雑渡さんと一緒! 235


「お母さんってどんな人だったの?」

「優しい人だったかなぁ…」

「ふーん。なまえくらい優しかった?」

「私とは比べものにならないよ」

「それは凄いね。そう、いいお母さんだったんだね」


墓石の前で手を合わせる。七回忌だからと言われて有給を取ったはいいものの、結局何をしたらいいのかよく分からなかった。そもそも、亡くなって七年も経ったのかと聞けばそうではなく、亡くなった翌年が三回忌だと言う。よく分からない風習だけど、ただの墓参りだと思っていた。
ただ、来てみればいつもの墓参りとは少し違った。義父さんも一緒にいるし、アキさんもハルもいる。これは初めてのことだ。おまけに私もなまえも喪服を着ている。七回忌というのは特別なものであるという認識で間違っていないようだ。


「なまえ!その顔はどうしたんだい!?」

『おい、女に手を上げるとは最低だな!』

『私がやったわけではない』

『じゃあ、誰がやったというんだ!?』

『煩い。お前には関係ない』

『おいおいおい。ちょっと殴らせろよ』

『あぁ!?望むところだ、やってみろ』

「ねぇ!今日くらいは喧嘩はやめて!」


私たちが何を言い合っていたのか英語の分からないなまえは理解していないというのに、怒鳴った。ハルが日本語を理解しているとはあまり思えないが、それでもなまえが怒っていることは分かったのだろう。片言の日本語で謝っていた。
なまえの痣は随分と黒ずんできた。治りかけといえばそうなのだろうが、より目立つようになってきてしまった。それをなまえは気にしていたし、私が見知らぬ奴らから後ろ指を指されることをまた気にするようになってしまった。痛々しくて見ているのがつらいというのに、その傷を広げようとするハルが憎くて仕方がない。どうして護りたいと思っているのに護れないんだろう。どうしたらなまえが傷付かずに済むんだろう。私には出来ないことがあまりにも多い。こんな時、お義母さんが生きていたら何か違ったのだろうか。なまえの傷を少しは癒せたのだろうか。そんなことを考えながら墓前で手を合わせた。お義母さん、なまえを護れなくてごめんなさい。お義母さんが大切に育ててくれたなまえを傷付けてごめんなさい。本当は私の側になまえはいない方がいい。またこんなことがないとは言えないし、また傷付けてしまうかもしれない。なのに、なまえを手放せなくてごめんなさい。


「ねぇ、昆。そろそろ行こう?」

「ん…」

「この後はね、ご飯を食べに行くよ」

「そういうものなの?」

「うん。そういうものなの」

「そう」


車で指定された料亭に向かう。初めて来た料亭で出されたご飯を食べながら、しんみりとするものなのだろうと思っていたが、どうやらそういうものではないらしい。
飲め飲めとビールを勧められ、じゃあ車で来なければよかったと思いつつも飲む。こんな昼間からなまえの親族と共に飲む日が来るとは思わなかった。だけど、楽しい宴会という雰囲気でもなく、何とも独特な空気がそこにはあった。服装もみんな暗いし、何なら、さっきまで寺の坊主もいたし。


「七回忌って具体的に何をするものなの?」

「だから、お墓でお経をあげてもらって、ご飯を食べるの」

「一応、故人を偲んでね」

「ま、一種の食事会のようなものだな」

「はぁ…」

「次は十三回忌だね。なまえ、ちゃんとそれまでお婿さんと仲良くやっているんだよ。何人か子供を作っておくといい」

「おば…おばあちゃん!」

「何だい。夫の子を成すことは自然なことだろう」


それ、この時代に公言したら批判されるやつだよ、と思ったけど、あえて言わなかった。アキさんはハルの子供を産むことはもう出来ないし、ハルもそれを承知で結婚したのだろうから。世の中には色んな形の家族がいる。子供のいない夫婦だって昔なら考えられなかったかもしれないが、今は普通のことだ。時代が変わるにつれて少しずつ世の中の考え方も変化していっている中、私の子を産みたいと言ったり、専業主婦になりたいと言うなまえは少し特殊なのかもしれない。私自身、子供などいなければいないで構わないという考えなのだが、それは時代に沿っているというわけではなく、なまえさえいれば別に後は何だって構わないという利己的な思考が故のものだから、やはり特殊な部類に入るだろう。


『で?なまえちゃんの顔はどうしたの?』

『お前、まだそれを言うか』

『気になるさ、そりゃあ。ねぇ、アキ』

『まぁねぇ。お婿さんがやったわけではないんだろ?』

『当たり前でしょ』

『なら別にいい。ハルも野暮なことを聞くんじゃないよ』


義父さんとなまえは私たちが何を話しているのか分からないのだろう、嫌そうな顔をした。日本語で話せばハルが分からない。英語で話せば義父さんとなまえが分からない。もうね、勉強しなよとしか言いようがない。
しかし、なまえには分からない話が二人には出来る、か…


『…なまえの顔はね、私の仕事の関係でやられた』

『はぁ!?巻き込んだのか?』

『私だって巻き込みたくはなかったよ』

『それで?解決はしたのかい?』

『一応ね。警察に逮捕されて送検もされた』

『そうかい。それはよかった』

『ただね…なまえが気に病んでいる』

『そりゃあそうだろう。なまえちゃんは女の子なんだから』

『ちょっとさ、私や義父さんには言いにくいこともアキさんには言えるんじゃないのかと思って。少し頼めないかな?』

「ねぇ!私にも分かるように言ってってば!」


なまえに邪魔をされたけど、言いたいことは言えた。女の気持ちなんて私には分からない。私には言えないこともきっとあるだろう。だけど、祖母であるアキさんになら言えるのではないだろうか。そう思った。
こんなことを頼むのは夫としても男としても情けない。だけど、なまえに少しでも元気になって欲しかった。つまらないプライドなんてなまえのためなら捨てられる。なまえのために出来ることなら何だってやりたい。望むことは何だって叶えてやりたい。もうそれ以外思いつかなかった。
藁にもすがる思いでアキさんに頼むと、ハルは自分は除け者かと騒ぐかと思いきや「それがいい」と言った。そして、まるで私を子供を見るような目で見てきたから、睨み返してやる。言っておくが私は坊やではないからな、と。だけど、ハルは私を揶揄ったりはしてこなかった。その反応で、自分の想いが伝わったのだと分かる。
どうか、なまえの心の傷が少しでも軽くなりますように、と願いながら拗ねた顔をした義父さんに酒を勧める。それにハルが乗ってきて、三人で馬鹿みたく酒を飲むことにした。それをなまえは呆れたように見ていたけど、アキさんは微笑ましそうに見ているような気がした。後のことは頼んだよ、と目配せすると、静かにこっそりと親指を立てたのだから、私の見立てに間違いはなかったと信じ、久々に酔い潰れるまで飲むことにした。次に意識が清明になった時にはなまえが少しでも元気になってくれていますように、と願いながら。


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