雑渡さんと一緒! 244


「昆。ちょっと出掛けてくるね」

「どこに行くの?」

「ヨルの家。行ってきます」

「いや、待とうか」


ヨルの家にお呼ばれしたから行かないといけない。呼ばれた理由は分かっている。家が汚れたのだろう。まぁ、別に掃除くらいやってもいい。大した労力でもないし。
うちは引っ越し前だから掃除らしい掃除も必要ないし、ヨルは片付けが苦手だから行かないといけない気がする。掃除したい欲も高まっているし。そして、掃除のお礼としてお高いケーキを食べに連れて行ってもらえるし、一石二鳥だよ。だから行かせて。そう昆に言うと、嫌そうな顔を益々歪めた。相変わらず私がヨルと一緒にいることが嫌なようだ。


「そう簡単に男の家に行くものではない」

「ヨルは女の子だよ」

「あれは男なんだって!」

「いや、女の子だよ。私よりも女の子」

「どこが?」

「所作の一つ一つとか?」

「それはデフォルメされているだけだ」

「何でもいいよ。行ってくるから」

「駄目だって!」

「もう行くって約束したもん」

「じゃあ、私も行く」

「えっ」


ヨルは多分、何も言わないと思うけど、昆は本当にそれでいいのだろうか。多分、行かない方がいいと思う。だけど納得してもらえなかったから、昆を連れて行くことにした。
チャイムを鳴らすとヨルが下着同然の格好で出て来た。


「寝てたの?」

「さっき起きた。あれ?何で雑渡もいるの?」

「男の家になまえを一人で行かせられるか!」

「あー、面倒なやつね。面倒くさ」

「あぁ!?」

「じゃあ、もう始めるね」

「んー」


玄関から家に入った途端、昆は絶句した。床に散らばっている酒瓶やゴミ、服、化粧品。どうやったらここで生活出来るのだろうかと思うほど相変わらず汚い。それでも初めてヨルの家に来た時よりは綺麗だし、足の踏み場だってある。


「そんなに汚れてないね」

「これで!?」

「なまえが毎月来てくれているからね」

「は!?毎月掃除しに来ているの!?」

「うん」

「聞いてないんだけど!?」

「言ったよ?ヨルに会いに行くって」

「家に行くとは聞いてない!」

「そうだっけ?」

「だいたい月二で掃除しに来てくれてるんだよね」

「月二!?」

「なのに、今月は忙しいって伸ばされちゃって」

「ごめんね。引っ越し準備で忙しくて」

「いいよいいよ。綺麗になれば何だっていいよ」

「何でヨルが私の妻を使っているんだ!」


やっぱり面倒くさいことになった。ただ、こんな風に揉めていたらいつになっても掃除が終わらない。はいはいと昆を宥めてからゴミ袋を出す。何のゴミかも分からないゴミをポイポイと袋に詰めていくと、昆はゾッとしたような顔をした。そして、素手でよく触れるねと言ってきた。別に触れるよ、ゴミ屋敷じゃないんだから。かろうじて、だけど。
ヨルに洗濯機を回すように伝えると、ヨルはニヤッと笑って昆を洗面所に呼んだ。嫌そうな顔をした昆は怠そうにヨルに着いていった。何となく何を見せようとしているのか分かってしまった私は溜め息を吐く。あぁ、また生えたのか…と。


「ぎ…ぎゃあぁぁ!えっ、え!?」

「可愛いっしょ。このキノコ」

「何で風呂にキノコが生えるんだよ!?」

「多分、菌が死なないんだと思う」

「ひ…っ」


私がお風呂のゴムから生えたキノコを掴んで引きちぎると、昆は悲鳴をあげた。毎回スプレーを掛けて擦ってはいるけど、どうしても生えてくるということは根が張っているんだろうなぁ。ヨルも私ももうこのキノコは慣れたものだ。
やれやれと言いながら私が廊下のゴミの片付けを再開していると、昆が真っ青な顔をして私を見ていた。息遣いが荒い。


「…大丈夫?吐く?」


袋を渡すと、昆は玄関で吐いた。潔癖症でもないくせに潔癖なところがある人だからショックが大きかったようだ。だから大人しく家にいればよかったのに。
キッチンのシンクに積まれた食器やコップにはカビが生えていて、とんでもないにおいを放っている。家を汚すことでお馴染みの昆でさえもここまで家を荒らしたことはないのだから、やはりヨルは凄いと思う。何が凄いって、汚すこともさることながら、この家で何でもないような顔をして生活していることだ。潔癖気味の昆なら絶対に無理なことだろう。


「ちょっとー。うちで吐かないでよ」

「おま、お前…っ」

「もう帰りなよ、昆。私は掃除したら帰るから」

「帰れないよ!こんな所になまえを置いて」

「耐えられるの?」

「耐え…るよ。うん、耐える。大丈夫、耐え…っ」


言い切る前に昆はまた吐いた。駄目だ、このまま家に昆がいたらおかしくなってしまうかもしれない。ヨルにお願いして無理矢理外に連れ出してもらう。
やっと静かになった。しかしいつ見ても酷い家だなぁと思いながら掃除を進める。玄関から廊下、部屋まで片付けて、水回りを片付けて。何か生み出そうとしているのだろうかと思うほどベランダに積まれたゴミを捨てて完了だ。窓から入ってくる爽やかな風が家中に回るように窓という窓を全て開ける。汚れた身体を綺麗にすべくシャワーを借りて、ドライヤーで髪を乾かしているタイミングで二人が帰って来た。


「あ、おかえり」

「お。綺麗」

「…まさかなまえ、風呂に入ったの?」

「うん」

「あの汚い風呂に!?」

「もう綺麗だよ」

「信じられない。信じられない…」

「二人でどこに行ってたの?」

「雑渡が風呂に入りたいとか言うから銭湯」

「えっ。ヨルも入ったの?」

「それはセンシティブな問題だからね。入らなかった」

「そっかぁ…難しいんだね」

「そう。家でなまえと入ろうと思ってたのに」

「はぁ!?そんなこと許さないからな!」


昆が大きな声を出したから、黙っていることにした。実は掃除の度に毎回この家で風呂に入っていることも、私のシャンプーを置いてあることも。昆は潔癖症…なんだろうなぁ。
空気が悪いから早く帰るよと昆に腕を掴まれて引っ張られた。慌てて靴を履いていると、のんびりとヨルが来た。


「今度は雑渡は置いて来てね。ウザいから」

「言われなくても二度と来ないし、なまえも来させない」

「また来てねー、なまえ」

「うん。またね」

「だから、二度と来させないって!」


ぐいぐいと引っ張られ、ぐいぐいと車に乗せられた。昆は運転しながら嫌なものを見ただの、よくあんな家に行こうと思えるだのと文句をぶちぶちと言っていたけど、放っておいて欲しい。ヨルは私の友達で、私が行きたくて行っているんだから。おまけに、今日は一緒にケーキを食べ損ねた。掃除の後にヨルと出掛けるのが楽しみだった私としては残念で仕方がない。次からは内緒で行くことにしよう。
家に帰ってから塩までまかれた。そんな穢らわしい所に行ったかのような対応は流石にヨルに失礼ではないだろうか。


「私にも撒いて!早く!」

「はいはい」

「もっと真剣に!」

「潔癖過ぎるよ」

「なに言ってるの。あの悍ましい空間にいたんだよ?絶対によくないものを連れて帰ってきている。二度と行かないで」

「はいはい」

「そもそも素手であんなものを…あ、また吐きそう…」


また青い顔をした昆は気持ち悪そうに家に入ってから私の手を痛いくらい洗った。洗い過ぎて真っ赤になった手を擦り合わせていると、仕上げだと言わんばかりにアルコールまでかけてきた。まるで私が汚いみたいな扱いに傷付く。
もし昆がヨルくらい家を汚す人だったとしても私は別に嫌いになったりはしないけど、もしかしたら私が家を汚すタイプの人間だったら昆は私のことを嫌いになっていただろうか。それとも、昆が私の代わりに掃除をしてくれていたのだろうか。それを確かめる術はないけど、いつか掃除をサボりにサボってみるのもいいかもしれない。そんな意地の悪いことを考えながら夕飯を作った。
その日、昆は私が作ったご飯を初めて残した。嫌がらせかと文句まで言われてしまったけど、今日の献立は初めからキノコご飯だった。秋なんだから丁度いいのに。その日からしばらく昆が嫌なことを思い出すからとキノコを一切口にしなくなってしまったというのは言うまでもない。


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