雑渡さんと一緒! 250
「はい。私はここに痩せることを宣言します」
「はいはい、がんばれー」
「ねぇ!私は本気なの。結婚式に向けてやせるの」
「食べた後に言われても」
ちゃんとケーキを我慢したきぃちゃんに高らかに宣言すると呆れられてしまった。だって美味しそうだったんだもん。
私もきぃちゃんも結婚式を控えている。きぃちゃんは海外で二人きりで、私は地元で家族だけで挙げる。何にしても、ウエディングドレスを着るのだ。一生に一度しか着る機会のないウエディングドレスは女の子として憧れだし、一番綺麗な自分でありたい。つまりは痩せたい。できれば胸も大きくなりたいし、足も長くなりたいし、可愛く生まれ変わりたい。だけど、それは無理だからせめて痩せたいというのが乙女心というものだろう。
ついケーキを食べてしまったけど、私だってやる時はやる。今日の夜から痩せることに意識した食生活をするんだ。ウォーキングだってやってやる。絶対に私は痩せてみせるから!
「えっ。なまえ、それだけ?」
「うん。ちょっと痩せたくて」
「何で?」
「結婚式だから」
「?」
「とにかく、痩せるの!」
「ふーん…」
大して興味もなさそうに昆はししゃもを頭から口にした。昆は7匹、私は1匹。魚卵はね、美味しいんだけどね、うん。
日中は頑張ってウォーキング。おやつはナッツ。頑張って硬水を毎日2L飲んで、どうしても甘い物が食べたくなったらドライフルーツを一つ。お米は食べずに、とにかく野菜を食べてお腹を膨らませているうちに、体重はみるみる落ちていった。毎日体重計に乗るのが楽しくて、今日は昨日より遠くまで歩いてみようと思うようになり、気が付いたら毎日5キロ歩くようになっていた。踵にマメが出来て、破れては治り破れては治りを繰り返すうちに家にあるスカートは腰履き出来るようにまでなった。鏡に映る自分はかつてないほど痩せていて、嬉しくなって角度を変えては細くなった腰を見つめていると、昆が重苦しい溜め息を吐いた。私が昆を見ると、まさか溜め息が漏れ出たとは思っていなかったのだろう。慌てたように口元を手で覆って不自然な咳払いを何度かした。
「なに?」
「いや、何でもない」
「なに?」
「何でもないって」
「ね、私痩せたと思わない?」
「…思う」
「綺麗になった?ねぇ、なった?」
褒めて褒めてと昆を見ると、昆は私から目を逸らして立ち上がった。冷蔵庫の方に行ったところを見るとビールを飲もうとしているようだ。二本目なんて珍しいなぁと思いながら珈琲を口にすると、ムセた。変な所に入ってしまって甲高い咳き込みをしていると、缶ビールを落として昆が走ってきた。
「なまえ!?」
「ごめ…ムセただけ…」
「本当に!?本当?」
「ん…」
ゲホッと私が咳をしながら息を吸っていると、昆が溜め息を吐いた。そして、ぎゅうっと抱き締めてきた。私が息苦しくて荒い息をしていると、昆の息遣いも荒くなっていることに気付く。まさか私がムセたことを笑っているのだろうか。それとも、まさかこの状況で興奮しているのだろうか。どちらにしても最低だ。
酷いと昆を離すと、昆は私からまた顔を晒した。何なのよ。
「こっち見て!なに笑ってるのよ!?」
「……っ」
「ねぇ…えっ、え?なに…」
私を馬鹿にしているのかと思えば、昆は泣いていた。目が潤んでいる、とかではなくてボロボロと泣いている。
私が不思議に思いながら、とりあえず涙を拭う。本当に辛そうな顔をしながら泣く昆は私に泣いているところを見られてからは特に顔を逸らすこともなく、ハラハラと泣き続けた。
「ど、どうしたの?」
「もうやめて…」
「え?」
「これ以上痩せたら死んでしまう…っ」
「そんな大袈裟な…」
だって、あの時と同じ位痩せている…と昆は泣いた。あの時とはいつのことだろうか。まさか私が過去に流行り病を患って死んだ時だろうか。だとすれば、そんなに私は病的に痩せているのだろうか。そんなつもりはないし、鏡に映る自分はまだまだ痩せる余地があると思う。二の腕とか太腿とかもっと細くしたいし、足首をもう少し細くしたら私なんかでもセクシーに見えるのではないだろうか。痩せていくことが楽しいから、もっともっと痩せたい。私が綺麗になったら昆だって嬉しいでしょ?私がそう言うと、昆は首を横に振った。
すんすんと鼻を啜りながら泣く昆の頭を撫でると、とても悲しそうに昆は言った。本当に今が綺麗だと思うのか、と。
「綺麗だよ。えっ、前より綺麗だよね?」
「どこが…」
「だって私は元々痩せてなかったから…ほら、シンデレラ体重ってあるじゃない?もう、それを下回ったの。凄くない?」
「馬鹿じゃないの…」
「どうしてよ。だって、私は…」
「…私はね、なまえが結婚式に向けて綺麗になりたいという気持ちは分かるから受け入れようと思っていたよ。だけど、いき過ぎだよ。今のなまえの見た目はまるで病気のようだよ…」
「そ、そんなこと…」
ないもん。そう言いながら見た鏡に映っていた私は酷く青い顔をしていた。だけど、首筋とか細っそりとしていて前よりも女性らしいのではないだろうか。鎖骨がこんなにも見えたのは初めてのことだし、モデルさんのように綺麗になっているはず…なんじゃないの?あれ、違うの…?
「えへ…ちょっとやり過ぎた…のかな…?」
「…ちょっと?」
「あれ、か、かなり…?」
「私はなまえの見た目が変わっても愛しているよ。だけど、だけど今はあまりにも痩せ過ぎだよ…もう見ていられない…」
「そ、そんなに酷い…?」
「もっと食べてよ。怪我をしてまで運動なんてしないでよ。いつもみたく笑顔でケーキを食べてよ。一緒に楽しくご飯を食べてよ…ねぇ、お願いだからいつものなまえに戻ってよ…」
泣いている昆を抱き締めながら、私はどうして痩せようと思っていたんだったっけと思い返す。
私は綺麗になりたかった。昆の隣に似合う女性になりたかったから。かっこいい昆の横で綺麗な私が幸せそうに笑う姿を写真に収めてもらいたかった。それをいつか子供に見せて、パパはかっこいいでしょ、ママは綺麗だったんだよって言いたかった。だけど、本当は誰よりも昆に綺麗だって思ってもらいたかった。昆に私と結婚してよかったって思って欲しかった。昆の自慢の奥さんになりたかった。昆が私は好きだから。もうすぐ結婚して二年になるけど、私は昆に恋しているから。ずっとずっと、私はこの人だけに恋をしているから…
「うん、よし。ねぇ、ウォーキングに付き合って」
「………」
「コンビニまで一緒に歩こうよ」
「…コンビニ?」
「私ね、ずーっとケーキが食べたかったの」
「知ってる」
「アイスも食べたい。あとドーナツ!」
「ほぉ?太るよ?」
「あ!それは禁句だから!禁句だから!」
食べたい物なんて山のようにある。甘い物が食べたくなったらドライフルーツ?なにそれ、食べたいのは「わくわくする甘い物」なの。生クリームたっぷりのケーキとか、乳脂肪たっぷりのアイスとか、油でふわっふわに揚げたドーナツだから。本当は野菜よりお米とかパンが食べたいし、ラーメンなんて喉から手が出るほど食べたい。トロットロのチャーシューがたくさん乗ったラーメン。背脂が乗ってるやつ。あ、ラーメン?ラーメンが食べたい。で、締めはアイスがいい。ケーキは明日食べたいから美味しいカフェに連れていってね。
私がわくわくと食べたい物を述べると、昆は驚いたような顔をした。そして、久し振りにくしゃっと顔を崩して笑いながら、わしわしと頭を撫でられてタクシーで駅前のラーメン屋さんまで連れて行ってくれた。そこで背徳感しか感じない背脂たっぷりのラーメンを食べてからコンビニでスナック菓子とスイーツとお酒を買い込んで、ソファで食べながら夜遅くまで昆とたくさん話をした。
途中、何度かぎゅうっと抱き合うと昆の骨と私の骨がゴツっと当たった。今まで気付かなかったけど、もしかして私の抱き心地は最悪なのではないだろうか。確か昔、昆に茶屋でそんなようなことを言われた記憶がある。抱き心地が悪いと、とても抱く気にはなれない、と。恐る恐る昆の顔を見ると、にっこりと目を細めて笑い掛けてくれ、優しいキスをたくさんしてくれた。そして、嬉しそうに笑いながら「よかった」と言ってはまたキスされて。たくさん愛してもらった。
私はとても幸せだった。食べたかった物を好きなだけ食べさせてもらえて、昆が嬉しそうに笑ってくれたから。だけど、ダイエットする前よりも当然、太ったのは言うまでもない。
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