雑渡さんと一緒! 258


私は専業主婦をやらせてもらっている。夫がしっかりとお金を稼いできてくれているから出来ることで、とても有り難いことだ。だからこそ私は家事を頑張りたい。
昆を送り出してから水回りの掃除をして、洗濯機を回す。掃除機をかけて、適当にお昼ご飯を食べ、買い物に出掛けた。今日は何にしようかと考えながら食材を買い、重い重いと言いながら帰宅する。帰ってからクロと少しだけ遊び、夕飯の支度にとりかかった。明日、会議があると言っていたから縁起を担いで今日はカツ丼にした。豚肉を牛乳ち浸して冷蔵庫に入れてから洗濯物を取り込み、小松菜を茹でる。一品、また一品と用意していると、昆から今から帰ることを告げるLINEが届いた。油に火を入れて、茄子とオクラを揚げる。豚肉にパン粉をつけて油で揚げていると、昆が帰ってきた。


「ただいまー」

「おかえり。着替えてきて」

「今日、なに?」

「カツ丼」

「お。いいね」


卵を割って出汁と混ぜ、揚げたての豚肉と玉ねぎの上に絡めて少しだけ煮込む。下はジュワッと、上はサクッとするように。あらかじめ用意しておいた三つ葉を乗せて完成だ。本当はグリーンピースがいいんだけど、昆は三つ葉の方が好きだから、そうする。食卓にお味噌汁をよそって持って行くと、昆は嬉しそうに笑った。
二人で手を合わせて夕飯を食べる。今日はこんなことがあったとか、あんなことをしたとか話しながら食べる夕飯は賑やかで、とても楽しい。子供が生まれたら食べながら話したら駄目だと教えるべきなのだろうか。実家ではそう教えられていたから食卓は静かだったけど、本当は賑やかな方が楽しいし、美味しいからいいんだけど。雑渡家ではどうしよう。


「あ、そういえば今日ね、取り引き先から映画の試写会のチケットを貰ったよ。週末にでも観に行こうか」

「何の映画?」

「ほら、なまえの好きな女優が出てるやつ」

「あ。見たかったやつだ」

「好きだねぇ、春名翠」

「うん、好き。ちょっと昆に似てるし」

「えー、そう?」

「似てるよ。目元とかそっくり」

「それは褒めてる?」

「褒めてる。いいよね、綺麗な目で」

「あぁ、どうも」


言われ慣れているからか、昆は容姿を褒めてもあまり喜ばない。私なら春名翠に似ているなんて言われたら嬉しいけど。
私がピアスに憧れたきっかけの春名翠は大御所の女優だ。映画にもドラマにもCMにも出ている、本当に綺麗な女性だった。色っぽくて、だけど無邪気な演技も出来る女優さんは私の憧れの人だ。そして、昆に本当に似ている気がする。穏やかに微笑んだ顔なんてそっくりだと思うけど、昆はそんなことは言われたことは一度もないと言う。
お豆腐とネギのお味噌汁を飲みながらテレビを見ていると丁度、春名翠がバラエティに出ていた。あぁ、綺麗だなぁ。


「ほら、やっぱり似てるよ」

「私には分からない」

「似ているのに。もしかして、血が繋がってたりとか」

「ないない」

「まぁね。あの人、独身だしね」

「それより、週末に食べたい物考えておいて」

「ケーキ」

「いや、ご飯の話なんだけど」

「パスタ?」

「嫌だよ、夜に。米がいい」

「何それ。もう和食って決まってるんじゃない」

「そんなことはない。寿司でも焼き肉でもいい」

「あ、お寿司食べたい」

「ん。予約しておくよ」


多分、タソガレドキ社が持つお寿司屋さんなのだろう。昆は携帯で連絡していた。別に私は回転寿司でもいいんだけど、それでも美味しい所に連れて行ってくれるのだから嬉しい。ただ、あまり高くないといいなぁとも思う。何でもない日にそんな高い所に行くのは贅沢だ。このへんが私と昆の考え方の違うところで、昆は私と出掛けられるのなら何でもない日ではないと言う。ただのデートなのになぁ。
週末、二人で手を繋いで映画を観に行った。外でネクタイを緩めることが許されていない昆はどこからどう見ても「仕事の出来るちゃんとしたサラリーマン」であり「スタイルのいいかっこいい人」だ。そんな人が私のためにブランケットを用意してくれて、暗いからと手を引いてくれるのは嬉しいけど未だに恥ずかしくもある。現に羨ましそうに見られた。だけど、声を大にして言いたい。この人の素敵なところは決して見た目だけではないのだ、と。これだけモテる人なのに、決して浮気をせず私だけを愛してくれる人。ステータスの高い人を私なんかが独り占めしていて申し訳なくなるくらい。


「す…っごくよかっね」

「んー」

「あれ?あんまりだった?」

「何かね、ラブシーンが多かった」

「嫌いなの?」

「春名翠のは見たくないね」

「どうして?」

「分からないけど、何となく気持ち悪い」

「あぁ、自分に似ているから?」

「似てないって」


コーラを飲み干した昆はゴミ箱に捨ててから適当に丸めたブランケットをカゴに放った。手を繋いで映画館を出る時に映画のパネルが置いてあるのが目に入る。昆にパネルの横に並ぶように言って写真を撮ってみる。こうして並べて見てみると、やっぱり似ている。というか、そっくりだ。本当に親子なのではないだろうかと思うほど。
映画が終わったらショッピングモールは既に営業を終えていて、暗くなっていた。ケーキが食べられなくて残念だと私が言うと、昆は車を走らせてカフェに連れていってくれた。


「わぁい。昆も食べる?」

「一口貰おうかな」

「何がいい?」

「チーズケーキかな」

「じゃあ、レアチーズにするね」

「その方が甘くない?」

「うん」

「でも、なまえは苺の乗った方が好きでしょ?」

「まぁ」

「よし。二つ頼むか」

「嫌だよ。太る」

「いいよ、太って。女の子は、ふっくらしてた方が抱き心地がいいから可愛いよ。なまえはもう少し肉をつけてもいい」

「昆、昔から言ってたね。なに、デブ専なの?」

「いいや。なまえ専」

「なによ、それ。聞いたことない」


馬鹿なことを言いながらケーキを口にする。昆に一口食べさせてあげると、ヨーグルトみたいだね、と言った。
明日は何をしようかと話しながら帰って、ゆったりとお風呂に入り、二人で抱き合って眠る。それは結婚する前からずっとしていることだけど、とても幸せなことだった。昆と私の何気なく、幸せで、とても温かな何でもない日の過ごし方。


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