えば昆は絶対に喜ぶとヨルにアドバイスされたけど、本当に喜んでくれた。そして、かなり恥ずかしい下着をお勧めされて、本当は嫌だったけど、身に付けているというのも事実だ。だけど、これはまだお披露目出来ない。
そわそわとし出した昆は私の腰を抱いてきた。その気になっているところ大変申し訳ないのだが、タイミングが違う。


「まぁ、夜ね…?」

「えっ。待たせる気なの?」

「うん」

「えぇ!?嘘でしょ!?」

「その前にやることがあるの」

「…なに」

「ふふ。内緒」


にっこりと微笑むと、昆は露骨に嫌そうな顔をした。折角の誕生日だというのに今日は昆に嫌そうな顔ばかりされているなぁ。だけど、ここからがサプライズだ。きぃちゃんと佐茂さんとヨルに相談して、練りに練ったサプライズ。
庭先を進んでいくと、小さな鳥居が見えた。二人で鳥居を潜って歩くと、小さな神社と可愛らしい建物。そこで綺麗な着物に着付けてもらう。私は白、昆は黒の着物。少しだけ重たくなった頭をゆらゆらと揺らしながら神社へと向かうと、既に昆はいた。黒紋付がよく似合っている。綿帽子を被った私を見て、昆はあからさまに動揺したような顔をしていた。


「えっ…えっ!?」

「ねぇ、私、綺麗?」

「いや、そんな口裂け女みたいな台詞を…」

「あ。酷い」

「…えっ。待って、何これ」

「何って、結婚式?」

「は…はぁ!?」

「二人だけで結婚式というか、祝言をあげたかったの」


そっと昆の手を握る。私は過去、昆と結婚したいとずっと思っていた。だけど、それは志半ばで断たれてしまった。
私たちは結婚している。もうすぐ一年になる。だけど、まだ結婚式は挙げていない。来年、私が卒業してから挙げる予定だ。その時はウエディングドレスを着て、多くの人に祝ってもらう予定になっている。入籍した日に私たちは教会で愛を誓い合った。だけど、式を挙げたわけではない。私はどうしても見てもらいたかった。白無垢を着た、特別な私を。


「私、昆と結婚したかった。昆に白無垢姿を見せたかった」

「…それは、過去の話だね?」

「うん。私、あなたと夫婦になりたかった」

「それは私もだけど…」

「私、別に綺麗じゃないしさ、要領もよくない。だけどね、昆のことを好きって気持ちは誰にも負けない自信があるの。だから、私を昆のお嫁さんにして下さい」

「もう結婚してるけど?」

「もう。これからも、ずーっとってこと」


ぎゅっと昆に抱き付くと、昆も抱き返してくれた。そして、そっと頬に冷たい指を這わせられる。何とも言えないような顔をした昆は切なそうに私を見つめていた。


「…何だろう、少し泣きそうだよ」

「泣き虫」

「悪かったね、泣き虫で」

「ふふ…ねぇ、昆。私、あなたに会えてよかった」

「ん…」

「好き。大好き。これからも私を愛してくれる?」

「分かりきったことを聞くね」

「言われたいの。私、欲しがりだから」

「これはこれは。欲深い姫君だ」


ふと笑われ、触れるだけの優しいキスをされる。どちらともなく涙を流していた。あぁ、やっぱり前もって結婚式を二人で挙げておいてよかった。私たちが結婚するというのはあまりにも尊いことだから、どうしても泣いてしまう。
本当は死にたくなかった。本当は別れたくなかった。ずっと一緒に過ごしたかった。子供を何人も産んで、昆と一緒に幸せな家庭を築きたかった。二人で幸せに、なりたかった…


「えへ。泣いちゃったね…」

「ず…っ」

「鼻はね、啜ったら駄目だよ」

「…煩いよ」

「私、ずっと昆といたい。あなたと幸せになりたい」

「ん…」

「昆といられて私、本当に幸せなの。だからね、同じ時代に生まれてきてくれてありがとう、昆。お誕生日おめでとう」


輪廻転生なんて奇跡を起こしてくれてありがとう。私と出会ってくれて、愛してくれてありがとう。あなたの生い立ちは決して楽なものではなかったかもしれない。親に捨てられたというのはきっと、とんでもなく辛いことなのだと思う。だけど、誰からも必要とされていないなんて思わないで。誰からも愛されないなんて思わないで。少なくとも私は昆が必要だし、昆を愛している。この想いは永遠なの。
そう言うと、昆はずずっと鼻をまた啜った。そして、狡いとか酷いとかたくさん文句を泣きながら言ってきた。泣き虫さんめ、と指で涙を拭うと、昆は嬉しそうに微笑んだ。そして私に「綺麗だよ」と言って、とても深いキスをしてきた。
天国の雑渡さんと私、見ていますか?私はとても幸せです。二人がやり残したことを私たちは一つずつ叶えていきます。だから、見守っていて下さい。必ず、私は昆のことを幸せにする。必ず私たちは若くして死に別れたりしない。そう二人に誓います。癒えない傷なんてない。ゆっくりでいいから、二人で過去の話を笑い話にしていきたい。だって私たちは未来に向かって歩いていけるから。二人でなら、どんな茨の道だって平気だから。二人なら怖いものなんて何もないから。


「なまえ、愛しているよ」

「うん。私も愛してる、昆」


折角綺麗に塗ってもらった口紅が取れるほどキスをしてから写真を撮って、二人で貸し切りの温泉に入り、恐ろしくいやらしい下着をお披露目してから私たちは眠った。
その日、私はとても不思議な夢を見た。生成色の包帯に身を包んだ雑渡さんが私に手を差し伸べてきてくれる夢。昆よりも大きく、傷だらけの手を握ると、雑渡さんは嬉しそうに笑いながら私にお礼を言ってくれた。そして彼は「あれを頼んだよ」と笑いながら言った。だから私はにっこりと微笑んだ。お任せ下さい、という誓いにも近い言葉の代わりに。


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