雑渡さんと一緒! 222
「おはよ。山菜、どうだった?」
「おはよう。喜んでもらえたよ」
「よかったぁ。うちの山にたくさん生えているんだ」
「凄いよね、山を持っているなんて」
「お父さんがお爺ちゃんから貰い受けただけだけどね」
実習着に着替えて手を洗う。管理栄養士になれない私の実習はもうすぐ終わりを迎える。そうなると、折角仲良くなった山ちゃんともお別れなのかぁ…と寂しくなっていると、バシンと背中を叩かれた。思わず咳き込むと、山ちゃんはふくふくの手で私の手を握りしめながらにっこりと笑った。まるで私のネガティブな考えを見透かしているみたい。
手が汚れたからまた洗い直していると、山ちゃんが言った。
「なまえちゃんはこれからも友達。駄目?」
「…ううん。いい」
「それに、旦那さんにも会いたいし」
「うーん、それはどうかなぁ…」
「駄目なの?」
「駄目ではないけど、会いたがらないかも」
「相変わらず冷たい人なんだ、雑渡さんて」
「あれ?昆のことを知っているの?」
「知らない」
「何よ、それ」
一瞬、昆と知り合いなのかと思った。その可能性がないわけではないから少し困る。最近知ったことだけど、きぃちゃんも前世の記憶があって、昆とも関わったことがあると言っていた。冷たい人だの、恐ろしい人だのと決して好意的な反応ではなかったけど。昆はきぃちゃんのことがあまり好きではなさそうだけど、それは前世で何かあったからなのかもしれないなぁと何となく思った。
この街には前世での繋がりがある人があまりにも多くいる。それはもちろん私を含めてだけど。やっぱりタソガレドキ社があるからなのだろうか。隣町にはドクタケ社があるし、その隣にはオーマガトキ社があるし…世間とは広いようで狭い。
実習を終えてからスーパーに寄るために歩いていると、前からバイクが走って来た。狭い道でもないのに歩道ギリギリを走っていて、春は暴走族が増えると言うしその類なのかなぁ…と思いながら端に寄る。だけど、バイクは私に向かって一直線に走ってきた。まるで私を轢こうとしているかのように。
「ひぇ…っ」
咄嗟に溝の方へと逃げるとバイクは転倒した。ドキドキとしながら声を掛けると、手をこちらに伸ばしてきた。それは助けを求めるような動きではなく、まるで私を捕えようとしているように見え、ゾッとした私は走って逃げた。
スーパーで買い物をして心を落ち着かせる。さっきのは偶然だ、さっきのは偶然…そう思っても、ドキドキとした。私は前世では何度かタソガレドキ城が敵とみなしている人たちに攫われたり襲われたりしたことがあった。私が昆の弱みだったからだ。そういうことが起きるたびに昆は必ず助けに来てくれたし、攫われたことを怒ったりは一切せずに心配してくれた。悪かったね、と謝られたこともある。その度に私はいつも迷惑を掛けて申し訳ないと思っていた。私がもう少し強ければ昆に迷惑を掛けなかったのに。いつもそう思っていた。
箱積みされた特価のレトルトカレーをじっと眺める。昆はあまりレトルトが好きではなさそうだけど、予備のために買っておこうかな。私は甘口、昆は辛口かなぁ…あぁ、でもやっぱりやめよう。多分、嫌がるし。そう思い、カレーのコーナーから離れると、背後から凄い音がした。振り返ると、荷台に積まれていたカレーの詰まった箱が倒れていた。まだ私が悩んでいたら確実に箱に潰されていたことだろう。ゾワッとした。もう少しで巻き込まれるところだった。大丈夫、ただの偶然だ。それに、巻き込まれなかったからセーフ。大丈夫…
もう帰ろう。このままだと何だかよくないことが起きそう。早く帰ってご飯を作って、昆に何気ないような顔をして話をするんだ。あ、やっぱりやめよう。そんなことをしたら昆は私以上に怯えてしまうだろうから。昨日も帰りがいつもよりも遅かったし、忙しい昆に余計な心配は掛けたくない。
お会計を済ませてビクビクとしながら外に出る。怖い。何となくだけど、狙われているような気がする。自意識過剰なのだろうか。だけど、言いようのない恐怖と胸騒ぎがする。早く家に帰ろうと小走りでマンションを目指す。大きな階段を降りれば家はすぐそこだ。戸締りをちゃんとして、昆が帰ってくるのを待とう。そう思いながら階段を降り始めると、サラリーマンとすれ違った。すれ違うには十分の広さがある階段だったし、私とは距離もあったから特に何も気に留めてはいなかった。とにかく早く帰りたい。その一心だった。だから、トン、と背中をサラリーマンに押された時は何が起きているのかよく分からなかった。ゆっくりと地面が近付いてきて、ようやく階段から落ちたことが分かる。まるでスローモーションのような感覚だったけど、確実に地面が近付いていた。咄嗟にぎゅうっと目を閉じる。きっと階段から落ちたら痛いなんて怪我では済まない。どうしよう、ごめんなさい、昆。私はまたあなたに心配を掛けてしまう。そんなつもりじゃないのに、いつもいつも私はあなたに迷惑ばかり掛けている。私はいつも愚かで本当にごめんなさい…
「迷惑とは思っていないよ。心配はしているけど」
「…え、あれ?」
「過去のいざこざに巻き込んでごめんね」
目を開けると大きくて懐かしい手で私は護られていた。何が起きたのかよく分からない。もしかして私は死んでしまったのだろうか。だって、この手の持ち主はもう死んでいる。それも、600何以上前に私の後を追って。どうしよう、また私は昆を遺して死んでしまったのだろうか。もう絶対に先に死なないって昆とあんなに約束したのに…
じわりと視界を馴染ませていると、つん、と頬を突かれた。
「あなたにはまだやることがあるでしょう?」
「え…」
「あなたがいなくなったら誰が彼を止めるの?」
「止める…って、どういうこと?」
「彼は雑渡さんの生まれ変わりなんだよ?あなたが階段から突き飛ばされたなんて知ったらどうするか分かるでしょ?」
「……止めます。全力で阻止します」
「雑渡さんに似て、すぐに怒るから」
「悪かったね」
よしよしと大きな手で頭を撫でられ、二人の声は聞こえなくなった。ぞろぞろと周りに人が集まってきて、自分が今、どんな状況なのか分からず起きあがろうとする。だけど、周りの人に頭を打っているかもしれないから動くなと言われた。
遠くから救急車の音が聞こえる。せめて昆に無事であることを伝えないといけないと思ったけど、階段から落ちた拍子に携帯は割れてしまっていた。どうしよう、買ってもらったばかりだったのに…と落ち込みながら救急車に乗せられる。
私はすれ違ったサラリーマンに階段から突き飛ばされた。そのサラリーマンは赤茶色のサングラスを掛けていた。赤茶色のサングラスには見覚えがある。ただの偶然かもしれない。だけど、きっと彼はドクタケ社の人だという確信があった。社章がタソガレドキ社とは違う髑髏だったから。何故私が狙われたのだろう。だけど、きっとタソガレドキ社が絡んでいる。だから、せめてそのことだけでも私は早く昆に伝えたかった。自分が襲われたにも関わらず、昆に気を付けてと伝えたかった。きっと、また馬鹿だと散々罵られることになるのだけど、早く昆に会いたくて会いたくて仕方がなかった。
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