雑渡さんと一緒! 243


段ボールに荷物を詰めていて思うことがある。この作業って実に無駄が多くはないだろうか。だって、新居に移ったらまた開けなければいけないんでしょ?で、何ヶ月かしたらまた箱詰めして、また開けなければいけない。無駄だ。実に無駄だと思う。だから、私は必要最低限の荷物を詰めればそれでいいと思う。そうだ、そうしよう。
そうなまえに提案したけど、無言の圧を感じるだけだった。


「面倒だなぁ」

「………」

「あー、面倒だなぁ」

「じゃあ、辞める?」

「箱詰めを?」

「引っ越しも、私と暮らすのも」

「えっ、そこまでいくの?」

「私と今後も暮らしたいのなら黙ってやって」

「はぁー…」


本当、いつの間にやら私を尻に敷くようになってしまって。別にいいんだけどね。それだけ遠慮をしていないということなのだから。嬉しいといえば嬉しい。ただ、何だかなぁとも思う。我が家の主導権を握っているのは私ではなく間違いなくなまえだ。それは金の管理は勿論のこと、食事や風呂、洗濯一つとっても全てなまえが主導権を握っている。なまえが「これから洗濯するから脱げ」と言われたら脱ぐし、なまえに「今日は早めに風呂に入って」と言われたら夕方に入る。それだけ私の生活はなまえに支えられているということであり、それだけ私はなまえに依存しているということだ。
ただ、こうも強くなってしまったというのは少し寂しいものでもある。付き合ったばかりの頃のように私の行動に翻弄されてくれなくなってしまった。付き合ったばかりの頃のなまえはそれはもう可愛かった。肩を抱いたら恥ずかしそうに笑ってくれたし、私が「好きだよ」と言えば照れたように頬を染めて俯いていた。思い返してみたら、そういうのはもうないなぁ…ああいう可愛らしい反応をしてもらえなくなったというのは喜ばしいというよりは、どちらかといえば寂しい。


「なまえ」

「なに」

「ちょっと、こっち向いて」

「いま、忙しいの」

「いいから、向いてよ」


顎を掴んでこちらを向かせると、なまえは心底嫌そうな顔をした。そんな顔を私に向かなくたっていいじゃない。私はなまえの最愛の夫なのだから。違ったら自殺するしかない。


「ねぇ、分かってる?もう日がないの」

「分かってるよ」

「じゃあ、離して」

「んー…」


呆れたような顔をしたなまえにキスする。ちゃんとキスしたらそれに応えてはくれるけど、それでも乗り気ではないのだろう。私をグッと押してきた。
なまえは私の妻となってもう一年半が経つ。可愛らしい彼女、というよりは家族となったのだろう。それは私が望んでいたことだ。だけど、たまには恋人だった頃のように馴れ合いたいと望むことは贅沢なのだろうか。あの頃のように新鮮な反応が見たいと思ってしまう私がおかしいのだろうか。


「…成る程、倦怠期ってこんな感じなのかな」

「は?」

「成る程ねぇ。ちょっと理解出来た」

「え、倦怠期だって言いたいの?」

「どうかな。そうなのかもしれない」

「なにそれ、このタイミングで?」


このタイミング、とは結婚式を控えていることを指しているのだろう。いや、別に私はなまえのことが嫌いになったわけではない。勿論、一緒にいて楽しくないだとか、他の女に目が移るなんてこともない。ただ、あの頃のなまえとまた過ごしたいというか、あの頃のような反応が見たいというか。今のなまえに飽きたとかではなく、何となく過去が懐かしくて恋しくなる感じがした。
いや、まぁでもそんなことを望んだところで過去に戻れるわけではないし、戻ったとしても満足出来るのかと言われれば、今が幸せだからそれも違うというか。何とも説明し難い感情に包まれたところでなまえを離す。荷詰めが嫌だからといってくだらないことを考えてみても何も解決しない。
現実逃避を諦めて段ボールとゴミ袋に物を詰めることを再開しようとしていると、なまえが私のスエットを掴んできた。


「…もう、飽きちゃったの?」

「まぁねぇ。うんざりする」

「………」

「でも、まぁ仕方ないよね」


そう割り切ってやるしかない。引っ越しはあまり経験がないからうんざりするし、面倒だし、苦痛だ。それでも、引っ越したらなまえとまた新たな気持ちで生活することが出来るだろうから、それだけは楽しみだ。というか、それしか楽しみがない。それをモチベーションに頑張っていくかぁ…と溜め息を吐くとなまえは震えた。
そういえば、今日は随分と冷える。もう冬が近付いてきているんだなぁと思うとうんざりとしてきて、また溜め息が出てしまった。なまえが風邪をひかないようにエアコンをつけようとしたけど、リモコンが見当たらず、辺りを見渡していると、なまえに抱き付かれた。やはり、なまえは震えていた。


「そんなに寒い?えっと、リモコン…」

「…嫌だ」

「うん?」

「私のこと、嫌いになっちゃ嫌…」

「え?なに?」

「嫌だよ、昆…ずっと私のことを好きでいて…」


ぎゅうっと抱き締められたけど、ちょっとなまえが何を言っているのかよく分からなかった。私、なまえのことが嫌いになったなんて言った覚えはないし、嫌いになっても勿論いない。どちらかといえば、出会った頃よりも好きだし、愛しいと思っている。それも、かなり深く。
私にとって女というのは特別な存在だった。悪い意味で。だけどなまえは違う。女特有の強さだったりとか、若さ故の破茶滅茶さだったりとかは本来私が嫌うものだった。だけど、なまえは違う。驚かされることはあっても嫌いになる要素にはなり得ない。どちらかといえば、そのなまえらしい言動が愛らしいと感じるし、一緒にいて落ち着く。この子の側に生涯いたいと思うし、ずっと私だけを見ていた欲しいと思う。どんな我が儘だって叶えてあげたいとさえ思ってしまうような特別な存在だ。なのに、何故なまえはそんな妙なことを言うのだろうか。付き合ったばかりならともかく、今さら。


「どういうこと?」

「だって、倦怠期だって…」

「あぁ…あー、成る程」

「そりゃあ私は可愛くないし」

「いや、可愛いけど?」

「面白いことも言えないし」

「いや、大分面白いことを言うけど?」

「…それは馬鹿にしてるでしょ」

「いやいや。それから?」

「スタイルだってよくないし。エッチも上手くないし…」

「いや、かなり凄いけどね、なまえは」

「…それ、褒めてるの?」

「だって、もう凄いよ。日に日にいやらしくなってる」

「ねぇ、それ褒めてるの!?」

「褒めてるかどうかは別として、愛らしいとは思ってるよ」


首筋のキスマークを指でなぞりながら私が微笑むと、なまえは頬を赤く染めて俯いた。まるで抱かれることに慣れていないかのような反応に思わず身体が反応する。
なんだ、なまえは今もこんなにも可愛い反応を示してくれていたのか。なまえがあまりにも強いことばかり言うから気付かなかったけど、なまえはあの頃と何も変わらず私に恋してくれていたのだろうか。私が変わらずそうであるように。


「うーん。倦怠期だなぁ」

「うぅー…」

「なまえからたまには誘って欲しいなぁ」

「…誘うって何に?」

「あー、それも分からないなんて萎えるなぁ」

「………」


照れながら服を脱ぎ、下着姿で迫られる、なんてことはされなかった。だけど、なまえからキスされて、スエット越しにためらいながら固くなったモノを触られる。それだけで興奮のあまり挿れたくなった私はなまえを押し倒した。
倦怠期が何なのかは結局のところよく分からない。だけど、結局のところ私がなまえを愛してやまないという事実は変えようがなく、そしてまた付き合ったばかりの頃とは違ったなまえを知れることに喜びを感じている時点で私はなまえに飽きることなどないのだろうなと思った。それに、なまえはあの頃のように愛らしい反応を示してくれていた。隠すのが上手くなっただけで、なまえは何も変わっていない。あの頃のように可愛らしくて、大切に大切にしまっておきたいとさえ思ってしまうほど愛しい。それはそうか。こんなにも恋焦がれた初めての子であり、そしてまた、最後の子なのだから。


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