雑渡さんと一緒! 217
「合った。終わった…」
「本当ですか!?」
「やったぁ!今年は早い!」
大歓喜の中、パソコンを眺める。差額ゼロ、しっかりと合ったエクセルのシートを嘘ではないのだろうかと眺める。
時計を見るとまだ17時だった。今日はこんなに早く終わる予定じゃなかったから、ご飯は要らないし先に寝ていていいとなまえに言ってしまったのに。参ったなぁ…と思いながらエクセルを保存して、喜んでいる部下を眺めた。毎年毎年終わらない年度末処理がこんなにも早く楽に終わる日が来るなんてね。新しく導入したシステム様々だ。来年度は更に楽になればいいんだけど。働き方改革というほど立派なものではないが、早く部下を家に帰してやれるようになったというのは喜ばしいことだし、部長に昇進した甲斐があるというものだ。
「…よし。飲みに連れて行ってやる」
「えっ!?」
「本当ですか!?」
「はい!俺、行きます!」
「まぁ、待て。店に迷惑がかかるから10人までね」
私がそう言った瞬間、空気が変わった。これから殴り合いでも始まりそうな雰囲気となり、お前たちは揃いも揃って暇なのかと溜め息が出た。上司と飲みに行きたくないとか、仕事が終わったというのにまだ上司に拘束されるなんて苦痛だとか、そういう考えが一般的となっているにも関わらず、お前たちは違うのか。しかし、残念ながらこの人数を連れて行ける店なんてそうない。おまけに予約もなしに。
思いつきで言っただけだったけど、やはりいつものように帰りが一緒になった奴を誘う方が無難だっただろうかと思っていると、陣内が部下を嗜めた。争いごとはやめなさい、と言って。こういう時に本当に頼りになるね、お前は。
「年功序列だ。はい、散れ」
「課長、それ狡いです!」
「そうだそうだ!普通は下に譲るものです!」
「どう思う?押都?」
「年功序列が無難ではないかと」
「だそうだ」
「いや、あのさぁ…」
何だその大人気ない意見は。だいたい、陣内と長烈はこの間飲みに行ったばかりだし。あーでもない、こーでもないと揉めていて、埒があかなそうだ。参ったなぁ…
「分かった。飲みには行かない」
「えっ!」
「酷いです!部長と飲める機会なんてそうないのに!」
「だって、揉めるから」
「分かりました。平和に解決します」
「どうやって決める気?」
「あみだくじあたりで?」
「何時間かける気だ。朝が来るよ」
「ここは平和に相撲でも」
「平和か?それ」
「いっそのこと、ここで飲みませんか?」
「ここで?えー、警備に怒られるよ」
「はい!俺、根回しは得意です!任せて下さい!」
「まぁ、待て。こういうのは上の人間がいた方が丸め込みやすいから私も一緒に行こう。その間に買い出しに誰か行け」
「あ、私行きます」
「じゃあ、俺は酒を買ってきます」
「俺は飯」
「いいか、一時間後に集合だ。では、解散」
「はい!」
一斉に散った部下を見てまた溜め息が出た。団結力があることはいいことだ。行動力があることも普段なら褒められることだろう。だけど、こういうところではなく仕事で発揮して欲しいんだけど。あんなにイキイキとした顔をして…
一時間後、尋常ではない量の料理と酒が会議室に並んだ。
「いや、凄いね。よくこれだけの量を…」
「いえーい!乾杯しましょう」
「あー、はいはい。じゃ、みんなお疲れ」
「かんぱーい」
缶を開ける音がこれだけの人数分だとなかなかに豪快だ。ビールが喉を通り、身体中に染み渡る。仕事の後の酒は本当に美味い。生きていてよかったと心から思えるほど美味しい。これでなまえのご飯があれば言うことなしなんだけど、今日は仕方ない。帰ったらお茶漬けが食べたいから用意しておいて欲しいってLINEしたけど、既読にならないところをみるとまだ誰かと出掛けていて帰宅していないのだろう。
今日は友人と食事に行くと言っていた。私に気を使って滅多に夜に出歩かないなまえが出掛けると言ったのは私が夕飯を要らないと言ったからだろう。別に私が家にいても気なんて使わなくていいのに。なまえの息抜きのためにも私が出掛けることは大切なのかと思い、こうして部下と飲んでいるわけだが。いや、まさかここまでの人数と飲むことになるとは思わなかった。それも会社で。営業部の誰一人として欠けることなく、賑やかにこうして酒を飲みながら過ごすことが出来るというのは本当に今時珍しいことなのではないだろうか。
「物好きが多いね、本当に」
「だって部長すぐ帰るようになったので」
「そうですよ」
「悪いね。可愛い妻が待ってくれているから」
「結婚式はなさらないのですか?」
「そう、それなんだけどさぁ。誰を呼ぶべき?」
「部下を、という意味ですか?」
「そう」
どこからどこまでを結婚式に呼ぶべきなのか陣内に相談すると、また空気がピリついた。嘘だろ、お前たち。そんなに上司の結婚式に来たいか?おまけに休みの日に。全くもって気が知れない。私なら嫌だけどねぇ…
「…なに、全員参列したいの?」
「当たり前です!」
「部長の祈願の結婚ですよ!?」
「おまけになまえさんと!」
「我々が祝わずに誰が祝うんです!?」
「あぁ、そう。そう…」
祈願、ねぇ。そうか、そうだよね。確かに私は昔、なまえと結婚したいとは一言たりとも言ってはいなかったけど、まるで夫婦のように生活はしていたものね。誰にも何も言わなかったけど、きっとみんな分かっていたことだろう。私がなまえを溺愛していたことも、なまえと夫婦になりたいと願っていたことも。それを絶たれてしまい、悲しんでいたことも知っているだろうね。だから、なまえが流行り病になった時、全員が口を揃えて任務に来なくてもいいと言ったのか。
忍軍は家族のような繋がりがあった。一日の大半を共にし、よくも悪くも本性を曝け出していた。家族間の関わりも少なくはなかったし、なまえを紹介したこともあった。なまえを紹介する、というのは私や忍軍にとっては将来を考えている仲であると周知することであり、それは婚約とも捉えられる行為だった。勿論、私はそのつもりだったけど、外から来たなまえはそんなことは分からなかっただろう。私がどんな想いでなまえと過ごしていたかなんて、なまえはきっと知らない。そして、別に知らなくていい。なまえは私が変わったと言った。そうだね、今みたく言葉にはしなかったから。だけど、本当は今と同じくらい私はなまえが好きだった。今と同じぐらいなまえに依存していた。私は何も変わっていない。本当にあの子のことが大切だった。本当に好きだった。
「こんな人数、どこに集約しようか…」
「式はご家族で挙げて、披露宴からの参加が無難かと」
「あー…ホテルでね」
「ええ。それ以外方法はないでしょうね」
「だよねぇ…」
まぁ、いいんだけど。ただ、なまえと義父さんが何と言うかだよなぁ…あ、頭痛くなってきたから後で考えよう。
その後、くだらない話をして、飲んで、食って、笑って、怒って、騒いで騒いで騒いで。尋常ではない量のゴミを片付けてから代行で帰宅した。家に帰ると既になまえは寝ていて真っ暗だった。だけど、ちゃんとお茶漬けは用意してあった。
「あー…おかえり」
「あ、ごめん。起こした?」
「んー…」
冷蔵庫から漬け物と鮭を取り出し、いい匂いの出汁をかけてくれたなまえは目を擦っていた。まだほんの少しだけ眠そうだったけど、私の前に座ってくれて、楽しかった?と笑い掛けてきてくれた。
楽しかったかと問われると、楽しかった。思いの外、盛り上がったし、解散するのが遅くなってしまってしまった。
「私さ、恵まれているんだね」
「んー?」
「可愛い妻がいて、部下に慕われていて…本当に恵まれているんだなぁと思った。あ、あと家には可愛いクロもいるしね」
足元に擦り寄って来たクロを抱き上げて膝の上に乗せる。ネクタイを爪先で揺らしながら遊び始めると、なまえが嫌そうな顔をした。別にこの位いいじゃない。大して傷まないよ。
今日のお茶漬けはあられ入りだった。あられって何でこんなに美味しいんだろう。出汁を啜ると、なまえは笑った。
「やっと分かったの?」
「なにが?」
「昆は多くの人に愛されているって」
「弊害もあるけどね」
「弊害?」
「披露宴には全員呼ぶことになりそう」
「うん。だろうね」
「あ、そのつもりだった?」
「当たり前でしょ。あなたのことを大切に想ってくれている人たちなんだから。皆さんが来てくれるのなら私も嬉しい」
にっこりと笑うなまえはお茶を淹れてくれた。なまえは分かっているのだろうか。なまえが私の部下から慕われていることに。感謝されていることに。
きっとなまえがいなければ月末に自宅に帰るのは日付が変わってからのままだったことだろう。年度末処理は泊まり込みや休日出勤が当たり前のままだったことだろう。それを変えたいとはずっと思っていたけど、それでも新しいシステムを導入したいなんて口にはしなかっただろうし、そもそも部長に昇進もしていなかったかもしれない。私はなまえと出会って多くのことを学んだ。ほんの少しだけかもしれないが、優しさを他者に向けようと思えるようになった。生きるだけで精一杯だった自分が、周りを気遣えるだけの余裕を持てるようになった。それは全てなまえが側にいてくれるからだ。私をこうして愛してくれ、支えてくれているお陰だ。
「愛しているよ」
「へ?どうしたの、急に」
「何か言いたくなって」
「あぁ、酔ってるんでしょ」
「まぁ、程々に?」
「食べ終わったなら早く寝よ?明日からグアムなんだから」
「んー」
ベッドに入って、ぎゅうっとなまえを抱き締める。今日はセックスはお預け。明日は早いし、山ほど飲んだし。
ありがとう、なまえ。私を真っ当な人間にしてくれて。愛しているよ。この想いはね、変わらないから。残念だったね、なまえ。なまえならもっといい男と結婚することも出来ただろうに。だけど、悪いけど諦めてね。私に好かれてしまった以上、もう逃げられないから覚悟しておいた方がいい。何たって、この想いは600年を超えた愛なのだから。
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