雑渡さんと一緒! 236


何なの、あの人たち。ちょっと軽蔑するくらい盛り上がっている。昆は時々英語を話したり、通訳したりしながら信じられないくらい飲んでいた。私にはハイペースで飲むなと言うくせに、それこそ水を飲むような勢いで飲んでいる。
おばあちゃんとつまつまとご飯を食べながら、思わず溜め息を吐く。家に経口補水液あったかなぁ…なんてつまらないことを考えながら煮物を口にしていると、おばあちゃんが私の頬を優しく撫でてきた。あまりにも突然のことだったから、驚いて箸で持っていたしいたけをポトリと落としてしまった。


「ど、どうしたの?」

「怖かっただろう」

「あ、あぁ、これ。うん、でもね、昆が助けてくれたの」

「そうかい」

「だから平気だよ。全然平気なの」


とびっきりの笑顔を作る。そして、私が言ったことは嘘ではない。確かにあの時は怖かった。だけど、昆が助けに来てくれるって信じていた。それでも、あの場で抵抗することが出来たのは昆がいてくれたからだ。昆にこれ以上迷惑を掛けたくない一心で私は必死に抵抗した。昆が弱くて何も出来ない私を強くしてくれた。私を導いてくれた。
ちょっと今はああだけど…と大盛り上がりしている三人を眺める。昆、また少し痩せたな。最近、昆は食欲があまりない。秋になったというのにまだ暑いから夏バテだと言っていた。


「お前、いつもそんな顔をしているのかい?」

「え?」

「馬鹿だね。全然、笑えていないよ」

「えっ…」

「そんな無理をして笑う必要なんてないだろう」

「だ、だって…」


私が怪我をしたことを昆はずっと責めている。もう口には決してしないけど、ずっと自分を責めていることくらい分かっている。だから私は昆の前では努めて明るく振る舞うようにしていた。気にしなくていいよ、平気だよって。実際、私は別に昆を責める気なんてないし、昆のせいで怪我をしたとも思っていない。だから、本当に気にしないで欲しかった。
私、笑えていなかった?まさか昆の前でもずっと笑えていなかったのだろうか。昆に何かを言われたことはないけど、昆にはバレていたのだろうか。私がずっと塞ぎ込んでいたと。


「…これ、痕が残ったらどうしよう」

「病院には行ったのかい?」

「うん。時間はかかるけど、消えるって言われた」

「お医者様が言うのなら消えるだろ」

「でも、でも…っ」

「何だい」

「時間がかかるって…」

「まぁ、しばらくは辛いだろうね」

「私、耐えられないかもしれない」

「鏡を見るのが辛いってことかい?」

「それもあるけど…」


昆の隣を歩くことが私はもう辛かった。昆が悪く言われることばかりだからだ。「あの顔は旦那からのDVかな」と言われることもあれば「あんな顔の女をよく連れて歩けるね」と言われることもあった。私の耳にさえ届いているのだから、昆の耳にはもっと届いていることだろう。初めは逐一反応して睨み返していた昆も最近は慣れたのか何の反応もしなくなった。ただ、ぎゅうっと私の手を強く握ってくれた。
今月から痣が黒ずんできて、私はもう昆と一緒にどこかに行くことはやめた。どんなに誘われても夏バテ気味だからと断った。そのあたりから昆の食欲がどんどん落ちてきて、二人で夏バテになっちゃったねと家で過ごしている。家で誰かから見られることなく過ごす方が私はずっと楽しかった。
ちゃんと笑えていたつもりだった。ちゃんといつも通り振る舞えていると思っていた。だけど、昆が笑顔を作っていると私が分かるように、昆もずっと分かっていたのだろうか。


「なまえ。お前、いつまで子供のつもりなんだい」

「だ、だって…」

「お婿さんは気にしていたよ。なまえの元気がないって。おまけに、あんなに痩せさせて。お前は何をやっているんだ」

「あれはただの夏バテで…」

「本当にそうだと思っているのかい?」


昆のほとんど手がつけられていない食事を見る。私よりもずっと食べられていない。食べようとしたような痕跡はあるけど、全然食べられていなかった。
私はずっと目を逸らし続けていた。昆からも現実からも。昆の辛そうな顔を見ることも、私の顔を見られることも嫌で、何日も昆の顔をちゃんと見ていない。夏バテだって言われて本当はホッとした。これで出掛けない理由がつけられるとさえ思った。私はずっと自分のことしか考えていなかった。本当は私よりも昆の方がずっと気にしていると分かっていたのに、私は昆の優しさにずっと甘えていた。一緒にいない方が昆のためなんて理由をつけていたけど、本当は自分が傷付きたくなかった。そして、昆にまで疎まれることが怖かった。


「お前は本当にお母さんと似ているね」

「…お母さんと?」

「あいつはね、お父さんに大学を辞めさせたことが申し訳ないって言っては泣いていてね。ずーっと気に病んでいた」

「それは私のせい…?」

「いいや。お母さんの覚悟が足りなかったせいだ。なまえが産まれてからも自分のせいで大学を中退させてしまったってずっとうじうじしていて、よくお父さんと喧嘩していたよ」

「…知らなかった」


お母さんはお父さんといつも仲がよかった。喧嘩をしているところなんて見たことがなかったし、お互いに想い合っているおしどり夫婦だと思っていた。
おばあちゃんは私が原因ではないと言うけど、二人が結婚したのは私を妊娠したからだ。私さえいなければ、二人は幸せに過ごせたのかもしれない。私なんて生まれてこなければよかったのだろうか。せめて、二人が大学を卒業してからだったら何か違っていたかもしれないのに。その時に生まれたのは私ではなくて違う誰かだったのかもしれないけど。


「なまえ。まさか、自分が産まれてこなければよかったなんてつまらないことを考えてはいないだろうね?」

「つまらなくなんて…」

「それを聞いたらお母さんはどう思うと思う?」

「……だって」

「なまえはお婿さんと一緒にいて幸せじゃないのかい?」

「幸せだよ。幸せだけど…」

「なのに、そんなことを言うもんじゃない。なまえは幸せになるために生まれてきたんだよ。お父さんもお母さんも、もちろん私もなまえを愛しているよ。なまえが生まれてこなければよかったなんて思ったことは一度たりともない」


それはお婿さんも一緒だろう、とおばあちゃんは言った。そうだ、昆は私と出会えてよかったと言ってくれた。私が例えどんな見た目になろうとも何も変わらないと言ってくれた。だから、私に足りないのはお母さんと一緒で覚悟だ。
チラッと昆を見る。私のせいでまた痩せてしまった。そんなにも思い悩ませてごめんね。私は昆が大切なの。だから、あなたを苦しめたくなかった。だけど、あなたはどんな私でも受け入れてくれるんだよね。私もそうだよ。私も昆がどんな姿になっても愛せる自信がある。だって私は昆の見た目に惹かれたわけじゃないもの。例え周りからどう思われていようとも、私は昆のことが大好き。この想いは永遠なの。迷ってごめんね。いつも自分に自信がなくてごめんね。たくさん傷付けてごめんね。昆は最後まで私を怒らなかったね。自分のせいだってずっと堪えていてくれたんだよね。ありがとう。


「ねぇ、昆」

「あー、なまえだ。なまえも飲む?」

「飲まないよ」

「なまえは可愛いねぇ」

「そうだぞ。俺の自慢の娘だ」

『そう。なまえちゃんは可愛い』

「いいでしょー。でも、この子は私のだから」

『お前、幸せ者だな』

『まぁね。身に余る光栄だよ』


にへっと昆は笑った後、私をぎゅうっと抱き締めてきた。大好きーと言って。明日は仕事なのにこんなにも酔って大丈夫なのだろうか。仕事に行けなくても知らないから。
ぎゅうっと抱き締めてきてきた昆を抱き返すと、昆は私をじっと見つめた後「可愛い」と言って笑った。私はずっと昆の隣にいるに相応しい人になりたかった。かっこいい昆に見劣りしないくらい可愛くなりたいと思っていた。だけど、そんな決意なんて本当は必要なかったんだ。昆は私のことを可愛いと思ってくれているから。昆にさえそう思われているのなら、周りからどう思われていようとも本当は関係なかった。


「ほら、お酒はそのくらいにして」

「えー。全然、酔ってないしぃ」

「酔ってるよ」

「平気だよー」

「もう。私はこの後、昆とカフェにケーキを食べに行きたかったんだけど?ちゃんと一緒に行ってくれるの?」


私がそう言うと、昆はパチクリとした顔をした後、にっこりと笑って「勿論だよ」と嬉しそうに言った。
ねぇ、お母さん。世間一般的にはこれが正しいのかは分からないけど、私たちはこれでいいんだよね?私は昆にこんなにも愛されていて幸せだよ。結婚式までに痣が消えなくても、普通に笑っていいよね?この人のことをずっと好きでいるって誓ってもいいよね?お母さん、私を産んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。私、幸せになるからね。私は昆と一緒に幸せに生きていくからね。そうだなぁ、十三回忌には子供がいたらいいな。昆によく似た綺麗な顔の子供。それでね、甘やかし過ぎだってまたハルさんと喧嘩して、お父さんと私が英語が分からないって騒ぐの。そんな騒々しくも幸せな日々を送れるといいな。あ、違うね。昆となら送れるよ。だからね、お母さん。もう心配しないで。だけど、ちゃんと天国から見ていてね。私と昆はこれからも幸せに生きていくから、ちゃんと見ていて。


「今日はぁ、私もケーキとか食べようかなぁ」

「食べられるの?」

「分かんない。でも今なら食べられそう」

「食べられなかったら私が食べてあげるから」

「それは心強い。じゃ、代行を呼ぼうか」

「うん。だから、離して」

「やだー。もっとこうしていたい」

「酔っ払い」

「ねぇ、なまえ。愛しているよ」

「うん。知ってる」

「もっと、もーっと愛してる」


ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる昆をベチッと叩いてからお店の人に代行を呼んでもらって私たちは家に帰った。三人とも相当酔っていたからどう連れて帰ろうかと思っていたけど、おばあちゃんが後のことは気にしなくていいから帰りな、と言ってくれた。
結局、カフェには行けなかった。車に乗った途端に昆が寝てしまったから。ネクタイを緩めて、第一ボタンを外してあげる。すうすうと寝息を立てている昆はどこか安心したような顔をしていた。よしよしと頭を撫でると、寝ているはずなのにすりすりと擦り寄られ、ポツリと「愛しているよ」と言い残してまた規則正しい寝息を立てた。ありがとう、と呟いてから私も昆の肩に寄り添う。一緒にいてくれてありがとう。
お母さん、私は昆がいてくれるから大丈夫だよ。ちゃんと幸せになるから安心してね。結婚式を挙げる所も、披露宴をする所も決めたんだ。後はドレスだけなんだけど、どれもこれもよく見えて、なかなか決められないんだ。楽しみにしていてね、お母さん。もしかしたら顔に痣が残っているかもしれないけど、きっと昆と幸せそうに笑っているはずだから。


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