雑渡さんと一緒! 251
「今日、飲みに行ってくる」
「分かった。誰と?」
「同期」
「佐茂さん?」
「あと、ヨル」
「えっ、狡い。私も行きたい」
「わざわざ行かなくてもヨルとは週一で会ってるでしょ」
「うん。本当は週五で会いたい」
「怒るよ」
無駄にあの馬鹿と仲良くなっちゃって。なまえが穢されたら生涯にわたって呪ってやる。
さて。まれに開催されている同期との飲み会だが、私が参加するというのは実に久し振りのことだ。なまえと出会ってからは基本的にあまり飲み歩くことはなく、家でなまえの顔を見ながら飲んだ方が有意義な時間を過ごすことが出来るとまで考えている。それでも、たまに気の知れた奴らと飲むのは楽しいことなのだと知ることが出来た。これもまた照星との仲を取り持ってくれたなまえのお陰なのだけど。
「雑渡、おそーい」
「ウザいから女みたいな話し方はしないで」
「お疲れ。遅かったな」
「そう?早い方だよ」
「社畜だなぁ、相変わらず」
「煩いよ」
こんな時間に帰れるようになったのもなまえのお陰だ。前は日付が変わるまで会社にいることも珍しくなかった。それが今や18時過ぎには仕事を終えることが出来るようにまでなった。それは月末も例外ではないし、来年度から月末処理が遂になくなる。あの途方もない作業が簡略化される日がくるなんて誰も思っていなかったから、それはそれは沸いた。
ビールを頼んでから既にテーブルにあった唐揚げを摘む。年を取るごとに酒の場のつまみは揚げ物から野菜や魚に変わっていった。それでもやっぱり未だに私の唐揚げは大好物だ。
「ねぇ、まさか雑渡ってなまえにDVしてるの?」
「は?まさか」
「そんなわけねぇじゃん。雑渡だぞ?」
「いや、だってさ。なまえ、ガリガリだよ!?」
「あー、何か結婚式に向けて痩せようとしているとか…」
「度を超しているんだって!見てよ!」
ヨルが佐茂に携帯で写真を見せると、佐茂は青い顔をして私を見た。いや、私は強要はしていないから。あんな痛々しい姿になって欲しいなんて望んでいないし、もちろん食事を与えないだとか、痩せろと罵倒するなんてことはしていない。あれは頑固ななまえの性格から成せたものだろう。
私だって初めは、まぁ女の子なんだから痩せたいとか綺麗になりたいと願うこともあるだろうくらいにしか思っていなかった。だけど、食事らしい食事を勧めても摂らず、日中信じられないくらい歩いていると知ってからは流石に看過出来なくなった。それとなく止めたけど、いつもの何一つ大丈夫ではないくせに口癖のように言う「大丈夫」で押し切られ、どんどんやつれていく姿を見ているのがどれほど辛かったことか。どう止めようか分からず、今にも倒れてしまうのではないかと思いながら毎日私がどんな思いで暮らしていたと思っているんだ。
それでも、なまえが思い直してくれてよかった。私がいよいよ耐えられなくなって泣いたから、とは言いたくないけど。
「今はね、もう食べるようになったよ」
「あれ、絶対に40キロなかったよ!?」
「うん。なかっただろうね」
「げぇ!死ぬぞ、それ普通に」
「本当にねぇ…」
「何でもっと早くに止めなかったんだよ!?」
「止めたよ。止めたけど、止まってくれなかった」
「なまえ、頑固だもんねぇ。くそネガティブだし」
「何でだろ。私の愛情が足りないのかな」
「雑渡、毎日可愛い可愛いって言ってるのにね」
「よく知ってるね」
「分かるよ。ねぇ?」
「あぁ、分かる。お前の執着の仕方、異常だよ」
「それはどうも」
「褒めてねぇからな」
つまつまと程よく漬かった漬け物を口にしながらビールを二杯、三杯と飲む。こういうのが美味しいと感じるようになったということはもう年なのだろうか。
枝豆を口にしていると、話題は佐茂の結婚の話になった。
「佐茂はどこで結婚式やるの?」
「ハワイ」
「はぁー。佐茂らしい」
「あぁ、佐茂らしい」
「何だよ、俺らしいって」
「佐茂は形に拘るよね」
「あー。プロポーズは夜景の見えるレストランでしたんだってね。ベタだねぇ。お前、そういうベタなの好きだよね」
「悪かったな。そういう雑渡はどこなんだよ」
「病院」
「場違いにも程があるだろ」
「あと、公園」
「どうした」
「煩いな。場所なんてどこでもいいでしょ」
問題は中身なのだから。いや、まぁ中身が問題なのかもよく分からないけど。要は想いが伝わればいいのではないだろうか。少なくとも私はエキストラを呼んで…とか、ケーキの中に指輪を埋めて…みたいなプロポーズはどうかと思う。サプライズも度を超すと黒歴史になるから。一生涯、後悔しそう。
テーブルで煙草を叩いてから火をつける。喫煙者が三人も揃えば、一人吸い始めるとみんな吸う。私と佐茂は同じようなにおいのする煙草を、ヨルは異様に甘いにおいのする煙草を吸い始めた。ちょっと受け付けない感じの甘いにおいだ。
「お前、煙草変えたの?」
「これ?これはなまえの吸いさし」
「は?」
「ムセて全然吸えてなかった。可愛いよね」
「お前っ!」
「いいじゃん、煙草くらい。成人してるし」
「私のなまえを穢すな!」
「お前のじゃないし。みんなのだから」
「そうだそうだ。だから飯を食わせろ」
「外野は黙ってろ」
甘ったるいにおいの煙草を一本吸ってみる。口に煙が入った瞬間に感じるメンソールと後に残る甘さが気味の悪い煙草だった。吸い心地は軽過ぎてあまりよく分からなかったけど、煙草を普段吸わないなまえからしたら重かったことだろう。
「ヨル。私の妻に悪影響を与えないで」
「煙草くらいいいじゃん。雑渡も吸ってるし」
「おまけに、お前はなまえちゃんの前でも平然と吸ってるんだろ?副流煙の方がずっと身体には悪いならなぁ」
「えっ。そうなの?」
「一般常識だろ」
「いや…えっ、そうなの!?」
「雑渡がこんなにも大事にしている子の前で煙草吸うから何でなんだろうと思ってたんだけどさ。知らなかったんだ?」
「い、言ってよ!」
他人に気なんて使わずに生きている私が副流煙なんて気にするはずもなく。喫煙者である私が健康に害を被るのならまだしも、非喫煙者であるなまえの健康を脅かしていたとは。
家に帰るなり玄関で土下座すると、なまえはギョッとした。
「えっ、なに…」
「誠に申し訳ありませんでした!」
「は?え…何をしたの?」
「もう二度となまえの前では煙草を吸わないから」
「はぁ…」
「だから、許して下さい!」
「酔ってるね、かなり」
「違う!本当に悔やんでいるんだ!」
「はいはい」
いいから早く風呂に入れと言うなまえを抱き締める。私のせいでなまえが病気になったらどうしよう。死んでしまったらどうしよう。そうならないように気を付けていたつもりだったのに、結局私のせいで病気になってしまったら私はどう詫びればいい。愚かにも考えが及ばなかった。
なまえに何度も謝罪してから換気扇の下で煙草を吸う。これからはこうしよう。多少の手間くらい何てことはない。
「まぁ、ね。妊娠したら換気扇の下で吸って欲しいって言うつもりだったから。でも今は別に普通に吸っていいのに」
「煙草の煙が身体に悪いって知ってたの!?」
「一般常識じゃない?」
「知ってたのなら何で指摘してくれなかったの!?」
「いや、別に今さらというか…」
「そもそもさぁ。煙草吸ったんだって?」
「あぁ。全然美味しくなかった」
「何で吸おうと思ったの?」
「一緒に吸えた方が昆が喜ぶかなぁと思って」
「喜ばないから。全然、嬉しくない」
「あ、そう。じゃあ、これも嬉しくなかった?」
「なに」
「〆のお茶漬け。今日は鯛茶漬けなんだけど」
「それは嬉しいよ。超嬉しい」
「そう。じゃあ、用意するね」
「あ、待って。煙草吸ってるから今は来ないで!」
「えー…迷惑なんだけど」
キッチンが使えないとなまえが文句を言うから煙草を捨ててソファに座る。こうなってくると、吸える本数が減りそうだ。新居に喫煙用の部屋を一つ設けようかな。
しかし、妊娠したら…か。なまえはもうそこまで考えてくれているのか。私は漠然と子供が欲しいと思っている程度の考えだったけど、なまえは私よりも先のことを具体的に考えてくれているのかもしれない。だとしたら、禁煙は無理にしても本数を減らす努力をすることは悪いことではないだろう。なまえと、我が子は私が気を使う唯一の存在なのだから。
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