雑渡さんと一緒! 241
「わぁー。大量だね」
「気を付けてね」
「分かってるよ」
「いや、しかしこんなにも取れるものなんだね」
「ねー…いぎゃー!」
「ほら、だから言ったのに」
馬鹿だなぁ、と言いながらなまえの手を見る。棘は刺さっていないようで一安心した。
今日は栗拾いに来た。これは一年越しの約束であり、無事に果たせてよかったわけだが、予想よりも栗が落ちていた。そして、予想よりもずっと毬が鋭い。軍手などでは簡単に貫通する栗をポイポイと拾っていたなまえは予想通り棘が手に刺さっていた。知ってはいたけど、危機管理能力が低過ぎる。
「今日は栗ご飯だね」
「皮を剥くのを手伝ってね」
「あー。大変なんだっけ?」
「大変だよ。固いもん」
「当分は栗ご飯だなぁ」
「いやいや。剥いてから冷凍しておくよ」
「えー。毎日でもいいのに」
「そんなに好きだったの?」
「あぁ。普通に好き」
「ふーん。じゃあ、頑張らないとね」
最早、なまえは私が言う「普通に好き」を聞き比べられるようになっていた。私は昔から天邪鬼なところがあって、好きなのかと聞かれると「普通」と答えてしまう節があった。その名残りによる返答なわけだけど、ちゃんと理解してもらえるようになって嬉しいような困ったような複雑な気持ちになる。なまえには偽りの言葉を並べてみたところで何の意味も成さないのだから、ある意味では心配を掛けてしまうこととなるだろう。そんなに分かりやすいほど単純なつもりなんてなかったんだけどなぁ。思いの外、洞察力のある子だ。
家に帰ってから栗の皮を剥く。本当に固いし、なかなか面倒な作業だった。あと、手が危ない。普通に滑ってしまう。
「…こんなにも大変なの?栗ご飯って」
「栗ご飯限定なんだ」
「他に何があるの?」
「スイーツとか」
「あぁ。栗ご飯で頼むね」
「最近、少しだけ甘い物が食べられるようになったじゃん」
「少しね。でも、栗ご飯の方が好き」
「あら、それは残念」
マロングラッセや栗かのこに挑戦しようと思っていたのに、となまえは言ったけど、ちょっとそれがどんなスイーツなのかは分からない。ただ、どうしても栗きんとんを思い出してしまう。あれは甘過ぎる。気持ち悪くて食べられない。
ようやく栗を剥き終えて、右手が腱鞘炎になったのではないだろうかと思うほど痛くなっていた。知ってはいたけど、料理って大変だなぁ。生産性の低さが何とも疲れを引き出す。
「よし。じゃあ、お米を研いで」
「ん」
「あ、餅米も入れてね」
「どのくらい」
「適当でいいよ」
「んー」
適当に餅米を入れてから米を研ぐ。炊飯器に昆布と塩と栗を入れてからスイッチを押して、炊けるまで待つ。その間になまえは秋刀魚を捌いていた。まな板が血だらけになっていくのを見て、よくもまぁこんなグロいことが出来るものだと感心する。何故だかなまえは料理上手となり、私は血を見るのが苦手になっていた。あんなにも血飛沫を浴びていたというのに、あの赤が気味悪くて仕方がない。
一品作ってと言われてほうれん草を茹でる。胡麻和えがいいから、黒胡麻をすり鉢で潰していると手が痺れた。
「なまえってさ…」
「うん?」
「毎日こんなことをしてくれているんだね」
「うん。うん?」
「いつもありがとう」
作るのにこんなにも時間がかかるのに食べるのは一瞬なのだから、何とも無駄というか儚いというか。それを楽しいと言ってくれるなまえは本当にいいお嫁さんだと思うし、なまえと結婚出来た私は果報者だと思う。
なまえがつみれ汁を作っている間にテーブルを拭いて、夕飯が食べられるように整える。炊飯器が炊き終わったことを知らせる音を鳴らしたから、慌ててキッチンまで走った。
「わぁ、いい匂い」
「いいねぇ、秋らしくて」
「ね。早く食べよ」
「うん。あ、ごま塩あったっけ?」
「冷蔵庫にあるよ」
「ん。よし、食べよう」
美味しそうな夕飯に私が心踊らせていると、なまえは食卓の写真を撮っていた。最近、よくやっている。何でも、インスタ?とかに上げているらしく、それなりにコメントもつけてもらえるんだとか。若い子はよく分からない。
「それ、載せてどうするの?」
「どうもしない。ただの自己満足」
「はぁー。気が知れない」
「いいじゃん、別に」
「いいけどさ。顔は出さないでよ」
「どうして?」
「変なのに付け狙われたらどうするの」
「狙われないよ、私なんて」
「はい、出た。無自覚」
「何よ、その言い方は」
「なまえはね、世界一可愛いから」
「いいから、そういうの」
本当なのに。こんなにも若くて、可愛くて、甲斐甲斐しくて、おまけに料理上手で。そんな女の子なんてそういない。
食後にグリルを洗ってから、荷物を詰めることを再開する。この家とも遂に別れる日が来た。まぁ、増改築をするだけなのだけど、それでも家を空けなければならない。しばらくは適当なマンションで生活することになる。1LDKだった家が3LDKになるというのは、家族が増える可能性を考慮してのことだ。あと、リビングも広く作り直すことにしたし、キッチンはなまえが望むままに改装することにした。お洒落な間接照明だったり、アイランドキッチンだったりとなまえのこだわりが詰まったものに生まれ変わる予定だ。
「ねぇ、これ持っていく?」
「いや?置いていこうかな」
「アイロンはまだ使うかなぁ…」
「いいよ、別にシワがあっても」
「駄目。私が許せない」
「それはそれは。ワイシャツは何枚いるかな?」
「全部に決まっているでしょ!」
「そう?そんなにいる?」
「いるよ。ネクタイも全部持っていってね」
「あー。そろそろ新しいの欲しいなぁ」
「黄色の?」
「嫌だよ。黒か紺でいい」
「金色は?」
「何でそんなに攻めるの?」
「いや、新しい風をね…」
「不要な風だね、それは」
くだらないことを話しながら荷詰めして、二人で新しい生活に想いを馳せた。変わることもあれば、変わらないこともある。ゆっくりでいい、ほんの少しずつかもしれないけど、恋人から家族に変わっていく。幸せな時を共有して、たくさん思い出を作り、新しい日々を過ごしていきたい。
寝室の荷詰めをしながら、このベッドを買った時はこんな風に生きられるなんて思わなかったなぁと感慨深くなった。この寝室でベッドを軋ませるのもあと残り数日。この思い出の詰まった家で最高に幸せな時を共有しようと、そう思った。
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