雑渡さんと一緒! 259
大型連休である。海外に行きたいところではあるが、残念ながら中日に仕事が一件入ってしまい、国内旅行に行くこととなった。残念といえば残念なのだけど、今回はクロも一緒である。クロを抱き抱えて車に乗せると、病院に連れていかれると思ったのか嫌がった。だけど、車を走らせているうちに大人しくなり、なまえの膝の上で丸くなって眠っていた。
なまえと出掛ける上で私が必ず意識するのは「海沿いを走ること」だった。その方がなまえは喜んでくれるから、例え遠回りになろうとも、なるべく海沿いを走るようにしていた。
「わぁー。海が綺麗」
「寄る?」
「寄る!」
「ん」
高速を降りて海に車を停める。海水浴場ではないのだろう、波が高かった。なまえは足だけでもつけたいと海に近付いていったから、手を繋いで堰き止める。なまえなど波に一瞬で連れ去られそうだ。
浜には鳥居があった。その鳥居から海を見ると、なかなかに幻想的である。広島に有名な神社があるが、ここも有名なのだろうか。私は海というか、名所にさほど詳しくないから分からないが、一応まだ地元と呼べる範囲にこんな所があるのは知らなかった。携帯で調べると星が綺麗に見えると書いてある。成る程、これは帰りに寄ってみればなまえが喜ぶ。
車を山へと走らせて目的地に着いた。雲海が見えると聞いて来てみたわけだが、なかなかの絶景だった。初めて見た。
「すごーい。浮かんでいるみたい」
「本当だね。雲の上にいるみたい」
「ね、写真撮ろうよ」
「あー」
「あ、でも撮ってもらわないとだね。すみませーん」
携帯を持って走っていったなまえの背中を見ながら、相変わらず子供のようなところがある子だなぁと思う。まだ22歳のなまえは私から見たらまだ幼い。なのに、ふとした瞬間に見せる表情はとても大人びているというのだから不思議だ。たまに目を見張るほど美しい。ヨルはなまえは私の話をする時に恐ろしいほど綺麗な顔をすることがあると言った。是非ともその表情を写真に収めておいて欲しいものだ。
ホテルに荷物とクロを預けてから街に出てみる。石畳の上を歩いていて、着物屋が目に入った。レンタルもやっているようで、二人で着付けてもらい城へと手を繋いで歩く。下駄の音がカラコロと鳴り響き、何とも趣があった。昔は着物は着ていたが下駄ではなく草履だったし、石畳なんてもちろんなかったから、この風情は初体験だった。
城の中には火縄銃が展示されていた。あぁ、昔使ったなぁと思ったし、照星が見たら懐かしむのだろうなぁとも思った。
「ねぇ、使ったことある?」
「ある」
「どんな感じ?」
「重い。あと、時間がかかって不便」
「狼隊の小頭だったのに何てことを言うのよ」
「狼隊であろうとも不便なものは不便だよ」
ピストルのように一度に何度も撃てるわけではないし、重い火縄銃は便がいいかと言われると不便なものだろう。それでも、あの時代では脅威であった。南蛮からとんでもないものが入ってきたと思ったものだ。
着物を着ていると海外からの観光客にやたらと写真を求められた。面倒だし、正直写真が好きではない私は断りたかったけど、なまえは律儀に撮らせていた。そのうちの一人がSNSに載せたいと言ってきた。別に私は有名でも何でもないのだから載せられても何一つ困ることはない。ただ、なまえを晒すのは憚られた。なのに、なまえはあっさりと許可した。
「いや、待っ…」
「アリガトウデス」
「いや、あの…」
「バーイ」
「Have a nice day」
へらへらと笑うなまえを小突く。悪用でもされたらどうするんだ、と私が言うと、世の中そんなに恐ろしいものではないだろうとなまえは言った。こういうところがなまえの怖いところだ。心が綺麗すぎて疑うことを知らない。変なのに目を付けられたらどうするつもりなのだろうか。片時も目を離さないでとなまえに言われたが、本当に目を離せない。帰ったら家にセキュリティ会社を入れることにしよう。
城を出て、公園でアイス珈琲を飲む。まだ5月だというのに暑い。こんなことなら着物ではなく浴衣の方がよかったのだろうかとなまえを見ると、汗一つかいていなかった。
「えっ、暑くないの?」
「ほどほどに暑いよ」
「前々から思っていたんだけどさ、女の子って汗をあまりかかないよね。あれって何でなの?意味が分からない」
「そんなことないよ。普通に汗くらいかくよ」
「そう?ベッドでしか見たことないけど」
「…それ、違う意味の汗なんだけど。やめてよ、外で」
「なに。興奮しちゃった?」
「馬鹿!外で変なこと言わないでよ!」
「セックスは変なことじゃないよ」
「昆!」
なまえの肩を抱くと怒られた。酷い、別にいやらしいことなんて微塵も…とまではいかないけど、それほど考えているわけでないのに。それに、セックスは別に変なことではない。愛し合っている男女がする分には何一つおかしくはない、尊い行為だと私は思う。別にこの場でヤらせて欲しいと言っているわけではないのに、そんな怒らなくても。
着物を返してホテルに戻るとクロが走ってきた。慣れない所で置いていかれて不安だったのだろう。それでも、決して粗相しないクロは猫としてかなり優秀なのではないだろうか。雑種だろうけど、何かのコンテストに出したいくらいだ。
「わぁ。部屋から海が見えるよ」
「えっ、嘘だ」
「何よ嘘って。ほら」
「本当だ。えー、山なのにね」
「いい所だね、ここ」
「老後に住む?」
「私は地元の方が好きだよ」
「そりゃあ残念だ」
浴衣に着替えて内風呂に入る。伸びた髪をピンで纏め上げて湯に浸かるなまえの首筋に唇を寄せる。うなじってどうしてこんなにもそそられるのだろうか。色っぽい。
旅先でなまえと身体を重ねることは何度経験しても高揚して燃えてしまう。非日常だからなのかな。やっていることは同じなのに、いつもよりもなまえが可愛く見えてしまうし、いつもよりも気持ちいい気がする。よがるなまえの色気に満ちた表情の一瞬一瞬を見逃さないよう瞬きするのも惜しいほど目に焼き付けた。あぁ、私はなまえが好きだ。愛しい。
明日は何処に行って何をしようかと話しながら眠りにつく。中日に仕事なんてあるせいで大型とも言い切れない連休となってしまったが、それでも、一つ幸せな思い出が増えた。
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