雑渡さんと一緒! 238


「ねぇ、ナイフとフォークってどっちが強いと思う?」

「は?なに?」

「フォークの方が突くと痛いよね?」

「まぁ、ナイフはねぇ…」

「よし。じゃあ、なるべく先の細いフォーク買ってくる」

「分かった。車、出そうか?」

「大丈夫。いってきまーす」

「んー。いってらっしゃい」


新聞を読んでいた昆に出掛けることを伝えてから玄関を開けてエレベーターのボタンを押す。やっぱりフォークはシルバーがいいのかな。包丁みたく先を研ぐことは出来ないのかなぁ…と思っていると、バン、とドアに手をつかれた。ギョッとして後ろを振り返ると、かなり焦った顔をした昆がいた。


「びっくりした…どうしたの?」

「えっ。えっ、なに?」

「いや、それはこっちの台詞…」

「誰を仕留める気なの!?」


まるで犯罪に手を染めようとしている妻を止める夫の如く昆は焦った顔をしていた。失礼だなぁ、私がそんな恐ろしいことをしようと思うなんて。
大丈夫、と私が笑うと、昆は青い顔を益々青くし始めた。


「わ、わわわ私が何かしましたでしょうか…?」

「何か身に覚えがあるの?」

「ないよ!微塵もございません!」

「でしょ?堂々としていればいいのに」

「じゃあ、誰を…?」

「佐茂さん」

「佐茂?なに、あいつ何かやったの?」

「浮気。あ、エレベーターが来た」


やれやれ、とエレベーターに乗ろうとすると、昆に止められた。どうして邪魔をするのよ。別にただ佐茂さんをフォークで刺すだけなのに。刺すといっても別にたかだかフォークなんだから血なんて出ない。ちょっと股間が内出血で青くなるまで刺すだけなんだからさ、と私が昆に笑い掛けると、昆はゾワッと鳥肌を立てた。つまり、この方法で男の人に報復するのは有効だということのようだ。いいことを知れてよかった。よし、まずはフォークを買わないと。
離して、と私が言うと、昆は離せるはずがないだろうと言った。だから、邪魔をするのなら昆も刺すよ、と笑い掛けた。


「ひっ…ま、待ちなさい。おち…お、落ち着いて…」

「待たないし、落ち着いているよ?」

「待って。さ、佐茂が浮気っていうのは…?」

「とりあえずエレベーターに乗りたいんだけど」

「許可しかねるよ!まずは話を聞かせて!」

「あら。佐茂さんを庇うのならあなたも刺しますよ?」


青い顔を益々青くした昆の手を払う。私の大切な親友が傷付けられたんだ、きぃちゃんを泣かせる人は誰であろうとも絶対に許さない。一人残さず制裁を与えないと。
昆はふるふると震えながら証拠はあるのかと聞いてきた。


「あるよ。ホテルから出てきた写真」

「よ、よし…見ようか」

「見たいの?不貞の証拠が」

「見るよ。うん、勘違いかもしれないし」

「はい、どうぞ?」


きぃちゃんから送られてきた写真を昆に見せる。シティホテルとはいえ、バッチリとホテルから佐茂さんと女の人が出て来ている所が写っていた。おまけに、女の人の顔は見えないけど、佐茂さんの腕にべったりと絡みついている。好きだよと言わんばかりに。これで言い逃れ出来るほど世の中は甘くないし、世が許しても私は絶対に許さない。
写真を見せると昆は困ったように唸った。一生懸命言い訳を考えているのかもしれない。ということは、グルなのかな。


「なに?昆も共犯なの!?」

「ち、違うよ!」

「私はね、きぃちゃんを傷付ける人は許せないの!」

「分かった。分かったから…」

「何が分かったのよ!?」

「佐茂から話を聞こう。うん、そうしよう」

「うち、そんな鋭利なフォークあったっけ?」

「…一旦、フォークの話は置いておこうか」


ズルズルと昆に引っ張られてしまい、家へと連れ戻された。私としては早く佐茂さんを刺しに行きたいから離してほしいんだけど。言い逃れの出来ないような証拠は既に揃っているし、今更佐茂さんから話なんて聞いたところで仕方がない。そもそも話をするのなら私ではなくてきぃちゃんとするべきだ。私に言い訳なんてしてもらっても意味がない。
昆は佐茂さんと電話し始めた。その隙に家から出て行こうとするとあっさりと捕まってしまう。苛々するなぁ、もう。


「いや、だからさぁ…痛っ!」

「えっ。どうした!?」

「噛まれた…えっ、なまえに噛まれた!」

「離してっていっているでしょ!」

「痴話げんかなら余所でやってくれ。切るぞ」

「お前のために電話しているんだろうが!」

「は?」

「お前、浮気したの?」


昆の腕を噛むと悲鳴をあげたけど、離してはくれなかった。流石は元、泣く子も黙る忍び組頭。怯みもしなかった。
核心につくようなことをあっさりと聞いた昆は佐茂さんと電話しながら首を傾げた。苛々する。二人でだけ話し込むなんて狡い。どうせ二人して私たちのことを丸め込もうとしているんだ。子供だと思って馬鹿にして…二人ともムカつくなぁ。


「お前が女とホテルか…ら…っ!?」

「もう!貸して!」

「ひ…っ、やめ…っ」

「貸さないのなら…」

「わか…っ、く…っ」


昆をくすぐるとあっさりと携帯を渡してくれた。どうやらこの攻撃は有効のようだ。三年以上も一緒にいるのに初めて知った。昆はくすぐりに弱い。よし、覚えておこうっと。
ぜぇぜぇと言っている昆から携帯を奪い取り、佐茂さんに怒鳴りつけてやる。許せないし、絶対に許さないんだから。


「浮気者!最低!」

「いや、待って。何のこと?」

「証拠もあるんですからね!?」

「証拠?」

「佐茂さんがホテルから出てくるところ、きぃちゃんが目撃しているんですよ!?ばっちり写真にも写っていますから」

「えっ!マジで?うわ、見られてたのか…」


この、バレなければいいだろうというニュアンスの言い方にカチンときた。最低過ぎる。人間として終わっている。
私が毛が逆立つほど苛々としていると、昆が青い顔をしながら慌てて離れていった。ビクビクとした顔をしながらクロを抱き締めているところを見ると、多分相当今の私は怖い顔をしているのだろう。恐ろしい顔にもなりますよ、そりゃあ。


「佐茂さん?これから貴方を刺しに伺いますね」

「えっ」

「もう二度と使いものにならなくして差し上げますから」

「な、何をかなぁ…?」

「うふふ。楽しみになさっていて下さいね」

「ひぃっ…待って!俺、浮気してないよ!」

「あらあら、左様ですか」

「本当だって!買い物をしていたら偶然会っただけで…」

「そうですか。言い訳がお上手ですねぇ」

「ひ…っ」


遠くから悲鳴をあげた昆がゆっくりと近付いてきた。クロを盾に。ちょっと失礼ではないだろうか。最愛の妻なのに。
私から携帯を取り上げたから、シャーっと口を開けて威嚇する。昆はビクッと震えながら通話をハンズフリーにしてからポイっと携帯を私の方へと投げてきた。そしてまた私と距離を取ってからクロをよしよしと撫で始めた。何よ、その反応は。まるでクロで恐怖を緩和しないと耐えられないみたい。


「あー…佐茂?お前、もう腹を切れ」

「嫌だよ!何でだよ!」

「お前、このままだと本当に刺されるよ!?」

「俺は浮気なんかしてねぇって!あのホテルの一階にジュエリーショップが入ってるだろ?そこに用があっただけだ!」

「あぁ、あるね…で?」

「その帰りに母親と偶然会ったんだよ!それだけだ!」

「佐茂さん…そんな嘘が通用するとお思いで?」

「本当だよ!うち、親が離婚してるんだ。あれは父親の再婚相手で、まぁ多少は若いかもだけど本当に母親なんだよ!」


疑うのなら母親を呼ぶよ、と佐茂さんは言った。本当だろうか。いくら血が繋がっていない親子とはいえ、息子と腕なんて組むだろうか。嘘だ、絶対に嘘だ。
私が食器棚からなるべく鋭利なフォークを入手しようと昆の横を通ると、呆然とした顔をした昆に手を掴まれた。


「…お前、マジで言ってるの?」

「そうだよ!」

「本当に!?北石と!?」

「そうだって!」

「えっ、何?私にも分かるように言って!」

「プロポーズするんだよ、北石に!」

「えっ。またまたぁ…」

「本当だって!俺は照が結婚したいくらい好きなの!」


あのホテルには確かにジュエリーショップが入っている。主にブライダルで使うものを取り扱う高級店だ。超お高いティアラとかも売っているようなお店は最近出来たばかりで、私はまだ行ったことがないけど、それはそれはラグジュアリーなお店だと聞く。
とにかく照にはまだ言わないでね、と言って電話は切れた。


「…本当だと思う?」

「嘘だといいとは思う」

「どうして?」

「北石だよ?北石と佐茂が結婚?うわ、趣味悪…」

「どうしてよ!きぃちゃんはいい子だもん!」

「わ、分かった。分かったから落ち着いて…」


ほら、可愛いもふもふだよー、とクロを差し出されたから、抱っこしようと腕を伸ばす。だけど、クロは私の腕を叩いてから逃げていって物陰に隠れてしまった。
流石にショックで頬を触る。そんなにも怖いのかな、私。


「私、そんな恐ろしい顔をしている?」

「うん、まぁ」

「般若みたいな顔?」

「いやぁ、どちらかといえば雪女的な…」

「会ったことあるの?雪女に」

「ない」

「何なの。適当なこと言わないで」


私が溜め息を吐くと、昆はホッとしたような顔をした。そしてようやく私を解放してくれた。昆の腕にくっきりと歯形がついていて、ちょっと申し訳なくなってくる。今度は私が昆の腕を掴んで、ごめんね、と唇を寄せた。
別に昆は悪くないのに攻撃してしまってごめんね。噛むべきなのは佐茂さんだったのにね。私がそう言うと、怒られた。


「いや、私以外は噛まないでよ」

「昆なら噛んでもいいみたいに聞こえるんだけど」

「いいよ、別に私なら」

「…前々から思っていたけど、昆ってたまにMだよね」

「他の男と触れ合うなって言っているの」

「分かった。じゃあ、他の人はフォークを使うね」

「それもなぁ…」

「噛む?」

「何を?」

「私を。それでおあいこにしようよ」

「え…あ、新たな扉を開けそうで怖いからやめておく」

「どんな扉なの、それは」


何はともあれ、佐茂さんが浮気をしていたというのは間違いだったようでよかった。まぁ、まだ信じきれないけど。
ちなみに。この日の夜に「新たな扉」が開かれてしまった。思い起こせば昔、昆は私のことを噛んだことがある。だから、まぁ懐かしいといえば懐かしい。ただ、あの時は殺意を感じる噛まれ方をしたけど、今回は戯れ合いの一環として噛まれた。こうしてまた私の身体に昆のものだという証が増えていくことになったわけだけど、それはそれで愛されていて幸せだと感じてしまう私は残念ながら後戻り出来なくなってしまい、二人で「新たな扉」を開いたこととなるのだろう。


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