雑渡さんと一緒! 223


「もう攻め込みましょう!」

「今世では負けません!」

「ドクタケに目に物を見せてやりましょう!」

「部長!我々を使って下さい!」

「ぶちのめしてやりましょう!」

「…いや、あのさ。戦じゃないんだから」


まぁ、戦といえば戦だけど。どうも過去に攻め落とされて酷い目にあった記憶が邪魔をするのか、冷静さに欠けた奴らばかりだった。あの普段は冷静沈着な陣内や温厚な尊奈門でさえも殺気だっているのだから、相当な恨みがあるとみえる。
一方、私は既にドクタケ城に攻め込まれた時には既に死んでいたから今一つそこまで戦を仕掛けてやるという熱意はなく、あくまでもビジネスとして冷静に対応すべきだという考えだった。つまりは社内で温度差がある。当然、ドクタケ社の好き勝手にはさせはしないし、いずれあの趣味の悪いビルは我が社の物にするつもりではある。だが、正規ルートから逸脱しようとは考えていない。この平和な時代にあえて道を踏み外そうとするなんて馬鹿げている。もっと攻めるなら策を練ってから動くべきだろう。感情で物事を左右するなんてもっての外だ。万が一にも警察沙汰になろうものなら家族に迷惑が掛かるし、離れなければならなくなる可能性もある。


「いいから落ち着きなさい」

「落ち着いてなんていられませんよ!」

「あのドクタケですよ!?」

「ご安心下さい。妻は万が一のことがあっても面会に来てくれると申しておりました。刺し違える覚悟は出来ています」

「それ、絶対にしなくていい覚悟だからね?」


話にならなくてうんざりとしていると、電話が鳴った。恐ろしい顔をした部下は恐ろしい顔のまま電話に出たが、ちゃんと声色は営業職らしいものに変えていた。怒りながら笑う人、みたいで不気味だなぁと思って眺めていると、みるみる顔を引き攣らせていた。そして、遠慮がちに私の方を見た。


「なに?私宛?」

「その…け、警察からです…」

「警察?」


まだそんな法に触れるようなことはしていない。この忙しい時に悪戯電話かと思い代わると、本当に警察だと言う。


「警察が何のご用件で?」

「雑渡なまえさんのご家族様でしょうか?」

「そうですが…」

「奥様が階段から落ちました。事故と事件の両方で捜査してはいますが、目撃者もいますし、事件の線が強いと踏んでいます。とりあえず、奥様は病院に搬送されましたので一度ご来院頂けませんでしょうか。お話もお聞かせ頂きたいので」

「……えっ」

「何時頃ご来院可能でしょうか?」

「あ、あの…妻は…妻は無事なんでしょうか…?」

「それはまだ何とも…」


力が抜けて受話器を思わず落としてしまった。なまえが階段から落ちた?安否が分からない?
あぁ、どうしよう。気持ちが悪い。今にも吐きそうだ。どうしよう、なまえが死んでしまったらどうしよう。あの子を失ってしまっては私はどうしたらいい?だって今朝まで普通だったんだ。いつも通り笑顔で送り出してくれた。なのに、いなくなってしまうかもしれない?また私を置いて先に…
落とした受話器を長烈が代わりに取ってくれ、病院の場所を聞き出してくれた。とても運転など出来る精神状態ではないと判断され、呼んでもらったタクシーで病院に向かう。


「なまえ!」

「あ、昆」

「お前、無事で…」

「えへ…ごめんね」


救急外来へ走ると、身体を起こしていたなまえは申し訳なさそうに謝ってきた。見た目は怪我一つしていない。点滴さえもしておらず、以前救急車で運ばれた時とは違って元気そうに見えた。あまりにも平然としているものだから、力が抜けた。床に座り込み、ようやく一息つくと、なまえは慌てて駆け寄って来た。必死に謝るなまえを抱き締める。温かい。


「ごめんね、心配掛けて。でもね、何ともないの」

「………」

「お、怒ってる…?」

「………った」

「え?」

「なまえが無事で、よかった…」


怪我をしていなくてよかった。生きていてくれてよかった。怖かった。またなまえを失うのではないかと思うと気が気ではなかった。本当に生きた心地がしなかった。
確かめるようになまえに触れると、なまえはまた謝ってきた。謝らなくたっていい。なまえが無事ならそれでいい。


「何で階段なんかから…」

「そのことなんだけどね。その、多分なんだけど…」

「なに」

「ドクタケ社の人に狙われたんだと思う」

「…ドクタケ?」


なまえはバイクで轢かれそうになったこと、スーパーで商品に潰されそうになったこと、階段で背中を押されたことを話してきた。そして、すれ違ったサラリーマンはタソガレドキとは異なる髑髏の社章を身に付けており、なおかつ赤茶色のサングラスをかけていたそうだ。
そこまで聞いて、ザワっと心が騒いだ。ずっと隠し続けていた本能が表に出てきたのをはっきりと感じる。脳がゆっくりと残忍さに支配されていくのが分かった。過去のように。


「…ろ…てやる…」

「え?」

「殺してやる!よくも私の女に手を出したな!」


あぁ、部下の気持ちがようやく分かった。初めから殺してやればよかったんだ。しらみ潰しに全員殺してやる。
そうと決まれば事は早い方がいい。誰から殺してやろうか。なまえに直接手を下した奴は極力残忍な方法で殺してやろう。四肢を一本ずつ切り刻んでからガソリンを撒いて焼き殺すというのはどうだろうか。あぁ、それがいい。一人ずつ目の前で殺していくんだ。恐怖で震えながら死ぬがいい。
ドクタケの奴らはどんな恐怖に怯えた顔をするのだろうかと想像するだけで笑いが止まらない。これは楽しくなりそうだ、と考えていると、頬を軽く叩かれた。そして、キスされた。人前であんなにもキスすることを嫌がるなまえから。


「落ち着いて、昆。それじゃあ相手の思う壺だよ」

「…思う壺?」

「ドクタケ社の人たちは昆を逮捕させようとしているんじゃないの?そうすればきっとまた、タソガレドキ社を手に出来ると考えている。だから私を襲ったの。昆を潰すために」

「だとすれば、それは許されていいことではない」

「そう。その通りだよ。だけど、相手の思うがままに動いてもいいの?あなたは誰?タソガレドキ城の忍び組頭じゃないでしょう?今のあなたはタソガレドキ社の部長でしょう?」

「そうだよ。そうだけど…」

「それに、私は誰?昆の奥さんでしょ?私のために犯罪者になんてならないで。ちゃんと私の夫として、これからも一緒にいて。過去に手に出来なかった未来を自ら手放すの?」

「だけど…」

「お願い、私のために傷付かないで。私を一人にしないで…」


そう言ってなまえは泣いた。白い頬を伝う涙が床に落ちるのを見て、ようやく冷静になった。そうだ、報復なんて馬鹿げている。ちゃんと分かっているんだ。どんなに望んでも手にすることの出来なかった未来を自ら手放そうとするなんて馬鹿げている。報復なんてしてもなまえを護ることにはならない。そんなこと、過去に十分学んだことだろう。
情けなくて、恥ずかしくなって、だけど、この持っていきようのない怒りをどうしたらいいのかも分からなくて。とにかくなまえを安心させたくて、必死に言葉を探していると、警察が入ってきた。まずいことを聞かれてはいないだろうかと心配したが、まぁ、仮に聞かれていたとしてもまだ口にしただけだから問題はないだろう。目はつけられるかもだけど。


「少し、お話よろしいでしょうか?」

「…はい」

「目撃者の証言から事件であると判断しました」

「相手は?」

「逃走中ですが、ドクタケ社の者である可能性があります」

「あぁ…」

「被害届を提出されますか?」

「防犯カメラの映像は?」

「現在、解析中です。立件出来る可能性が高いかと」

「…あの、お願いがあるんですが」

「はい」

「妻は今後も狙われる可能性が高いと思います。しばらくの間は自宅周辺の警備を強化してもらえないでしょうか?」

「勿論です。住所はこちらでよろしいでしょうか?」


警察から提示された住所は既になまえが記載した自宅のものだった。だけど、私は二重線を引き、違う住所を書いた。書いている途中、なまえは私の腕を引いて止めようとしたが、私の意思は固い。大丈夫、もう揺らがない。
翌日、朝礼で集まった満面に昨日早退させてもらった礼と心配を掛けたことを詫びた。そして、戦の始まりを告げた。


「今日、ドクタケ社にこちらから仕掛ける」

「待ってました!」

「あぁ、身体が疼きます…」

「奴ら、蜂の巣にしてやりましょう!」

「ふ…まぁ、待て。これはリスクのあることだ。それを十分に理解した上で戦に加担する者は私に着いてこい。それ以外の者は通常業務に励め。よく考えてから決めなさい」

「そんなの決まってるじゃありませんか!」

「我々はどこまでも部長のお側に!」

「倒れる時は共にあります!我々はあなたの部下です!」

「そう…馬鹿だねぇ、お前たちは」


だけど、ありがとう。お陰で気兼ねなくやれそうだよ。これから仕掛ける戦は経済を揺るがす可能性のある大きな物だ。下手したらボーナスカットくらいでは済まないかもしれない。家族に迷惑がかかるかもしれない。だけど、決して後悔はさせない。ちゃんとお前たちのことは護ってやるからね。


「私はドクタケを甘く見ていたようだ。向こうはお縄につくことさえ厭わないようだ。それだけの覚悟があって戦を仕掛けようとしている。ならばこちらもそれ相応のカードを切る必要があるだろう。だから私は妻と離婚することにした」


ザワッと騒がしくなったが、私は言葉を続けた。結婚指輪はもう外している。離婚届も既に昨日のうちに入手してあるし、なまえと義父さんにも説得済みだ。
短期決戦となればいいんだが。さぁ、では戦を始めようか。


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