雑渡さんと一緒! 254


「きぃちゃん、写真撮ろう」

「あたぼうよ」

「きぃちゃんって着物似合うよね。佐茂さんに見せたい」

「あいつはね、仕事だから」

「えー。今日、来ていないの?」

「そういう雑渡さんは来るの?」

「来てない。会議って言ってた」

「ま、そんなもんよ。ただの卒業式だからね」


平日に開催された卒業式に社会人である昆や佐茂さんが来るのはなかなか大変なことだろう。有給を申請して、許可を得ないといけないのだから。おまけに、会議があるのなら簡単に許可なんて出るはずもなく。忙しい昆が来れないというのは決まりきったことだった。だから別に寂しくはない。
ただ、ちらほらと花束を貰っている女の子が目に入った。男の子から女の子に「おめでとう」って渡す花束ってどうしてこうも幸せそうに見えるのだろう。私が夢みがちだからなのかな。寂しくはないけど、ほんの少しだけ羨ましかった。


「照」

「あれ?何だ、来たの?」

「まぁな。おめでと」

「…ありがと」


あら。あらあら。きぃちゃんったら照れちゃって。お邪魔虫は退散しまーす、と離れる。
思えば不思議な話だ。大学に入る前には彼氏もいなくて、漠然とした未来しか描けなくて。お父さんとも仲が悪くて、一人暮らしにわくわくしていた。だけど、すぐに昆に出会って、すぐに同棲して。大学生が年上の社会人と付き合う、ということに初めはとてもドキドキした。きっと昆は私みたいな子供といてもつまらないんだろうなぁとか、もっと大人のお姉さんと一緒にいた方が楽しいんだろうなぁとか悩んだりして。だけど、昆はいつも直向きに私を愛してくれていた。ずっと私だけを大切にしてくれていた。気が付いたら昆と一緒に過ごすことが当たり前になっていて、結婚して、もっと先の未来を望むようになって。入学式に不安しかなかった頃の私に教えてあげたい。本当に充実した四年間を過ごせるんだよって。そのくらい、本当に楽しかった。
昆に会いたいなぁと思いながら大学を一人出ようとすると、後ろから腕を掴まれた。驚いて振り返ると、色とりどりの花が目の前にバサリと差し出された。ポピーとか、ラナンキュラスとか、チューリップとか。とても季節のものではないのにどうやって揃えたんだろうと思わず思うほどの花束は全体的にピンクで統一されていた。ところどころに散りばめられたネモフィラと霞草が綺麗だった。
これを誰が贈ってくれたのかなんて顔を見なくても分かる。これは、あなたと過ごした四年間に見た花々ばかりだから。


「昆…」

「危なかった。会えないかと思った」

「い、いつからいたの?」

「え?卒業式から」

「う、嘘…だって会議だって…」

「そう。ま、今日は有能な課長に任せた」

「…いいの?そんなことして」

「いいでしょ。めでたい日なんだから」


ふ、と目を細めて笑う昆から花束を受け取る。昆から花束なんて初めて贈られた。花屋に行くことが恥ずかしいとか、どの花がいいのかなんてさっぱり分からないとか言う人のくせに覚えていてくれたんだ。卒業したら花束を下さいって付き合う前に私が言ったことを。
あの時はどうやったら昆と一緒にいられるのか、どうやったらもっと好きになってもらえるだろうかと、そんなことばかり考えていた。それでも、四年後にも一緒にいたいという想いで私は花束が欲しいと言った。別にどうしても花束が欲しかったわけではない。ただ、そう言えば昆は側にいてくれるのではないか、それまで一緒に過ごせるのではないかと思っただけだ。なのに、昆は私が言った些細なお願い事を覚えていてくれた。こんなにも素敵な花束を用意してくれた。


「あ、ありが…っ」

「泣かないでよ。私が泣かせたみたいじゃない」

「昆が泣かせたんだよ…」

「ねぇ、なまえ。この四年で色んなことがあったね」

「うん…」

「私なんかと付き合ったことでなまえにはたくさん苦労を掛けたね。たくさん泣かせたし、たくさん傷付けた。それでもなまえは今もこうして私の側にいてくれる。あの時、そこまで考えていたのかは分からないけどさ、本当に嬉しかったんだ。私なんかの側に四年先までずっといると言ってくれて」

「く、苦労なんて思ってないもん。私は強いから」

「そうだね」


くすりと昆は笑いながら私の頭を優しく撫でてくれ、着物が崩れないようにそうっと抱き締めてくれた。いつものように、まるで壊れ物を扱うかのように、本当に優しく。
ボロボロと涙が出て止まらない。私、絶対に不細工だ。こんなことなら女優さんみたく綺麗な泣き方を覚えておけばよかった。そんなつまらないことを考えていることさえもお見通しだと言わんばかりに昆はコツ、と優しく頭を叩いてから、学校の敷地だというのに私に触れるだけのキスをしてきた。


「ち、ちょっと…」

「頑張ったね、なまえ」

「な、なに…」

「何ヶ月も入院しても、転科しても、顔に痣を作っても決して現役で卒業することを諦めなかった。強い子だよ、本当」

「だって、私は早く昆のお嫁さんになりたかったもん…」

「うん?」

「卒業して、ちゃんと大人になりたかった。昆の隣に堂々といられる人間になりたかった。昆が私をずっと支えてくれたように、私も昆を支えたかった。そして、子供を早く生みたかった。私は昆を愛しているから、ずっと側にいたいから…」

「これは嬉しいことを言ってくれるね」


そっと手を握られ、ゆっくりと唇を寄せられる。周りの人はジロジロと見ているし、とても恥ずかしい。だけど私はこの手を離して欲しくなかった。むしろ見て欲しかった。私の自慢の旦那さん。かっこよくて、本当に素敵な人。
今まで言ったことは一度もないけど、今だけは言わせて欲しい。私には勿体無いくらいの素敵な男性は、私の旦那さんなの。私のことをとても大切にしてくれる、私だけの人なの。


「なまえ。私とずっと一緒にいて欲しい」

「い、いるよ。夫婦だもん」

「忘れないで。なまえには私がいる。この先、きっと悩むこともあれば、辛いこともお互いにあると思う。だけど、互いに支え合いながらこれからも生きていきたい。愛している」


きゅうっと胸が痛んだ。泣かないでと言うくせに、私を泣かせるようなことばかり言う。酷い、泣いてしまうのに。
昆に卒業おめでとう、と言われてまた泣いていると、きぃちゃんと佐茂さんに見つかった。私が泣いているから、きぃちゃんが泣くなと怒って、佐茂さんが昆をからかって。わいわいと賑やかな雰囲気の中、写真をたくさん撮った。この時の私は泣いていて、やっぱり後々見返しても綺麗とは程遠い顔をしていた。だけど、卒業式の写真は何十年経っても昆と見返しては笑い合えるような、そんな特別な思い出となった。


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