雑渡さんと一緒! 242
「性欲の秋だね」
「聞いたことない」
「ムラムラする」
「馬鹿なの?」
「いや、割と真面目な話だよ」
困った困った、と私をまるで獣が獲物を見るような目で見られた。ちなみに、今は昼の三時である。そして、昆はビジネス書を、私は漫画を携帯で読んでいた。どちらも別にそういう雰囲気になるようなことは一切していなかったのだ。なのに、どのタイミングで唐突に欲情したのかさっぱり分からない。というか、分かりたくない。ビジネス書を読みながらムラムラするって何。怖いよ。
昆を無視して夕飯の支度をしようかな、と立ち上がると、腕を掴まれた。そして、そのまま引っ張られて昆の上に乗せられる。とても自然な流れで行われたことだけど、状況としてはかなり不自然だ。それ以前に今はまだ真昼間である。洗濯物だって取り込みたいし、夕飯の支度もしないといけない。
「離して。主婦はね、夕方は忙しいの」
「大丈夫。何とでもなるから」
「ならないよ。あのね、私は忙しいの」
「冷たいことを言うようになったね。私は寂しいよ」
酷い酷いと言う昆に抱きしめられてスリスリと顔を擦り寄せられる。これはどちらかというと、いやらしいことをしたいのではなくて甘えたい方なんだと察知する。ただ、タイミングはやっぱり謎だ。そんなにも嫌な本だったのだろうか。
「そんなにも嫌なことを勉強しているの?」
「いや、実はさぁ…」
「うん?」
「やれって言われたんだよね、企画」
「企画?何の?」
「例の土地の」
「あぁ、あの…よかったね」
「よくないよ!全然よくない!」
ただでさえ忙しいのに、余計な業務を任せられてしまったら倒れるよ、と昆は言った。ただ、正直なことを言ってしまえば、私は何となくそうなるんだろうなぁと思っていた。だって、昆がプレゼンした内容がほぼ全て通ったのだから。おまけに、忍者屋敷なんて昆を含めた営業部の皆さん以上に詳しい人は会社にはいないことだろう。よって、予想通りだ。
カバーが掛かっていて何の本を読んでいたのかは分からないけど、それ関係の本だったのかなと察する。で、読んでいるうちに嫌になってきたから私に甘えたくなった、と。
「何がそんなに大変なの?」
「あの広大な敷地の使い方。入れる業者とか手配する遊具とか、駐車場の広さとか…おまけに、許可が降りるためには色々とやることがあって…あー、もう無理!私には絶対に無理!」
「成る程?」
「会議ではこれを期に公園でボランティアでも初めてみればいいとか嘲笑われて。ウザい!老害どもが本当にウザい!」
「それはただの僻みでしょ?」
「僻まれるほど美味しい想いもしないのに!?」
「するでしょ。いつか子供を連れて行って、この公園はパパが作ったんだよーって言えるじゃない。自慢のパパだよ?」
「私はね、そんなに想像力豊かじゃないの!」
「でも、投げ出す気はないんでしょ?」
「当たり前じゃない。意地でもいいものを作ってみせる!」
「でしょ?じゃあ、頑張らないと」
そういうところが好きなんだから、と笑い掛けると、昆はバツが悪そうに唸りながら俯いた。だから、頭を撫でる。
分かってるよ、辛いんだよね。だけど、投げ出したりする気なんてなくて、どちらかといえばよりいいものを作りたいんでしょ?大丈夫、あなたなら出来るよ。だから社長さんにも任されたんだよ。みんな昆なら出来るって信じている。これは凄いことなんだから。あなたが積み上げてきたものがあるから信頼されているんだよ。負けないで、ちゃんと私が側にいるから。ずっと昆のことを私が側で支えてあげるからね。
そんなようなことを言うと、ぎゅうっと抱き締められた。昆はプレッシャーに弱くはない。だけど、自分に出来るだろうかと迷う節がある。それを見せようとはあまりしないけど、私にはもう分かっている。怖いんだよね、失敗することが。
「大丈夫。あなたは一人じゃないんだから」
「ん…」
「よし。じゃあ、洗濯物を…っ!?」
昆から離れようとすると、腕の力を強められてキスされた。啄むようなキスに思わず焦って逃げようとすると、がっつりと押さえられて深く吸われた。何度も何度も角度を変えて、酸欠になって倒れるのではないかと思うほど長いキスをされながら冷たい指先が下着のホックを外したところで、これから何をする気なのか確定してしまった。案の定、そっと胸を触られる。非常にいやらしい触り方で。
段ボールだらけの部屋はまだ明るいし、全然そんな雰囲気となる要素はない。なのに、何で事に及ぼうとしているのか。
「ねぇ、待って!おかしいよ!」
「何が?」
「まだ昼だし、そういう雰囲気じゃなかったよね!?」
「え?そういう雰囲気だったよね?」
「どこがよ!」
「いいじゃない、何だって。性欲の秋なんだから」
「だから、聞いたことないってば!」
「じゃあ、覚えておいて。そういう秋もあるんだよ」
「ん…っ」
ソファに押し倒されて肌に喰いついてきた昆の頭を押すと、両腕を掴まれて続行された。窓からは洗濯物が揺れているし、クロと目もばっちりと合う。クロに助けてと目配せしたけど、あっさりとクロは逃げていってしまった。裏切り者。
ソファでするのは好きではない。奥まで突かれて気持ちいいからだ。切なそうな声で鳴くね、なんて嬉しそうに言う昆がベッドでするよりもその気になってしまい、いつもよりも激しく攻め立てられてしまう。快感のあまりおかしくなってしまい、昆の首筋にキスマークを一つ残す。昆を独り占めしたい。昆の瞳に私以外の女の人を映して欲しくない。お願い、ずっと私だけの人でいて。そんな欲が出てしまう。
事後、息を整えながら「感じている時は素直でいい」と言われた。悪かったわね、普段は素直じゃなくて。ふん、と鼻を鳴らしてから服を着て、キッチンへ行くと、昆は洗濯物を畳んでくれた。鼻歌なんて歌いながら。
もうすぐこの思い出の詰まった家とも、このソファともお別れだ。といっても、この家は増改築するだけだし、ソファは革を貼り替えるだけなのだけど。それでも、どこか寂しい気持ちになる。どちらにも思い出がたくさん詰まっているから。この家に初めて来た時にソファに座りながら珈琲を飲んだなぁと思い出すと感慨深くなってしまった。
食後、昆に「このソファにも思い出がいっぱいあるね」と言うと、昆は「あぁ、たくさんヤったもんね」と平然と返された。あぁ、この人はやっぱり性欲の秋なのかもしれない。
[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる