雑渡さんと一緒! 226


蝉が鳴き始めた。もうすぐ夏休みだ。プールでしょ、海でしょ、それから旅行にも行きたい。場所はそうだなぁ、避暑地ってことで北海道とかどうだろうか。シロクマがいる動物園に行ってみたかったんだ。あと、ラベンダー畑も捨てがたいけど、きっとお盆に行ったら終わってしまっているんだろうなぁ。…今年の夏休みは昆と一緒に過ごせるのかな…
目を擦ってから山ちゃんと待ち合わせをしているカフェに入った。既に山ちゃんは来ていて、私に手を振ってくれた。


「なまえちゃーん。久し振り」

「久し振り。勉強進んでる?」

「全然。国試やばいんだよねぇ…」

「管理栄養士さんは大変だねぇ」

「栄養士は卒業するだで貰えるもんね」

「うん。よかった」

「何それー。ムカつく」

「あは。ごめんごめん」


国家試験を受けなければならない山ちゃんは今年の夏は勉強三昧なことだろう。対して私は卒業するだけで栄養士の資格が貰えるから、特にすることはない。本当に知識を得るためだけに通っているのだ。そう、昆を支えるために…
先日、昆と偶然会ったけど、痩せていたなぁ。どうせちゃんとご飯を食べていないんだろうなぁ。それに、あまりよく眠れないとも言っていた。相当なストレスがかかっているのだろう。常に見張られているから病んでいるフリの一環として営業に出向くことも出来ず、ずっと会社でドクタケ社を潰すために頭を使っていると言っていた。そんなにストレスを溜め込んだら禿げるよ、と私は軽口を叩いたけど、昆は力なくそうだね、と言うだけだった。このままだと昆が倒れてしまう。先々月は一回、先月は二回も昆は風邪をひいた。看病に行くことも出来ず、ただ遠くから昆が早く元気になることを祈るしか出来なくて、このままだと私も病んでしまいそう。


「そういえばさ、旦那さんと夏休みどこ行くの?」

「あー…うん」

「海外?それとも国内?」

「実はさ、離婚したんだ」

「えっ」

「えへへ…嫌になっちゃうよね…」


きぃちゃんにもヨルにも外ではそう伝えた。だけど、二人ともタソガレドキ社の関係者のようなものだから事情はちゃんと知っている。つまり、何も私たちのことを知らない人に離婚したと伝えるのは山ちゃんが初めてだった。
山ちゃんは私が離婚したと言うと、どうしてだと追求してきた。私は昆に何を聞かれても黙秘しろと言われている。だから、黙った。だけど、心は正直なもので、涙が出てきた。


「…もしかして、ドクタケ社絡みだったり?」

「えっ。どうして…」

「やっぱりそうなの!?」

「あ。あーあー、今のなし!ねぇ、なし!」

「もう聞いた。あの人たちまだやってるの!?そんなこと」

「…あの人たち?」

「もういい。なまえちゃん、うちに来て」


勢いよく立ち上がった山ちゃんは私の手を引いて大きな一軒家に案内した。確か山ちゃんは山を所有していると聞く。お金持ちなんだなぁ…と思いながら家に入ると、ギョッとした。玄関には大きな写真が飾られていて、そこには赤茶色のサングラスをしたサラリーマンが山のように写っている。
二階に案内されたけど、これはどうしたらいいのだろうか。


「ねぇ、もしかして山ちゃんって…」

「なまえちゃん。これを雑渡さんに送って」

「なにこれ」

「いいから早く送って」


細かい数字が並んだ書類を写真に撮って、言われるがままに昆に送る。送った後、結局これは何なの?と山ちゃんに聞く前に昆から電話がかかってきた。山ちゃんに出るよう促されて、少し戸惑ったけど電話に出る。昆は慌てていた。


「何、今の。どうやって手に入れたの?」

「えっ、どうって…」

「なまえは今、どこで何をしているの?まさか危険なことに自ら首を突っ込もうとしているわけじゃないだろうね?」

「し、してないよ?」

「なまえちゃん、代わって」


私から携帯を取り上げた山ちゃんはハンズフリー通話にしてから昆につらつらと説明し始めた。山ちゃんはドクタケ社重役社員の一人娘であること、社長さんに気に入られていて好きに会社に出入りさせてもらっていること。このデータはいざという時のために持ち出したものであること。そして…


「前に渡した山菜には毒のある物が紛れ込んでいたの」

「えっ…食べちゃったし、食べさせちゃったよ!?」

「き、貴様…っ」

「大丈夫。ちゃんと毒のは捨てておいたから」

「何で…?」

「貴様、何を考えている!?」

「私、なまえちゃんに死んで欲しくないもん」

「何故だ?何故、なまえを庇う?」

「友達だから」


サラッと言った山ちゃんは私の方を申し訳なさそうに見た。そんな顔はしないで欲しい。だって、山ちゃんは私と昆のことを護ってくれたじゃない。私たちのことを心配してくれたじゃない。それは友達だからでしょ。私もね、山ちゃんのことを友達だと思っているよ。
ぎゅうっと山ちゃんを抱き締めると、山ちゃんは抱き返してくれた。電話で状況の掴めない昆は部屋が静かになったことに動揺した声を出したから、抱き合って友情を確認し合っていたことを報告すると、自分以外の人間と抱き合うなんて許せないと怒った。離れ過ぎていて嫉妬の幅が振り切れているようだ。この感じだと明日ヨルに会うことは黙っておいた方がいいかもしれない。多分、いや絶対に浮気だと騒ぎそう。


「…それで?このデータは信頼出来るんだろうな?」

「三ヶ月前のものだから新しくないけどね」

「三ヶ月前?」

「そう。パパが山菜を渡せって言った次の日のもの」

「わぁ、山ちゃん行動早いね」

「だって許せない。娘を使って友達を殺させようとしたんだよ?そんなのパパどころか人としても失格だと思わない?」

「まぁ、確かに…」

「お前の行為も犯罪だけど?」

「えっ、そうなの!?」

「そうかも。でも、しーらない」


山ちゃんの笑い声を聞いて昆は嫌そうに溜め息を吐いた。怒っているし、呆れてもいるのだろう。だけど、この数字が何を指すかは分からないけど、もしこのデータで進展がみられるのなら山ちゃんに感謝しないといけない。
電話を切ってから山ちゃんにお礼を言うと、山ちゃんは私に申し訳なさそうに謝ってきた。だから私は山ちゃんに微笑み掛けた。山ちゃんは何故か涙ぐんでいたけど、すぐに目を擦って「早く解決しないとね」と言った。そうだ。まだ何も解決はしていない。だけど、きっとうまくいく、そんな気がした。電話を切る前の昆の声色が勝ち気なものだったから。
この件は昆にしか解決出来ない。だけど、私だって昆の力になりたい。だって私は昆の奥さんなのだから。そう思った。


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