雑渡さんと一緒! 234
手を天井に向かって伸ばすと、そっと手を重ねられた。さっきまで寝ていたと思ったのに、と昆を見ると、眠そうな顔はしていたけど、私の目をしっかりと捉えていた。
そのまま指を絡められて、ちゅっと唇を寄せられる。昆はこういう王子様のような動作が実は多い。靴を買う時に屈んでパンプスを挿れてくれたりとか、エスコートするように手を差し伸べてくれるところとか。その度に周りから羨ましそうに見られたりする、というのはもう慣れたことだ。一体、このエスコート力はどこで身につけてきたのだろうか。
「…昆はさ、王子様だったことある?」
「は?」
「前世とかで」
「何を今更。忍びだったけど?」
「じゃあ、ホストの経験がやっぱりある…とか?」
「ない」
「あ、まさか…」
「なに」
「売春でお金を持った人妻たちに…いぎゃぁー!」
「怒るよ」
久々に頬をつねられた。怒るよ、じゃなくて、もう怒っている。不機嫌そうに私をじっと睨んできた。
昆は私を抱き締めてから、タオルケットで包んだ。さっきまで汗ばんでいた身体はまだ熱いけど、ちゃんといつもの体温に戻っている。それでも裸のまま抱き合っていると、暑い。
「ねぇ、暑いから離れて」
「嫌だ。何なら、もっと熱くしてあげようか?」
「さっきしたから、もういい」
「それは残念なことだ。興奮してはくれないの?」
「ひ…っ、どこ触ってるのよ!?」
「さて、どこだろうね?」
貧相な胸を触りながら昆は愉快そうに目を細めて笑った。だけど、その触り方から別にいらやしいことを考えているわけではなく、どちらかといえば戯れ合いの一環だということが分かり、ホッとする。
すり、と昆の胸に擦り寄ると、短くなってしまった髪を優しく撫でてくれた。これで髪が長かったら一房摘んで唇を寄せられていたことだろう。昆はそういうことを平然とした顔でする人だった。まるで少女漫画に出てくるイケメンの男の子のような、プリンセス系のアニメに出てくる王子様のようなことを平然とやってのける人。そういう甘くて優しい人が見る分には好きだったし憧れもあったけど、まさか自分がされる立場になるとは夢にも思っていなかった。私なんて絶対にヒロインの友人あたりのポジションの容姿なのに。
「昆てさ、本当に誰とも付き合ったことないの?」
「ない」
「デートとかは?」
「ないに等しいよ」
「それは年上のお姉さんと?」
「まぁ、年上といえば年上だったけど…」
「その人とディナーに行ったり?」
「そんなわけないでしょ。小学生だったんだから」
「じゃあ、やっぱり前世は王子様だったんだよ」
「だから忍びだって。というか、さっきから何?」
目の下の痣を優しく撫でられながらも怪訝そうな目を向けられる。昆の目っていつ見ても綺麗だなぁ。羨ましい。
大きな手を覆うように自分の小さな手を重ねて、綺麗な爪をなぞる。女の人のそれとは違うけど、決して無骨というわけではなく、昆は綺麗な手をしている人だった。あまり力仕事をしなくなったからだと言って本人は気にしているようだったけど、昔と比べて細い指をしている。それでいて長いのだから、本当にパーツの一つ一つからイケメン度が伝わって来た。このくらい容姿に恵まれている人はエスコート力も生まれながらに備わっているものなのだろうか。だとすれば、とんだチートスキルだ。それこそ、アニメの主人公みたい。
「昆は女性の扱いがうまいなぁと思って」
「そう?どちらかといえば酷いと思うけど」
「エスコート力が凄いじゃない」
「エスコート?そんなことしてる?」
「してるよ」
無意識だということは、やっぱりエスコート力が高いということだ。昆は予想通り王子様属性のようだ。どちらかといえば騎士属性だと思っていたけど。
私がそう言うと、昆はアニメの見過ぎだと呆れたような顔をした。もうすぐ二期が始まるんだ、見過ぎで何が悪いのよ。今期は昆と見るから日曜は絶対に早起きしてよね、と昆に言うと、逆に絶対に起こして欲しいと言われた。共通の趣味がようやく一つ見つかって嬉しい。来年は映画も行かないと。
「どうしたの?急に」
「だって、昆は私をお姫様みたく扱うから」
「お姫様?」
「そうだよ。昔、お姫様に会ったことある?」
「ある」
「やっぱり、こんな風に関わってた?」
「まぁ、気は使っていた」
「だよね。そこで身につけたんだね」
「何を?」
「エスコート力というか、王子様スキルを」
昆は私が何を言いたいのかさっぱり分からないといった顔をした。怪訝そうに寄せた眉間のシワを伸ばしながら、いつものように昆の腕の上に頭を乗せ直す。初めは落ち着かなかった腕まくらも、もうお互い慣れたもので、私は寝やすいし、昆も落ち着くそうだ。こうして毎日行っていると逆に腕まくらじゃないと眠れなくなってしまったのだから、習慣化とは恐ろしいものだ。もう昆なしにはあまり寝られない。
「さっきから何を言いたいのか全然分からない」
「つまりね、あなたは私を喜ばせるのが上手いってこと」
「ふーん?」
「大切にされているんだなぁって伝わってくる」
私は夢みがちな子供だった。いつか王子様が迎えに来てくれて、私だけのことを愛してくれる。大切に大切に扱ってもらって、まるで自分がお姫様なのかと錯覚するほど甘くて幸せな日々を毎日送る。そんな夢をずっと見ていた。私はそんな子供じみた夢を昆に話したことはない。幼児じゃあるまいしと何度も友達に笑われたし、そんな男の人なんて物語の中だけだよと何度も諭された。だけど、昆は私のことをお姫様のように扱ってくれる。とても大切にしてくれるし、愛してくれている。こんなにも幸せなことはない。
目を閉じて寝る準備に入ると、そっと優しいキスをされた。
「付き合う前にね、陣内にエスコートしろって言われたよ」
「言われなくも、でしょ?」
「気持ちはね。でも、エスコートって何やったらいいか分からなくてさぁ。あの時は苦労したよ。佐茂にも聞いてさ」
「初めてご飯に行った時?」
「そう。緊張し過ぎて話そうと思っていたこと全部飛んで」
「えっ」
「佐茂にこう言えって言われていたことも全部忘れてしまってね…だけど、なまえはとりあえずは楽しそうにしてくれていたから救われたよ。で、まんまとなまえにときめかされて」
「私、何か言ったっけ?」
「さぁね。いいよ、別に知らなくて」
「何よ、それ」
「ま、とにかくなまえが喜んでくれているのならよかったってこと。別にそんな意図しているわけじゃないんだけどね」
「無意識でやってるの?怖…」
「それ、私の台詞だから」
何よ、それ…とまた私が言うと、昆は欠伸をしてから私を抱き締めた。昆も寝る準備に入ったようだ。
初めてのデートの時に私は何を言ったんだっけと思い返してみたけど、そんな特別なことは話した覚えがない。だけど、凄く楽しかったことは覚えている。緊張もしたし、私も何を話そうかたくさん前日に考えたりしていたことが今となっては懐かしいし、遠い昔のように感じる。そして、かっこいいなぁと私も思った。余裕があって、大人で、素敵な人だなぁと思った。だけど、時間が経てば経つほどそれは無理をしていたものだと分かり、そして、それを知れることが私はとても嬉しかった。私に好かれたいと思ってくれていたこともそうだし、本当はとても子供っぽい人だと知れたことが私は嬉しい。こうして私の前では自然体でいてくれる方が私はずっと嬉しいし、ずっと愛しく感じる。
翌日、久し振りに初めてデートで行ったお店でランチを食べた。あの時はただただ美味しいとか、綺麗に食べないと嫌われるとか、高そうだとか…そんなことばかり考えていたけど、今回はちゃんと純粋に食事を楽しめた。店を出る時に昆はいつものようにドアを開けてくれたから「私以外の人にエスコートなんてしたら駄目だよ」と釘を刺しておいた。すると昆はきょとんとした顔をした後、ふっと微笑みながら「これがエスコートとは知らなかった。好きな子を大切に想うあまり身体が勝手に動いていたから」と言った。思い返すと、前にもそういえば、そんなことを言われたような気がする。だけど、無意識でそういうことをやるのだとしたら心配で仕方がない。昆がそういうことを平然とやる人なんだと他の女の人に知られたら、益々昆がモテてしまう。だから、昆の腕にぎゅうっと抱き付く。「誰にでもしちゃ駄目だよ。エスコートは私だけにしてよね」と言いながら。その返答は貰えなかった。その代わりに、優しい笑顔を向けられてキスをされた。
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