雑渡さんと一緒! 245
前にも思ったけど、実に無駄だと思う。何故、必死に詰めたものを開けなければならないのだ。それもほんの数ヶ月のために。実に非効率的な動きだし、やる気が出ない。
前のように私がそう言いながらなまえの腰を抱くと、手を払われた。どうやら以前、私が倦怠期などと口にしたのをきっかけに事に及んだことを未だに怒っているようだ。何だかんだなまえだって嬉しそうにしていたし、気持ちよさそうに喘いでいたくせに…とか言ったらまた怒るから黙っておいた。
「ねぇ、休憩しようよ。休憩」
「お一人でどうぞ」
「それじゃ意味がない」
「あのね、終わらないの!このままだとご飯を作れないどころか、今晩は家でお風呂にも入れないんだからね!?」
「あぁ。じゃあ、夜は銭湯で夕飯だね」
「そういうことじゃない!」
じゃあ、何だというのだ。どうせ必死になったところで終わらないものは終わらないだろう。また箱に詰めないといけないことを考えると、いっそのこと箱に詰めたまま使うというのはどうだろうか。使ったらまた箱に戻す、を繰り返していれば作業はぐっと減る。そうだ、名案だ。
私がそう言うと、なまえの周囲を取り巻く空気が変わった。
「あれ、そんなに駄目…?」
「ヨルのこと言えないから、昆は」
「は?」
「何よ、段ボールのまま生活って!ゴミ屋敷じゃない!」
「いやいや。あそこまでじゃないでしょ」
「変わりません!」
もう、と怒りながら調理器具を出すなまえにまだまだ反論したかったけど、そんなことをしたら今晩は楽しく過ごせないことが分かっているから諦めて服をクローゼットに掛けていく。前は白と黒の服ばかり掛かっていたというのに、今は私もなまえもカラフルな服も着るようになったからクローゼットも様変わりしたものだなぁと思う。それでも私の仕事関係の物は総じて黒いけど。
棚に下着やら靴下やら細々とした物を入れながら、ふと見たことのない下着が目に入った。なまえの下着なんて100%把握しているはずなのに、何でだろうかと広げてみると、新品のようだった。そしてまた、なかなかに際どい下着だった。
「ふーん…」
「あ、ねぇ」
「なに」
「お昼ご飯は…って!いやぁ!なに見てるのよ!?」
「いや、知らない下着があるなぁと思って」
「馬鹿!真面目に片付けて!」
「いや、知らない下着があるなぁと思って」
なまえの身体にすっと黒い下着を当ててみる。黒、かぁ…
「ねぇ、ちょっとこれ着けてみてよ」
「馬鹿なの!?」
「いや、割と真剣なんだけど。どうしたの?これ」
「ヨルと買い物に行った時に買ったの」
「ふーん。で?」
「え?」
「何でお披露目してくれないの?」
「何でだっていいでしょ。もう、お昼はおにぎりで決定!」
なまえは怒ってまたリビングに行ってしまった。何となく違和感があったけど、下着をしまってから段ボールを畳み、シーツをベッドに掛ける。うちのベッドは大きいからシーツを掛けるのもなかなかに重労働だ。いつか子供が生まれたら家族で寝られるようにと大きいサイズを購入したけど、もうキングサイズにしておけばよかっただろうかと最近、少し後悔している。このサイズだと三人でしか寝られそうにない。おまけに、子供をここで寝かせるとなるとなまえとはどこでヤればいいのだろうか。となると、もう一台ベッドはいるだろう。これを買った時にはそこまで考えが及ばなかった。
引っ越しが好きな奴が世の中にはいるそうだけど、少なくとも私は好きではない。だけど、こうして改めて物を見るとなまえとの思い出がどれもあって、なかなかに感慨深い。
なまえが握ってくれたおにぎりの中身は残念ながら梅干しと鰹節の二択だった。まだ調理する段階まで片付いていないし、冷蔵庫も空だからだと言う。寂しいなぁと思いながら口にしたけど、相変わらず美味しかった。ただの握った米のはずなのに、こんなにも美味しくなるのだから、なまえは本当に料理上手なのだろう。いや、それとも私がなまえを好きだからこんなにも美味しく感じるのだろうか。みんななまえのご飯を「店が出せるほど美味しい」と言う。それは私も感じていることだけど、なまえが作ってくれるご飯はどれもこれも特別な味がするような気がする。美味しいとか、そんなレベルではなくて、安心する味。初めはそんなこと思わなかったし、ただただ美味しいと感じていただけだったのに、気が付けばなまえのご飯は「店で食べるようなご飯」から「家庭の味がするご飯」に変わっていた。勿論、とんでもなく美味しいことは変わらないのだけど。ただ、言葉にするのはとても難しいけど、前ほどは特別感を感じなくなったというか。
「なまえ、もう店を出すのを諦めたの?」
「は?」
「いや、違うか。美味しさは変わらないんだから…」
「何が言いたいの?」
「いや、いつものご飯だなぁというか」
「喧嘩売ってるの?」
「違うよ。いつもの味がして安心すると思って」
「当たり前でしょ。もう何年も昆に作っているんだから」
「あぁ、そうか。だからかぁ…」
本当に何でもない、ただのおにぎりでさえ「家の味だ」と感じるくらい私はなまえの作ってくれたご飯を食べ続けたということか。そういえば、同じくらい食べ続けていたコンビニの弁当は「独身の頃のつまらない味」って感じがする。もう目にもしたくないカップ麺は「貧しかった大学生の夕飯」て感じがするし。あぁ、成る程…
「なんか、いいね」
「何が?」
「家族って感じがする」
「そう?」
「うん。そっか、もうすぐ四年になるんだもんね」
特別だったことが当たり前になっていくこともある。その特別が尊いものであるということを忘れなければ、きっと私となまえはいい関係をこれからも築いていけるのではないだろうか。だからこそなまえに対して感謝を忘れてはならない。
だけど、これから特別になっていくこともある。例えばあの下着とか。なまえが淡い色ではなく、比較的派手な色を身につけるようになったというのは、ある意味いい変化だ。
「で?何であの下着を着てくれないの?」
「まだそれを言うの?」
「いや、だって折角だから見たいし?」
「どうせ似合わないよ」
「そんなの分からないじゃない」
「分かるよ。私、セクシーな下着は似合わないもん」
「いや?それはどうかな」
新たな一面を知れるというのは、喜ばしいことだ。少なくとも私は興奮するけどね。いや、まぁ私は淡い色の方が好きなんだけど、まぁ折角買ってあるのだから…ねぇ?
「いやぁ。今日の夜が楽しみだなぁ」
「馬鹿じゃないの…」
「大丈夫。たくさん可愛がってあげるよ」
「わ、私はまだ身につける決意が…」
「えー?午後からも頑張れそうだと思ったのに」
「…頑張ってくれるの?」
「そりゃあね。早く抱くために働きますよ」
インスタントの味噌汁を飲みながらそう言うと、なまえは俯きながらもごもごと何かを言った。よしよし、これは今日の夜が楽しみだ。午後からも頑張ろう。
ほんの小さなことかもしれないけど、私たちはどんどん変わっている。本当に少しずつかもしれないけど、家族になっていけている。だけど、変わらないものだってある。例えば愛情とかね。これは生涯変わらないだろう。出来れば死ぬまでこの想いは変わらずにいたい。家族でありながらも、出会ったばかりのようなときめきをいつまでも持ち続けていたいし、待ち続けてもらいたい。ずっとずっと私はなまえに恋していたいし、逆になまえに恋してもらいたい。その答え合わせをするのは何十年か後になることだろう。だから私は最期の瞬間までなまえを変わらず愛していこう。人を愛し、愛されるというのはこんなにも幸せで、尊いことなのだから。
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