雑渡さんと一緒! 240
「シーツ洗いたいから起きて!」
「んー…」
「ほら、起きる!」
「……煩い」
「朝ごはん出来てるよ!」
「あー…ちっ」
「えっ、舌打ちした!?」
「煩いんだよ。たかだか一度抱かれたくらいで喚くな」
「は…はぁ!?誰と勘違いしてるのよ!」
「煩いな、本当…」
不機嫌そうに昆はもふっと布団を被った。最低だし、信じられないことを言われた。昆ともう何年も一緒にいるし、正直なことを言ってしまえば女の人に対する態度がなかなか酷い最低な遊び人だったということも知っている。だけど、他の人と今更私を間違えるなんてことがある?それこそ昆を起こし続けて三年は経っているわけだし、何とも思っていない人と間違えるなんてことが今更あるのだろうか。
ムッとした後、虚しくなった。私ってその程度なのかな。いくら寝ぼけていたとはいえ、そんな遊びで一晩過ごした人と間違えてしまう程度の存在だったのだろうか。そう思うと涙が出てきた。くそう、こんなことで泣かされるなんて…
「頭にくるんだけど!?」
「痛…っ、あー…?」
昆の上に乗って思い切り揺さぶる。もう洗濯とか買い物とかどうでもいい。ムカついたから早急に謝罪を求めたい。
顔を覆っていた布団を捲ってベチベチと顔を叩くと、昆は怠そうに目を開けた。ぼんやりとした顔は不機嫌そうで、だけど私の顔をちゃんと捉えていた。そして、私が泣いていることに気付いたのか、驚いたように涙を指で拭ってくれた。
「えっ、なに泣いてるの?」
「私は誰!?」
「…なまえ」
「私は昆の何!?」
「お嫁さん」
「じゃあ、そう簡単に誰かと間違えないでよ!」
「間違えて…?」
私が何を言っているのかよく分からないのだろう。昆は不思議そうな顔をした。そうね、寝ぼけていただけだものね。だけど、だから仕方がないで済ませられるほど私の心は広くない。ましてや昆は私に「たかだか一度抱かれたくらい」と言った。つまり、遊びであろうともそういう関係にあった人と私を間違えた。いや、遊びでさえもなかった人と間違えられたのだとしたら、それはそれで嫌なことなんだけど。とにかく、頭にくる。悔しいし、普通に悲しい。
「よく分からないんだけど、説明して」
「誰かと私を間違えたの!」
「私がなまえを?誰と間違えたの?」
「私が聞きたいんだけど!?」
「そんなことあるわけないじゃない」
「そんなことがあったから言っているの!」
「まさかぁ」
「昆は私に"一度抱かれたくらいで喚くな"って言ったよ!?」
「私が言ったの?」
「だから、そうだってば!」
「本当に?」
「しつこいな!言ったの!」
ちょっと信じられないといった顔をした昆を叩く。本当に自分がそんなことを言ったなんて信じられないのだろう。
「…ごめんね?」
「疑問系!」
「いや、だって覚えてないし…」
「覚えてないと何を言っても許されるとでも思ってるの!?」
「そんなこと言われたって…」
「じゃあ、私が昆に同じこと言ったらどう思うの!?」
「一度抱かせたくらいで…って?」
「そう!」
「許さない。絶対に許さないし、誰と間違えたか追求する」
「ほらぁ!」
「あぁ、本当だ。普通に嫌だわ。なまえ、処女だったし」
「そういうことじゃない!」
私が昆の上で泣き喚くと、長い腕を伸ばしてきて私を抱き締めた。ぺたっと昆の上に乗る形で横になる。
しくしくと私が泣いていると昆は困ったように溜め息を吐いた。溜め息を吐きたいのは私だし、ちょっと今は昆とこうしてくっ付いていることも不愉快だからやめて欲しい。こうやって優しくすれば許してもらえるとか、言いくるめられると思われているのだとすれば、馬鹿にされている気がして嫌。
「離してよ、馬鹿!」
「ごめんて。寝ぼけてた」
「謝っても許せない!」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「もう放っておいて!」
「それは出来ないよ」
「はぁ!?どうしてよ!?」
「だって、なまえ泣いているし」
「泣くわよ、そりゃあ!」
「ごめんて。私にはなまえしかいないから。本当だよ」
そんなことくらい知っているでしょ?と頭を撫でられる。知っていようがいなかろうが、嫌な気持ちは変わらない。だけど、じゃあどうすれば気が済むのかと言われると、どうされても気なんて済まない。時間が解決するしかない。
秋風がカーテンを優しく揺らしていた。窓が開いているから私の怒鳴り声なんて全て外に聞こえているかもしれない。
「というかさ、普通は浮気を疑うもんじゃないの?」
「浮気してるの?」
「してない」
「でしょ。そんなことは流石に思わないよ」
「何で?」
「何でって…だって、昆は私のこと好きじゃない」
「うん。大好き」
「なのに浮気しているとは思わない」
「そ?それはよかった」
「よくはない!よくはないから!」
「なまえと出会う前にしたことは消えないよ、もう」
「なに開き直ってるのよ!?」
「だけど好きになったのも、ずっと一緒にいたいと思ったのもなまえだけだよ。誰とも間違いようもないくらい愛しているのに、寝ぼけていたとはいえ間違えてしまってごめんね」
本当に愛しているんだから、と言って頭を撫でていた昆の手が止まった。そして、また寝息が聞こえてきた。
どれだけ眠いのよ。そんなにも起きられないのなら夜は早く寝ればいいのに、ベッドで何時間も戯れ合ったりするからいけないんじゃないのだろうか。あんな激しい運動なんてしなければ寝ぼけたりせずにちゃんと起きてくれるのだろうか。
「起きる!もう11時になりそうだよ!」
「もう少し…」
「駄目!これから出掛けるの!」
「どこに…?」
「それも忘れたの!?」
「あ、あー…今日だっけ…」
じゃあ起きないとかぁ…と諦めたように昆は身体を怠そうに起こした。今日はウエディングプランナーさんと打ち合わせをする予定になっている。結婚式は決めることがたくさんあって大変だ。だけど、やることはちゃんとやらないといけないし、後悔のないようにしたい。一生に一回なんだから。既に二人で結婚式は挙げたといえば挙げたけど。
つまつまと私が不機嫌そうに朝ごはんを食べていると、昆はまだ怒っているの?と聞いてきた。怒っているよ。当たり前じゃない。だけど、どこかで許さないといけないことも分かっているから、どう許そうか悩む。喧嘩ではなく一方的に私が怒っているだけだから、どう収束したらいいのかよく分からなかった。愛しているのに間違えないでよー、なんて可愛らしく言えない私はどうしても不機嫌になってしまう。だけど、あんなにもあっさりと「特別だ」と言われて嬉しくないわけではない。許したくないけど、許したくなってしまう複雑な乙女心なのだ。ただ、単純な私は披露宴会場のホテルのラウンジでケーキを食べさせてもらえたら、つい笑顔になってしまった。昆は安心したような顔をしたから、咄嗟に頬を膨らませて怒っている顔を作った。だけど、全てお見通しの昆にはそんな顔は通用するはずもなく、ただただ「可愛い」と言って珈琲を飲みながら微笑まれてしまうのであった。
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