雑渡さんと一緒! 253


家のリフォームが終わった。実に喜ばしいことではあるのだけど、当然のことながら引っ越しをまたしなければならず、また怒られながら荷詰めをして、荷ほどきをして…これ、お金を出したら業者にやってもらえるんだから、となまえに提案したけど、あっさりと却下されてしまい、何度か喧嘩しながらもようやく形になった。
なまえはキッチンを見てそれはそれは嬉しそうだった。最新式のレンジフードやビルトインの食洗機、真新しいガスコンロ。どれもこれも私には縁も興味もなかった物だけど、なまえにとってはキッチンが自分だけの城のように感じるそう。


「私、昆と結婚してよかった…」

「こんなことで有り難がられてもねぇ…」

「どうしよう。勿体無くて使えない」

「いやいや。使わないと何の意味もないから」


コン、と灰皿を置くと、なまえが嫌そうな顔をした。要は真新しいキッチンを汚すなということなのだろうけど、じゃあ私はどこで煙草を吸ったらいいんだ。
手でなまえを追い払ってレンジフードのスイッチを入れ、煙草に火をつけるとなまえは悲鳴をあげて顔を青くした。


「よ、汚さないでよ?あー!灰が…灰が…っ」

「静かでいいね、この換気扇」

「いやぁ!私の城が煙草で汚された!」

「よかったね。使うのに躊躇しなくなったでしょ」

「どこがいいのよ、馬鹿!」


酷い酷いと喚くなまえはドアを開けて新しい洋室に入っていった。いずれは子供部屋として使えたらと思い、壁紙は可愛らしい花柄にしてみたけど、普通にアイボリーの方がよかっただろうか。男の子が生まれるかもしれないし。いや、女の子が生まれるまで作り続けるつもりだから、結果としてはいいのか?何にしても感慨深いものがある。
元はなまえが住んでいた部屋は見る影もなくなった。なまえがこの物件を選んでくれたから私たちは出会えたといっても過言ではなく、下手したら出会えなかった可能性もある。


「えっと、ここは子供部屋でしょ?」

「うん」

「他の洋室はどう使おうか?」

「子供部屋2と子供部屋3?」

「えっ」

「え?」

「何人作る気なの?」

「女の子が生まれるまで、何人でも」

「一人目が女の子だったら?」

「まぁ、そこで終わってもいいかな」

「そんなに女の子が欲しいの?」

「うん。なまえに似た女の子ね」

「女の子は父親に似るよ」

「そこは頑張ってよ。なまえに似せて」

「無理言わないでよ…」


座り心地の悪かったソファを捨てて、革を貼り直したソファに座る。クロは度重なる引っ越しのストレスからなのか、寝室から出てこようとはしなかった。寝室は唯一いじっていない所であり、落ち着くのだろう。
このフロアは全て我が家のものとなり、壁を抜いて業者を山のように入れ、なるべく春までに住めるように仕上げてもらったわけだけど。なかなかにいい家にしあがったのではないだろうか。もちろん、どうしても壊せない箇所があって、所々に壁があるとはいえ、それなりに馴染んでいる。こういう時に知り合いの業者が多いと助かる。インテリア関係も任せようかと思ったけど、まぁそこはなまえと少しずつ整えていけばいいだろうと特に何も依頼はしなかった。つまり、この家は閑散としている。物は少ない方がいいという発想だった私が家具を買い揃えた方がいいと思う日がまさか来るなんてね。人とは変わるものなのだとしみじみと思う。


「昆は書斎とか欲しくないの?」

「要らないよ、そんなもの」

「でも仕事部屋というかさ…」

「要らないって。家で仕事なんて本当はしたくないし」

「男の人の憧れじゃないの?」

「全然。なに、なまえは自分の部屋が欲しいの?」

「自分の部屋というか、ドレッサーが欲しい」

「女の子だねぇ」

「女の子だもん」

「じゃあ、照明も欲しいし、見に行こうか」


間接照明とか、新しいラグとか、ちょっとした観葉植物とか見に行こう、と提案するとなまえは嬉しそうに笑った。
二人で幾つか家具屋を回ってみて、本当にピンからキリまでの値段の物があるなぁと思った。どうせ長く使う物なのだから高級とはいかないにしても、それなりの値段の物を購入するべきだろう。ラグやクッション、カーテンはあっさり決まった。なかなか決まらなかったのはなまえのドレッサーだ。


「うーん。うぅー…」

「何を悩んでるの?」

「…これが欲しいなぁって」

「じゃあ、それにしたら?」

「でも、高いの」

「いいよ、それくらい」

「えっ。本当にいいの?」

「いいって」

「嬉しい!私、昆と結婚して本当によかった!」

「いや、だから嬉しくないから」


そんな、金目当てみたいな言い方をされたら不愉快だ。なまえはそういう子ではないと分かっていても、私のトラウマに正面から突き刺さるような台詞は言わないで欲しい。
品札を手に会計に行こうとすると、後ろから腕を掴まれた。


「私ね、実はお金目当てで昆と結婚したの」

「…え」

「昆のことは別に好きではないけど、お金持ちだったから」

「えぇ!?い、今さら…っ」

「て言ったらどうする?」

「…泣く。泣くよ、泣くに決まってるでしょ!」

「離婚しちゃう?」

「しないだろうけど、毎日泣くよ!」

「ふーん」

「えっ、え…そうなの?そうなの!?」

「そんなわけないでしょ」

「お、脅かさないでよ…」

「だって、昆が喜んでくれないから」

「喜ぶところじゃなくない?」

「そう?お金を稼いできてくれることも、自由に使わせてくれることも私は嬉しいから。お金目当てとかじゃなくね」

「何かなぁ…」

「だって、お金を持っていても何も買ってくれない人だって世の中にはいるでしょ?でも、昆はそうじゃないじゃない」

「だって、なまえは私が何不自由なく仕事に行けるように生活を整えてくれているわけだからね。それで金は自分のものだから使うなと言うのは、あまりにも身勝手過ぎる話だよ」

「そう言ってくれる人と結婚出来てよかったって意味だよ」


そう言ってなまえは微笑んだ。だって、私では家事は何一つ満足に出来ないもの。朝起きることも、バランスのいい食事を用意することも、いつも綺麗な服を用意することも、私では無理だ。それに、そんなことに時間を割いてしまったら仕事に掛ける時間が減る。私が仕事のことだけを考えて出勤出来るのは紛れもなくなまえのお陰だし、売り上げを上げられているのも昇進することが出来たのもなまえのお陰だ。なのに、私が稼いだ金だからと言うのは頭の悪い人間のすることだ。私は自分がなまえに支えられているから生活することが出来ているのだと理解しているから、口が裂けてもそんなことは言えない。それこそ、言おうものならバチが当たる。


「…ねぇ、ちゃんと私のこと好き?」

「うん」

「ちゃんと言ってよ」

「しつこい」

「ねぇ。不安になったから言ってよ」

「面倒くさい」

「えっ、酷…」

「ねぇ、昆。私、昆のこと好きだよ。誰よりも好き。だから自信を持ってよ。もっと私に愛されてるって信じて欲しい」


だから結婚したんだから、と袋に小物を詰めるなまえはどこか大人びていて、出会った頃のようなあどけなさもなければ、私に遠慮した感じもなく、堂々としていた。
あぁ、なまえは本当に綺麗になった。時々見せるこの表情は目を見張るものがある。別人ではないかと思うほど強く、そしてまた、美しく見える。女というのは大概気が強い生き物だが、なまえもまた気の強い女だ。だけど、それは私が嫌いな類の強さではなく、相手を尊重しており、決して誰かを傷付けるような強さではない。出会った頃が天使なら、今は女神のよう。この表現が正しいのかは分からないけど。


「なまえと結婚出来てよかった」

「何で今のタイミングで?」

「なまえとなら、きっと私は大丈夫だ」

「うん?」

「安心して身を任せられるよ」


私の身体も心も未来も、全てなまえになら預けられる。だって、そうした方がずっと幸せで、いい結果になると信じられるから。駄目だなぁ、私は。なまえを幸せにすると誓って結婚したというのに、私ばかりが幸せになっている。
いよいよなまえは大学を卒業して専業主婦になってくれる。私のために生きると決めてくれた未来を私はどう護ればいいのだろう。そんなことを考えながら今となっては顔馴染みになってしまった花屋に顔を出した。最早、冷やかしの常連と化した私がいよいよ花束を購入することになる日が来た。もう買う花は決めている。時期的に難しいと言われていた花をどうにか仕入れて欲しいと念を押していたから、無事に入社することが出来た。これが花束として形を成しているのか不安で仕方がない。あと、やっぱり慣れなくて恥ずかしい。


「お兄さん、ようやく渡す決心がついたのか」

「決心というか、まぁ、卒業式だからね」

「贈られる子は幸せだね。何せ二年間も悩んでたんだから」

「花なんて分からないからね…えっ、これ変じゃないよね」

「お兄さんの愛情が伝わるといいね」


紙袋に花束を入れてもらって、会場へと車を走らせる。
愛情が伝わればいい、か。別に私はなまえとはもう結婚しているのだし、こんな花束一つで何か伝わるなんて思ってはいない。だけど、なまえは付き合う前に私に「卒業式に花束を下さい」と言った。私と四年後も一緒にいる未来を望んでくれた。それが私は嬉しかったから、その想いがほんの少しでも伝われば嬉しい。まぁ、伝わらないにしても、喜んで欲しい。花なんて贈ったことがないから喜ばれるのかどうかが分からないけど。
三月上旬、ようやく長かった学生生活を卒業するなまえを迎えに会場へと入る。ホールの二階からでもなまえを見つけられたのは愛だということだけは主張させてもらいたい。


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