雑渡さんと一緒! 231
「ぎゃぁー!嘘、なまえ!?」
「えへ。今日はよろしくお願いします」
「なまえちゃん、まさか旦那さんに…」
「えっ、そうなの!?。やだ、雑渡さんって本当最低…」
「違いますけど?というか、北石は知ってるでしょ!?」
北石の親が経営する美容院に行きたいと言うからなまえを連れて行くと、非常に失礼なことを言われた。この私がなまえに手をあげ…たことがないわけではないが、それでもここまではしない。というより、なまえではない女にだってここまではしない。顔に二箇所ある痣は日を追うごとに青くなってきて、いかに強く殴られたのかが分かる。
我ながらよく自分を抑えられたものだと感心する。なまえがここまでされたのに、暴れることなくドクタケを追い込めたことは自分で自分を褒めてやりたいとさえ思っていた。それでも、やっぱり骨の二、三本は折ってやっておけばよかったと後悔しないわけではないが。そのくらいなまえは痛々しい見た目をしていた。それに加えて無惨にも切り落とされた髪がより一層胸をえぐる。こんなにもされて怖かったことだろう。なまえはただ巻き込まれただけで、なまえ自身は何一つ悪くないというのに私なんかと一緒になったばかりにこんな目に合ってしまって本当に申し訳なかった。そして、もう二度とこんなことにならないよう対策を考えておいてやらなければならない。なまえに護身術でも習わせるか…そんなことを考えていると、髪を整え終わったなまえが前に立っていた。
「…どう、かなぁ」
「可愛い」
「短くなっちゃった」
「うん。可愛い」
「昆は長い方が好きなくせに」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ」
「そう。じゃあ、訂正する。なまえはいつも可愛いよ」
肩よりも短くなった髪を触っていたなまえの手を握る。別に気を使って言っているわけではなく、短い髪型もとてもよく似合っていると思った。結局のところ、髪が長かろうが短かろうが私はなまえのことを可愛いし、好きだと思ってしまうのだろうな。だってなまえ自身が可愛いんだから。
次に義父さんの家に行く。すぐに窓ガラスの修理を依頼しておいたから、綺麗に元に戻っていた。それでもなまえが育ったこの家をドクタケが穢したことはどう考えても許し難い。
「お、お前、その顔…っ」
「…うん」
「昆奈門!お前、DVは犯罪だからな!」
「いや、だから私じゃないってば!」
何だってどいつもこいつも私がやったと思うのだろうか。私はそんなにも暴力的な男に見えるか。いや、別に否定はしない。義父さんを蹴ったこともあるし。だけど、なまえをここまで傷付けたりは絶対にしないし、仮にしたとしたら平然と一緒にはいられない。間違いなく自主する。
ムカつくなぁ…と腕を組みながら義父さんを睨みつけてやる。
「お前たち、しばらく一緒に歩くな」
「何で?」
「警察に捕まるぞ」
「あぁ、私がなまえを殴ったって?」
「そう」
「いや、あのさ。あまりに失礼な話なんだけど!?」
折角、義父さんに謝りに来たのに、謝る気が失せた。この子は私の女だ。誰が何と言おうが私が側にいる。
そもそも、なまえはこの痣のことをとても気にしている。それはそうだろう、女が顔に傷を残されたのだから。もう無闇に触れないでやって欲しかった。これ以上なまえを不用意に傷付けられることは私には耐え難かった。聞くに耐えない。
「なまえ、帰るよ」
「えっ」
「あぁ、来月は七回忌だからな。空けておけよ」
「何それ」
「後でなまえから聞け」
「あぁ。そうするよ」
苛々しながら家を出る。ぎゅうっとなまえの手を握り締めてから警察に行き、被害届を提出した。絶対に許さない。障害と誘拐、殺人未遂あたりでも検挙してやりたい。
ジロジロと無遠慮に周りから見られることが不快でジロリと睨んでやる。頼むから、これ以上私を怒らせないで欲しい。
「…ねぇ、昆。もう少し離れて」
「何で」
「絶対にDVだって思われてるよ」
「そう。不快な話だね」
「うん。だから離れて」
「嫌だ。誰が離れるものか」
ぐっとなまえの肩を抱く。あぁ、もういい。そう思いたいのなら、別にそう思ってもらって構わない。事実はどうあれ、私はなまえを傷付ける悪い男。それでいい。
警察を出て、早く家に帰ろうとなまえに手を差し伸べると、なまえは急に走り出した。慌てて追いかける。残念ながらなまえの足はそこまで速くはない。というか、かなり遅い方だろう。だから、私はなまえを簡単に捕まえることが出来た。
「この暑いのに急に走り出してどうしたの?」
「は、離して!」
「嫌だ」
「私、もう昆が悪く言われるのは嫌だよ…」
そう言ってなまえは俯いた。これだけはっきりと痣があるのだ、綺麗に消えるまでには相当な時間を要することだろう。なのに、これが消えるまでなまえと一緒に歩くことさえ私は許されないというのか。私が側にいようがいなかろうが無遠慮に見られることは変わるまい。だとするのなら、私はなまえの側にいたい。なまえの顔に痣があろうがなかろうが、別に私は気にしない。なまえはなまえだ。別に私なんて周りからどう言われようとも構わない。どのみち私は初めからよくは言われてなどいないのだから。
痣だらけの顔を撫でてから、唇を落とす。なまえ一人に背負わせるにはあまりにも重い。私が背負える傷などたかが知れているけど、それでも少しくらいは持たせて欲しい。絶対になまえを一人にはしない。これ以上は傷付けさせない。
「なまえは私の妻だ。誰よりも綺麗で愛らしい子だよ」
「でも、でも…っ」
「そうだなぁ…じゃあ、私の左目を刻もうか?」
「何でよ。やめて」
「そうしたら視線が分散されるかと思ってね」
「そんなこと、しなくていい…」
「もし仮に私が過去のように火傷を負ったらなまえはもう私の隣を歩いてくれないの?不気味だから離れたいと思う?」
「思わないよ、そんなこと」
「でしょう?分かったら、早く帰るよ」
夕方だというのに蒸し暑いんだ、早く帰ろう。帰ったら何をしようか。家の増改築について少し話したいし、まだボーナスが出ていないことに対しての愚痴を聞いてもらいたい。そうだなぁ、それからキャットタワーをどれにしようか考えようか。クロは随分と大きくなったから。
私がそう言うとなまえは鼻を啜りながら私の手を握り返してくれた。馬鹿、と言いながら。言葉を返すようだけど、馬鹿なのはなまえだ。私の評価が高くはないことも、なまえがどんな風貌になろうが構わないことも知っているだろうに。それに、顔に傷が付いたくらいで私がなまえを遠ざけようと考えるなんて思われていたのだとしたら、甚だ遺憾だ。その程度の想いしかなかったのなら、きっとこんなにも躍起になってまでドクタケを攻め落とそうとはしなかったことだろう。
綺麗な私のなまえ。本当は家から一歩たりとも外に出したくはないんだ。危険なことからは遠ざけたい。だけど、多分、一番危険なのは私の側にいることなんだろうね。それでもこれからも私の側にいてくれるだろうか。骨の髄まで生涯、愛すると誓うから。そんな狂気じみたことを言うと、なまえは迷惑だからやめて欲しいと言った。嬉しそうに泣きながら。
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