雑渡さんと一緒! 227


一件一件確認していくと、多少の誤差はあるものの合っていた。つまり、このデータの信頼性は極めて高い。
何てものを提供する人間と知り合いなのかとなまえの交友関係の広さを恐れる。それでも、危なかった。万が一にも相手が敵意を剥き出しにしていたらなまえの身は危険に晒されていたことだろう。それでも、知り合ったばかりの人間にこんなにも親切にするなんてことがあるだろうか。ましてや父親はドクタケ社の重役なのに。ということは、これは罠の可能性も捨て切れない。どうしたものかねぇ…と悩みながら印刷したデータを睨んでいると、陣内が不思議そうに覗いてきた。


「それは何です?」

「ドクタケの株を所有している会社一覧」

「えっ。何故、そんな重要なデータが…」

「何だかねぇ…なまえが手に入れてきたんだ」

「なまえさんが?」


陣内の事の詳細を説明すると、陣内はくすりと笑った。


「あの方は昔から不思議と人を惹きつける方でしたので」

「あぁ。この私がほだされたくらいだからね」

「本当に…それで?如何致しますか?」

「これを信頼して買収するかってことだよね」

「ええ。万が一の時には大惨事になりますが」

「そこなんだよねぇ…」


これだけの株を所有できるほどの企業を買収するとなっては相当の資産が動くことになる。おまけに、そう簡単には買収に応じないだろう。万が一、これが罠だった場合には我が社は潰れることになる。その判断をするだけの信頼性がない。
どうしたものか…と悩んでいると、明るい女の声が響いた。この営業部には男しかいないというのに、何故女の声がするのだろうかと顔を上げるとヨルがいた。私が驚いていると、ヨルはにんまりと笑った。そして「お届けものでーす」と間延びした、苛つかせるような話し方をしながら荷物を見せてきた。両手には馬鹿みたいな量の荷物を持っている。


「げっ。兄貴、何しに来たんだよ」

「やだー。陣左、久しぶり」

「うざ…」

「お姉様に何てこと言うのよ」

「いや、お前は男だろう」

「雑渡まで。いいのかなぁ、そんなこと言って」

「は?」

「はい、お届けものですよ」


重かったぁ、とデスクの上に重そうな荷物を置かれる。何だこれは、と聞く前にヨルは袋から荷物を取り出して私のデスクの上に並べ始めた。タッパーが一つ、また一つと置かれていくうちに、それが何なのか分かってしまった。例え幾ら金を積んでも決して今は手に入れることの出来ない品だと分かり、思わず泣きそうになる。
震える手でタッパーを開けると、懐かしくて切なくも愛しくもなる匂いがした。なまえだ。なまえの作ってくれたご飯の匂いがする。山のように握られたおにぎり、山のように焼かれた玉子焼き、山のように敷き詰められたロールキャベツ。どれもこれも私が大好きで、そして口にしたかったもの。


「皆さんでどうぞーって雑渡の奥さんから」

「えっ。頂いていいんですか?」

「噂に聞く、超美味しいご飯だ!」

「うわ、一度食べてみたかったんですよ!」

「ちょっと待て!私は許可しないからな!?」

「ケチなこと言わないの。どうせ、こんなに食べられないでしょ。ちなみに、おにぎりの具は当たりがありますよー」

「…当たり?」

「さて、何でしょうね」


にんまりと笑ったヨルは一つおにぎりを口にした。いや、何でお前が真っ先に食べるんだ。私は許可していない。
ヨルが食べ始めたのを皮切りに部下が一斉に寄ってきた。みんな美味しいだの、店を出すべきだの、お金を払うから毎日作って欲しいだのと好き勝手なことを言った。こうなると分かっていたから誰にも食べさせたくなかったのに。なまえの作ったご飯はずっと私だけのものにしておきたかったのに。


「うわ、中身西京焼きだ」

「俺、塩鮭」

「私はおかか…あれ、これは外れ?」

「いや、待って!何それ!?」

「なんと全部で10種類」

「10!?」

「ほら、早く食べないと雑渡の分がなくなるよ」


ヨルは紙皿にロールキャベツを取って食べ始めていた。だから何でお前が誰よりも先に食べているんだ。
慌てておにぎりを一つ齧る。中身は生姜焼きだった。こんな量を作るのは大変だったことだろう。ましてや、10種類ものおにぎりを作るなんて相当大変だったことが予想される。
じんわりと冷えていた心が温まるのを感じた。今となっては懐かしいなまえのご飯。これ程までに美味しいと思った食事は初めてかもしれない。まるでなまえが側にいてくれるような気がした。何でもない内容の話をしながら一緒に食べる食事がどれだけ尊いものだったのかがよく分かる。失いかけている平穏が戻ったのだと錯覚してしまう安堵感があった。


「雑渡には何と手紙付き」

「…なまえから?」

「私からの方がよかった?」

「お前の手紙に何の価値があるというんだ」

「ねぇ、マジで失礼」


ヨルから手紙を奪い取って中身を見る。なまえのほんのりと丸まった、女の子らしい字が何とも懐かしい。手紙というにはあまりにシンプルで、だけど、その一文字一文字から勇気を与えられた。
そして、おにぎりの真の当たりが何なのかが分かり、焦る。


「あー!俺、ハンバーグだ。これ当たりじゃね?」

「いや、おにぎりはツナマヨしか勝たんだろ」

「ツナマヨとか邪道だろ。そもそも缶詰なんだし」

「いや、これはマグロから手作りされてそう」

「マジで?じゃあ、当たりだな!」

「ちょっと、待っ…」

「あらー。最後の一個になっちゃったね。貰っていい?」

「いいわけないだろう!」


慌てて最後の一つを手にする。そのおにぎりを口にして、迷いは全てなくなった。大丈夫、もう勝ち戦だ。
食後、咳払いをしてから部下を集める。ヨルはまだ弟である陣左に構っていたから蹴りを入れ、引き離す。お前はそもそもタゾガレドキ社を退職した身だろう。言うなればヨルはもう部外者だ。それでも、こうしてなまえの食事を会社までわざわざ配達してくれたことは感謝してもしきれない。


「これからナルト社の買収に乗り出す」

「ナルト社!?」

「厳しくはないですか?」

「何だ、出来ないのか?私の部下なのに?」


ふ、と笑い掛けると全員がやる気に満ち溢れた顔をした。それを見ていたヨルは「流石は組頭様。よくそんな博打打ちが出来ますね」と嫌味を言ったが、これは博打打ちではない。きっと上手くいく。そんな自信があった。
だって、私はついている。勝利の女神が私にはついているのだ、負けはしない。あれだけの数のおにぎりの中からちゃんと当たりを引くことが出来たのだから。大好物の唐揚げを。
そして、死ぬかもしれないと思いながらも必死にナルト社を攻めること一ヶ月。どうにか買収することに成功した。これでドクタケ社の株を一番保有しているのは我が社ということになり、事実上うちがドクタケ社を乗っ取ったといっても過言ではない状況が仕上がった。後はドクタケ社に乗り込み、好き勝手にいじらせてもらうだけだ。相手はさぞ慌てふためいていることだろう。まさかショッピングモール建設の許可に躍起になっているところを裏でじわじわと攻め入られているなんて気付いてもいなかったのだから。
あぁ、あと少しだ。あと少しで終わる。なまえに会える。


「部長。お届け物です」

「私に?誰から」

「ドクタケ社社員一同、と…」

「…ドクタケ?」


ドクタケを落とすことに集中し過ぎていたから、とか、あまりにも浮かれていたから、とか、戦乱の世ではなくて平和ボケしていたから、とか。理由はいくつもある。何にしても、私は失念していた。ドクタケは法を犯すことくらい何とも思っていないということを。なまえを殺そうとまでしたのだ、やろうと思えば何だってやってくるだろう。だから、なまえを私から遠ざけ、何ヶ月か部下に見張らせて何事もなかったからと警戒を解いたことは誤りだった。
箱を開けると「早く来た方がいい」といった内容の書面と共に髪が入っていた。その髪が誰のものなのかはきっと私以外には分からなかったことだろう。だけど、私には分かる。分かってしまう。本当は分かりたくなんてないし、違っていて欲しい。だけど、この髪はなまえのものだと確信がある。


「ふざけた真似をしやがって…っ」

「ま、まさか…」

「なまえさんの…!?」

「殺ってやりましょう!」

「警備からさすまたを借りて来ます!」

「誰か包丁買ってこい!」

「それよりナタだ!ナタがいい!」

「祖父の家に確か日本刀が…」


髪を見て頭の先からつま先まで殺意で満たされていたが、部下たちの殺意で我に返る。正月に引いたおみくじには何と書いてあったか脳内で何度も何度も反芻しながら考えた。


縁談:破れる恐れあり。落ち着け


そうだ。落ち着け。私がこの手を血に染めることは簡単なことだ。だが、そんなことをしたらなまえとはもう一緒にはいられなくなる。相手を殺すかどうかはなまえの安否を確認してから決めても遅くはない。今、出来ることをまずはやるべきだ。なまえを助け出さないと。
こんな風に一人でも冷静になることが出来るようになったのはなまえがいてくれるからだ。あぁ、私は変わった。優しくなったかは別にして、人間らしくなった。逆に言えば、なまえがいなければ私はやはり何も変わらない。あの子が私の全てだ。だから、返してもらわないと。あれは私の女だ。なまえの命はなまえのものだ。私のものですらない。だが、なまえの人生は私が貰い受けたものだ。その代わり私がこの手で幸せにしてやらなければならない。私は未熟だからなまえがいつも笑って過ごすことは出来ないかもしれない。だけど、なまえが笑っている時も泣いている時も怒っている時も私が側にいたい。そして、なまえの命が終わるその時には私といられてよかったと、そう思ってもらいたい。だから私はなまえと死ぬまで添い遂げる。何があっても、添い遂げるんだ。


「落ち、つ、け…っ」

「部長!?」

「血が…っ」

「いいか、落ち着け。これから、ドクタケに乗り、込む…が、最後まで冷静でいろ。終わったら…終わったらなまえの飯を食わせてやるから死ぬ気で勝ちにいく!うちは最後まであくまでも冷静にいけ。自分の未来は自分の手でしかと守れ!」


本当は一人残らず殺してやりたい。だけど、それでは駄目だと分かっている。悔しいし、不甲斐ない。自分を抑えることが難しくて唇を噛み締める。流れ出た血を手で乱雑に拭ってから我々は外に出た。
周りから見たらさぞ恐ろしかったことだろう。殺気立った部下を全員引き連れて集団でロビーを歩くなんて初めてだ。
なまえ、いま行くからね。大丈夫、ちゃんと正攻法で攻めるから安心して。全て終わったらまず私にご飯を作ってね。それから、あいつらにまた何か作ってやってよ。今度は私もちゃんと手伝うから。その代わり、唐揚げは多めにしてね。一つなんて満足出来ない。揚げたてを食べたいし、嫌になる程食べたいんだ。まーた痩せちゃったからさ、いっぱい食べさせてね。それから飽きる程キスして、嫌になるくらい抱き締めたい。下らない話をたくさんして、クロと二人で遊んで、どっちが好かれているのか競ってみたりして。そんなどこにでもある日常をまた送ろう。もうすぐだ、もうすぐなんだ…


「いくよ。覚悟はいいね」


既に到着していた数多の白い車を見ながら敵陣へと入る。向こうはこちらを誘い出しただけのことはあり、大した動揺もしてはおらず、あっさりと本陣へと案内してくれた。もうすぐ我が社の好き勝手に出来ることの出来るオフィスを値踏みしながら部下を引き連れて歩かせてもらう。非常に趣味の悪い装飾が施されているから、これは私の一存で変えさせてもらいたいものだと思いながら案内された会議室には無惨にも髪を切り刻まれた女の子がいた。顔には殴られたような痕まであり、どんどん薄暗い気持ちに支配されていく。
なまえは私の名を呼びながら首を振った。大丈夫だよ、なまえ。私はちゃんと分かっている。万が一のことがあった時には部下に止めに入るよう既に事細かく指示しているからね。
揃いも揃っているドクタケの面子を一睨みし、過去からの因縁を一つ断ち切るための戦いを始めるための合図を部下に出す。お前らが倒れるか、それともこちらが倒れるか。何にしても、お前たちは私が絶対に許さない。私の女に手を出した以上、死よりも辛い人生を送らせてやる。覚悟するがいい。


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