雑渡さんと一緒! 256
「不思議じゃない?」
「何がだ」
「四年前はこんなことになるとは思わなかったでしょ」
「まぁなぁ…」
「私たちがまたこうして話をするようになったのは昆のお陰だね。そうでなかったら、多分もう一生口もきかなかった」
「そうだろうな」
見慣れない格好をしたお父さんと腕を組む。何年か前だったら鳥肌が立つほど嫌だったのに、今はもうそうは思わない。恥ずかしいといえば恥ずかしい。だけど、お父さんとこうしてこの場に立つことが出来て嬉しいとも思う。
この大きな扉の向こうに私の大好きな人がいる。この小さな教会で私は昆に結婚指輪をもらった。既に愛を誓い合っている。指輪は今は交換するために外しているわけだけど、何故外さなければいけないんだと最後まで昆は文句を言っていた。そういう儀式だからとか、順序がおかしいからだと何度も言ってどうにか納得はしてもらえたわけだけど、それでも本当に渋々といった顔をしていた。それほどまでに結婚指輪に執着する男の人というのも珍しいのではないだろうか。そう思い、お父さんの左手を見ると、お母さんと交換した指輪がまだ入っている。お母さんの指輪はお骨と一緒にお墓に入れた。だから外す気はないとお父さんは頑なに言っていた。これは昆とお父さんがおかしいのか、それとも一般論なのかはよく分からない。だけど、どんな状況になっても結婚指輪を大切にしてもらえるというのは幸せなことだなと思った。
「だいたい、お前たちはもう式は挙げたんだろう?」
「あぁ。温泉で」
「なのに何故また式を挙げるんだ。あのな、本来は結婚式というのはな、そう何度もやるようなことではないんだぞ?」
「分かってるよ」
「今日は披露宴だけにすればよかったんだ」
「だって、昆がどうしても教会がいいって」
「何故だ」
「お父さんに絶対にバージンロードを歩かせたいからって」
私がそう言うと、お父さんは驚いたような顔をした。多分、意外だったのだと思う。どうせ私がドレスを着たいと言ったからだとか、昆が何度も式を挙げたいと言ったからだとか、そんな風に考えていたのだろう。
昆はどうしてもお父さんにバージンロードを歩かせたいと言った。一生懸命育てた大切な娘を貰うという一つの儀式と捉えているようだ。逆に、自分もいつか娘とバージンロードを歩きたいと言っていた。まだ子供なんて出来ていないし、それが女の子かも分からないのに。何故かは分からないけど、あの赤い絨毯を歩くことに想いを抱いているようだ。
「…お前、いい男を見つけたな」
「うん?」
「あんなに小さかったなまえが結婚か…」
「まぁ、もうしてるんだけどね」
「昆奈門はどこかズレた男だからな」
「そうだね。そんなところも好き」
「なまえ」
「なに」
「幸せになりなさい。母さんと見守っているから」
「ん…」
ぎゅうっとお父さんの腕を掴むと、係の人に式が始まることを伝えられ、大きな扉が開いた。参列者はおばあちゃんとハルさんしかいない。孤児だった昆には親戚はいないし、私の身内もそれだけしかいない。見知った人しかいないというのに、この場に実際に立つと少し緊張する。遠くにいる昆の顔を見ると、昆も緊張した顔をしていて、私と目が合うなり恥ずかしそうに目を逸らした。酷い。愛しの花嫁なのに。
おばあちゃんにベールを掛けてもらう。おばあちゃんは今日もかっこいいスーツを着ているなぁと思っていると、くすくすと心底可笑しそうに笑いながら、優しく私の頭を撫でた。
「よかったじゃないか。お婿さん、照れてるよ」
「そうなの?」
「あれはなまえに心底惚れてるね。可愛いことだ」
「知ってるよ。だけど、何も目を逸らさなくても…」
「それだけなまえが綺麗ってことさ」
早く行きな、と背中を押されて、バージンロードを歩く。写真家のハルさんはたくさん写真を撮ってくれていた。本当の自分よりも綺麗に写っているといいんだけど。
歩きながら、色んなことを考えた。初めて会った時の印象は最悪だった。遊び人で、女の人に冷たい人。次第に大人びていてかっこいい人だと思うようになって、気が付いたら好きになっていた。で、最低なことをされそうになって付き合った、と。今思い返してみてもあの付き合い方はないと思う。付き合ってすぐに同棲しようって話になって。いざ同棲してみたらびっくりするくらいだらしない人だということが分かった。子供っぽいし、滅茶苦茶なことを言うこともあるし、意地悪な時もあるし。だけど、付き合う前よりも今の方がずっと好き。私のことを大切にしてくれる優しさがあるけど、間違ったことをしたら怒ってくれる人。甘やかされているけど、時に異様に厳しいこともある。元々昆は自分にも厳しい人だから、というのもあるのだろう。だけど、私のことを考えてそうしてくれている。そして、それを決して押し付けてはこない。喧嘩もしょっちゅうするけど、最後は必ず私の希望に沿ってくれる。そんな人。見た目はもちろんかっこいい。肩書きだってとんでもなく凄い人だ。お金をたくさん稼いできてくれるし、本当にスパダリだと思う。だけど、私は昆のそんなところに惹かれたわけではない。多分、そんなところに惹かれて付き合っていたら、とっくに別れていると思う。そのくらい付き合う前の印象とは大きく異なった人だ。
昆の前までお父さんと歩くと、昆はお父さんに大きく頭を下げた。あまりにも綺麗なお辞儀に思わず見惚れていると、お父さんが鼻を啜りながら頭を下げた。そこでようやく私は昆がどうしてもお父さんにバージンロードを歩かせたいと言った意味が分かったような気がした。と、同時に実感が湧いてきた。私、昆と結婚するんだなぁ。いや、もうしてるけど。
「やっぱり私、卒業するまで結婚しなきゃよかった」
「え。何で?」
「結婚式を挙げてから結婚すべきだったと思って」
「私はちゃんとなまえにすぐ挙げるか聞いたよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。そうしたら卒業はけじめだとか言って」
「多分ね、転科のことで頭がいっぱいだったんだと思う」
「そういう意味でも、ちゃんと話して欲しかったなぁ」
「う、ごめんなさい…」
「多分、まーた隠し事されるんだろうね」
「しないって。うん、多分」
「多分て何。また何か隠してるの?」
「してないよ。今は」
「今はって。今度は私が家出をしそう」
私たちが小声で言い争っていると、神父さんが困ったように咳払いをした。まだ式も始まったばかりだというのに、もう喧嘩するなんて確かにおかしなことだ。それこそ罰当たりというか、幸先が悪いというか。
多分、これからも喧嘩は数えきれないくらいすると思う。周りの人が聞いたらそんなことで?と思うようなことでも私たちにとっては譲れない大切なことだったりするから。隠し事をするつもりがあったわけではなくても、結果として隠し事となってしまうことだってあるかもしれないし、小さなすれ違いから喧嘩に発展した、なんてことは確実にあると思う。だけど、それは悪いことではない。より仲が深まるから。
そんなことを考えていたら、あっという間に誓いの言葉にまで式は進行していた。多分、ぼんやりとしていたことが昆にはバレていたのだろう。昆にジロリと睨まれてしまった。
「夫昆奈門はなまえを妻とし、愛することを誓いますか」
「…誓います」
「妻なまえは昆奈門を夫とし、愛することを誓いますか」
「えっと…」
「…は?何で即答してくれないの」
「私、多分また隠し事すると思う」
「はぁ!?お前…っ、式中に喧嘩売ってるの!?」
「違うよ。私は…」
神父さんにまた咳払いされて、昆の顔をじっと見る。不機嫌です、と言わんばかりの顔をしている昆と私の距離は30cmもある。背の高い昆と、背の低い私。本当に凸凹な夫婦だ。昆に屈むように手で合図をすると、怪訝そうな顔をして昆は腰を折った。昆が屈んでもまだ私とは遠い。今日はヒールを履いているというのに、おかしいなぁ。
ぐっと昆の襟元を掴んで、無理矢理目線を私に近付ける。
「な、お前…っ」
「私は昆が大切だから、昆のためだと思ったら隠し事をすると思う。嘘もつくかもしれない。それで昆に怒られることになっても、私はあなたを護りたいと思っているの。それで例え喧嘩になったとしても、これだけは忘れないで。私は昆を傷付けようとはしないから。昆のことが本当に誰よりも愛しいの。だから、あなたを生涯愛し、あなたの側で生涯支えていくことを…あなたの唯一無二の家族となることを誓います」
昆と唇を重ねて、ぎゅうっと抱き締める。牧師さん、ごめんなさい。この人は神様なんて信じていないと言ってしまうような人なんです。私は程々に信じているけど、神を信じていない人の前で神に誓っても何の意味もないから、私は昆に誓います。この人は私が幸せにします。片時も目を離さず、彼の変化にいち早く気付き、ちゃんと支えていきます。だから、この人が死ぬ瞬間まで私を側に置いて下さい。私は彼の女だから。私の命も人生も幸せも全て彼が握っているから。
昆を抱き締めていると、頭を優しく撫でられた。その優しい撫で方から、昆がとても喜んでいるのだと伝わってくる。
「…何というか、狡い子だね」
「駄目?」
「いいや。最高に愛らしい」
くしゃっと笑った昆は私を抱き上げた。まだ式の途中だ。お父さんは呆れているし、おばあちゃんとハルさんは私たちを囃し立てた。少なくとも、おごそかな雰囲気はもうこの場にはない。だけど、私たちはこれでいい。
その後、滞りなく式を終えて披露宴会場へと移動する。信じられないくらいの人数の人たちが私たちを祝福してくれた。お父さんはタソガレドキ社の方々にペコペコとしていたし、逆にタソガレドキ社の方々はお父さんにペコペコしていた。きぃちゃんやヨル、佐茂さん、山ちゃん、照星さん…本当に多くの人が私たちに「おめでとう」「幸せになれよ」と言ってくれた。山本さんや高坂さんに至っては泣いていたし、昆もこっそりと泣いていた。本当に幸せで、楽しくて、かけがえのない時間を過ごした私たちは、二人で家へと帰る。今日、結婚式を挙げたからといって、私たちの生活が何か変わるわけではない。だけど、私たちは確実に次のステージへと足を一歩踏み出した。「家族として」幸せになるために。
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