雑渡さんと一緒! 218
「珊瑚って貝?」
「だから、違うって」
「海藻?」
「刺胞動物だから、どちらかといえばイソギンチャク?」
「刺胞動物ってなに?」
「毒針を持った動物」
「えっ…えっ、何それ怖い」
「いや本当にね」
「何でそんなこと知ってるの?」
「ハワイから帰って調べたから」
「わざわざ?」
「だって、気になるじゃない」
いや、別に調べるほどは気にならないけど。このあたりが私と昆の決定的な知識量の違いなのだろう。
白い砂浜を歩きながら、青い海を眺める。南国はいつ来ても綺麗。お婆ちゃんはこんな綺麗な海を毎日散歩しながら眺めていると思うと羨ましくなった。絶対に楽しいことだろう。
「アキさんと何処で待ち合わせしているの?」
「分かんない」
「…は?」
「何とかってお土産売っている施設」
「いや、どうするつもりなの?」
「グアムで観光客が行く施設はそこしかないって言ってた」
えぇ…と呆れた顔をした昆はガイドブックを開いた。横文字で覚えられなかったのだから仕方ないじゃない。
ガイドブックを頼りに施設に行くと、確かにずらっとお店が並んでいた。ハイブランドなお店からお洒落な雑貨店、お土産屋さんまで入っていて、ワクワクする。ただ、こんなにも大きいとは思っていなかったから、お婆ちゃんに無事に会えるだろうか。というより、具体的に何処で会おうとか話してしなかったけど、どうしようか…と思っていると、背後から男の人に抱き締められた。私が驚いた声を出すと、前を歩いていた昆が振り返り、ギョッとした顔をした後、慌てて私の手を引いた。だけど離してはもらえず、昆の顔が険しくなる。
『…私の妻に何の用だ、貴様』
『妻?お前の?』
『そうだ。なまえを離せ!』
『なまえちゃんの夫?君が?えー、信じられない』
「えっ、英語じゃなくて私にも分かるように話してよ。というか、この声ってもしかしてハルさん?えっ、ハルさん?」
「そうだヨー。コンニチハー」
「わぁ、ハルさんだ。こんにちは」
「…いや、誰」
「お婆ちゃんの旦那さん」
「はぁ!?」
昆は素っ頓狂な声を出した。そうだよね、驚くよね。私も初めてハルさんに会った時は驚いたし、お父さんに至っては絶句していた。いや、懐かしいなぁ…
ようやく解放してもらえたかと思えば、今度は昆に抱き締められる。二人とも、こんな人前でやめて欲しいんだけど。いくら海外といっても、こんな大勢の人の前で気軽に抱き締めないで欲しい。おまけに、グアムはハワイよりも日本人が多い。すれ違う人のほとんどが日本人に見えたし、日本語もあちこちから聞こえてくる。つまり、非常に恥ずかしい。
「ねぇ、離して」
「嫌だ。なまえから私以外の男のにおいがする」
「そんな犬みたいなこと言わないでよ…」
「何ならこの場でマーキングしてやろうか?」
「昆!怒るよ!」
『やっぱり君がなまえちゃんの夫というのは嘘だな』
『はぁ?』
『余裕が微塵もない坊やじゃないか』
『何が坊やだ!お前、どう見ても私より年下だろう!』
「だから、私にも分かるように…」
「それはなまえがもっと英語を学べば解決することだ」
「えっ、そんな今更…というか、ハルさんと喧嘩しないで」
「何がハルさんだ。だいたいねぇ、なまえはいつもボーッとしているから見知らぬ男に簡単に抱き締められるんだよ!」
「私が悪いの!?」
『やれやれ、痴話喧嘩か。坊やには結婚はまだ早いよ』
『何だと!?貴様、表に出ろ!』
「何だい、また喧嘩か。私と会う時はなまえはいつもお婿さんと喧嘩しているね。もっと二人仲良くは出来ないのかい」
アロハシャツを着たお婆ちゃんがやれやれと溜め息を吐きながら現れた。昆はお婆ちゃんを見るなり、お婆ちゃんにも食ってかかった。あの失礼な男は何なんだ、と。
「何って私の夫さ」
「あいつ、幾つだ」
「つい先日29になったよ」
「はぁ!?」
「いいから行くよ。ほら、ハルも」
『アキ。この坊やは本当になまえちゃんの夫なのかい?』
『そうだよ。可愛いだろう?』
『まだ子供じゃないか』
『だから、お前の方が年下だろうが!』
ぎゅーっと抱き締められたまま昆は怒鳴ったけど、私は何を話しているのかさっぱり分からない。どうしよう、誰か通訳して欲しい。やっぱり私も英語の勉強をしないといけないのだろうか。昆に通訳して欲しかったけど、そんな雰囲気では到底ない。だいたい、何をそんなに怒っているのだろう。
お婆ちゃんの運転する大きな車に乗って、山を昇り、大きな家に連れて行かれた。大きなお庭には白い犬がいて、可愛いと私が両手を広がると、犬がこっちに向かって走って来た。
「わぁ、可愛い…えっ、待って。大きい…き、きゃあっ」
「なまえ!」
「おやおや。気に入られたね」
「ちょ、重…」
「もう…何してるの」
犬にどーんと突き飛ばされて上に乗られ、顔を舐められた。重い。昆が犬を引きつけて助けてくれたかと思えば、今度は昆が舐めまわされていた。そして、やっぱり上に乗られていた。芝生の上でどこまで手を入れても毛しかない犬の名前はカイというらしい。のんびりとお婆ちゃんと話していると、ハルさんがお腹を抱えて笑い出した。
『何だ、カイ。その坊やが気に入ったのか』
『だから、坊やって歳じゃ…っ、いいから助けろよ!』
「可愛いけど大きいね」
「60kgあるからね」
「えっ、私より重いじゃん」
「なまえなら乗れるかもしれないよ」
「嫌だよ、怖い」
「いいから助けてってば!」
こんなにも昆のことを翻弄することが出来るのはお婆ちゃんとハルさんとカイだけかもしれない。これは貴重なものを見ることが出来ているなぁと思わず写真に残す。
「お前…っ、後で覚えてろよ!」
「やだー。こわーい」
「そんなヨルみたいな話し方はやめて…ちょ、暑いし重い!」
遠くに青い海が見えて、空は綺麗な青空で。綺麗な緑の芝生の上には白い犬。そして、珍しく慌てている好きな人。
私もお婆ちゃんもハルさんも笑っていて、昆だけが怒っているというか、困っている。こんな穏やかで、楽しい時間はきっと日本では得ることが出来なかっただろうから、グアムに昆と来てよかったと思った。昆はかなり迷惑そうだけど。
大地に私たちの笑い声が重なる。楽しい旅行になりそうだ。
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