雑渡さんと一緒! 221
「おかえりなさいませ。いかがでしたか」
「ん。まぁまぁ」
「お疲れ様です。お疲れのところ申し訳ないのですが、一つ耳に入れておいて頂きたい情報がございまして…」
「んー?なに?」
「ドクタケ社の動きが活発になってまいりました」
長烈は声を潜めた。社名に「ドク」なんて縁起のないものを付けている悪趣味な会社は言わずもがな、昔ドクタケ城の城主だった奴が社長を勤めていた。タソガレドキ社といい勝負が出来るくらい大きな商社ではあるが、法に触れるか触れないかのギリギリのところを攻めていることで有名な会社で、うちよりもずっと評判が悪い。当然、我が社の者はドクタケをよく思っていないが、互いに潰し合うことなどせず、冷戦状態を保っている。どちらかが動けば経済を揺るがす大きな騒動に発展することは目に見えているし、下手をすれば共倒れとなる可能性が高いとお互い分かっているからだ。
で。そのドクタケの動きが活発になってきたと言われて一つ思い当たることがある。ショッピングモールの建設だろう。この小さな街にあるような小規模なものではなく、まるで都会にあるかのような有名店を呼び込むつもりらしい。そのために土地をコツコツと買い取っていることくらい知っていたし、一市民としては反対する理由はない。だが、タソガレドキ社としては大問題である。商店街の客は間違いなく取られることだろう。それに、勢い付いたドクタケにうちが食われるなんてことはあってはいけない。少なくとも、今世ではドクタケに好きなようにさせるわけにはいかないのだ。前世ではタソガレドキ城は私の死後、あっという間に食われたそうだが、私が生きている限りはそんなことはさせない。この街は我が社のものだ。私が身を挺してでも守り抜いてみせる。
「こちらから仕掛けますか?」
「…待て。社長には伝えたのか?」
「いえ、まだです」
「まずは社長に報告する。話はそれからだ」
「畏まりました」
長烈と別れてから屋上に登る。遠くに家やなまえの通う学校が見えた。近くに見える商店街には義父さんがいるし、佐茂と北石が住んでいるマンションもある。この街は私が護る。ドクタケの好きなようにはさせない。それは一重にタソガレドキの利点のためだけではない。なまえと出会い、共に過ごしたこの街を好き勝手にされることは許しがたかった。
社長に報告すると案の定、戦だと騒いだ。相も変わらず戦がお好きなようで。だが、時代が時代だ。法に触れるような真似はそう簡単にはすべきではない。社員を路頭に迷わせることになってしまう。この法治国家でやれること、つまりは頭脳戦となる。折角、暖かくなってきて穏やかな日々を送れると思っていたというのに、無駄な仕事を増やしやがって。嫌だ嫌だと思いながら帰宅すると、なまえがクロに丁度餌を与えていた。まるで犬のように「待て」と言って。カイに触発でもされたのだろう。クロは猫なのに意味があるのかな。
「待て!ま、待てってばぁ…」
「犬じゃないしねぇ」
「あ、おかえり。遅かったね」
「ただいま。しばらく遅くなるかもしれない」
「忙しいんだ?春だから?」
「何かねぇ…ま、やれるだけのことをやるよ」
向こうがいつ仕掛けてきても対応出来るようにこちらとしても対策は練らないと。出来る限りのことをやって、正面からぶつかり合いたいところではあるけど、向こうはどう出てくるかねぇ…本当にギリギリのところを攻めてくるであろうことは目に見えていた。
首を傾げたなまえの頭を撫でながら何でもないよと笑い掛ける。余計な心配はさせたくなかった。ましてや義父さんの会社もあるのに。大丈夫、ちゃんとうまく立ち回ってみせる。
「今日は春らしく山菜の天ぷらにしてみたの」
「なにこれ」
「たらの目」
「そんなもの、売っていたの?」
「ううん。実習先で貰ったの」
「へぇ?このふきのとうも?」
「うん。昆、好きでしょ?」
「好き。お礼言っておいてね」
「うん」
サクッといい音を立てて衣を噛むと、山菜の苦味と衣の甘さが広がった。このコントラストがいいよねぇ、山菜は。
そういえば、そろそろ桜が満開になる。週末に花見にでも行こうかとなまえに提案すると、なまえは喜んだ。去年は植物園に行ったけど、今年はどうしようか…と話していると、丁度テレビで花見特集がされていた。全国版のニュースでは東京ばかり特集されるけど、地方局のニュースでは地元のことしか取り上げないから助かる。隣の街の公園のことや、去年行った植物園を紹介された後、近所の河川敷が紹介された。
「えっ。すぐそこの土手じゃない」
「うん。綺麗だよね」
「桜なんてあったっけ?」
「えっ。あんなにあるのに見えてないの?」
「えー。ないよ。ないない」
「あるよ。桜並木と菜の花畑が」
「そうだっけ…?」
仕事に行く時には通らないからよく分からないけど、そう言われてみればあったような気もする。映像で見る限り、空は青くて、桜並木の下には菜の花の黄色が映え、とても綺麗だった。これがうちの近所にねぇ…
やはり私は一人だと見ているようで見ていないのだなと改めて思っていると、なまえが週末はピクニックに行こうと提案してきた。お弁当を持って土手でお花見をして、のんびりと空を眺めて過ごす。そんな穏やかなことに時間を使おうと言われた。あまりにも会社で殺伐としたことを話し合っていたから、穏やかで温かな気持ちになる提案をされて和んだ。
おにぎりの中身は何にしようかとか、お弁当には何を入れようかとか、そんな幸せなことを話し合った。まだ火曜日だからあと3日もあるのかと私が残念がると、なまえは桜は逃げないと笑った。とても幸せで、楽しみな予定が出来、あと3日頑張ろうとこの時は思った。まさか土曜日に離婚届を記入することになるなんて、この時の私は思いもよらなかった。
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