雑渡さんと一緒! 261


「え、妊娠?北石が?」

「もう佐茂だけどな」

「そういうツッコミは要らない。いま何ヶ月?」

「三ヶ月」

「微妙に計算が合わないね」

「お前、そんなこと気にすんのか?」

「いいや、全然」

「だろ?」


佐茂は嬉しそうに笑った。同期が北石と結婚したというのも驚きだが、まさか佐茂が父親になるとは。何とも奇妙な気持ちになった。はぁー、佐茂がねぇ…
家に帰り、なまえも北石から聞いているのだろうと思い話題に出すと、なまえは驚いていた。どうやら初耳だったよう。


「そっかぁ、きぃちゃんが…」

「何でなまえには言わなかったんだろうね」

「…気を使われたのかな」

「気?どういうこと?」

「ほら、私の方が先に昆と結婚しているから…」

「だから何?」

「その、妊娠が先で気を使ったとか…」

「まさかぁ。あの北石が気なんて使えるものか」

「ねぇ、きぃちゃんを何だと思ってるの?」


北石が気を使うなんてことがあるはずがない。あの図々しい女にそんな繊細な気の回し方が出来るものか。それ以前に、別に気など使う必要がない。それこそ結婚して何年も経っているというのなら話は別だが、私たちはまだ中出しするようになってからそう何月が経過しているわけではないのだ、不妊に悩むには早過ぎるだろう。
珈琲を飲んでいると、なまえが隣に座り、肩を寄せてきた。


「…私、不妊なのかな」

「違うんじゃない?」

「そうかなぁ…」

「子供なんて授かりものなんだから気に病む必要がない」

「うん…」


そうは言ったものの、なまえの元気はなかった。そんな悩むようなことなのだろうか。男の私には分からない、少しセンシティブな問題なのかもしれない。
子供、ねぇ。まぁ、早く出来ればいいとは思っている。なまえによく似た女の子ね。絶対に可愛いし、もう超絶溺愛する自信がある。だけど、別に出来なければ出来なくても構わないとも思っている。なまえと二人で暮らすことに何ら不満がないからだ。毎日楽しいし、幸せだから私は別に…と思うけど、なまえは違うのだろうか。だとするなら、少し寂しい。


「なまえは私と二人で生きるのは嫌?」

「え?嫌じゃない」

「じゃあ、子供なんて気楽に待てばいいじゃない」

「うん。でも、昆は子供欲しいでしょ?」

「まぁ、出来れば嬉しいけど」

「だから早く欲しいなぁって…。調べてこようかな」

「何を?」

「不妊かどうか」

「いいよ、そんなことしなくて」


不妊治療ってよくニュースで見るやつでしょ。何か、女がしんどいやつ。そんなことをなまえにさせてまでは子供なんて欲しくない。なまえがつらい想いをするくらいなら子供は必要ない。私の第一はなまえなのだから。
よしよし、となまえの頭を撫でる。こんなにもなまえが傷付くのなら言わなければよかった。まさか不妊かどうかなんて思い悩むとは。なまえはまだ若いのだし、私が原因で出来ないのかもしれないし。まだそんなことを悩む段階では全然ないと思うけどね。そうなまえに言ったけど、思い詰めたような顔は変わらなかった。そして、重苦しい溜め息を吐いた。


「もし私のせいで出来なかったら離婚してね」

「は…はぁ!?何で!?」

「だって、昆に赤ちゃんを抱かせたいもん」

「それで、他の女と作れって?」

「そう」

「馬鹿じゃないの?なまえ以外の女との間に出来た子供なんて私は要らない。というか、そんなに悩むのならもう二度と中出ししないから。くだらないことばかり言うんじゃない」


好きな女との間に出来た子だから欲しいのであって、別に他の女との間に出来た子など気味が悪いだけだ。なまえと一緒に子供を育てるから楽しいのであって、好きでもない女とそんなことはしたくない。というより、好きでもない女と暮らすなんてごめんだ。苦痛でしかない。
あぁ、苛々する。なまえにとって私は何なのだろう。たかだか子供が出来るか出来ないかで別れる程度の想いしか持っていなかったのだとすれば、非常に不愉快極まりない。これ以上なまえといても険悪になるだけだと思い、私は寝室へと向かった。もういい。子供なんて要らない。二度と中出しなんてするもんか。そう思っていると、泣きながらなまえが追ってきた。しくしくと泣きながら布団に入ってきて、丸まって泣くのを見て、またイラッとした。なに、まだ悩むわけ?


「くだらないことで泣くんじゃない」

「だって…っ」

「もう寝るよ」

「ねぇ、昆。しようよ…」

「嫌だ。しない」

「ねぇ。子供、作ろうよ…」

「嫌だって」

「どうして?出来ないから…?」

「あのねぇ!」


しつこい、いい加減にしろ。私が愛しているのは誰だ。なまえだろう。私が望んでいるのは誰の子供だ。なまえだろう。そんなことも分からないような女とヤる気になどならないし、不妊だと悩んで泣くくらいなら私は別に子供など微塵も欲しくない。子供というのは愛し合った男女の間に出来るものであり、愛されるべき存在だ。仮に私に他の女との間に子供が出来たとしても、それは決して望まれて生まれてきた子供ではない。間違いなくその女とは離婚することになるだろう。下手をしたら子供を捨てることになるかもしれない。私のように親から愛されなかった子供を増やすことは私自身したくない行為だ。自分の生い立ちが不幸だとは思っていないが、それでも親がいるのといないのでは訳が違う。嫌な思いもしてきたし、そんな思いを我が子にはさせたくない。繰り返すけど、私が欲しいのはなまえの子供だ。私が愛しているのはなまえだけだ。そのなまえが傷付き、悲しむくらいなら子供なんて要らない。欲しくもない。
感情的になって、ついそう怒鳴ってしまった。よくよく考えれば、なかなか無神経なことを言ったような気もする。だけど、なまえも無神経なことを言ったのだから、おあいこだろう。ただ、言った後に何となく罪悪感が残ってしまった。


「…ごめんなさい」

「…いや、私こそ」

「………」

「………」

「…ねぇ、もし子供が出来なくてもいい?」

「しつこいよ」

「私と結婚したことを後悔しない?」

「しつこいって」

「私、昆の子供が欲しい…」

「ほぉ?他の男の子でもいいんじゃないの?」

「な、何でそんな、い、意地悪…っ」

「あー、ごめんごめん。もう泣き止みなさい」


つい嫌味を言ってしまい、溜め息を吐いて落ち着かせる。ここでの出方を間違えたら何となく取り返しがつかなくなるような気がした。そのくらい夫婦間で大切なことを話しているという自覚くらい流石に私にもある。
なまえを抱き締めて、何と言うのが正解なんだろうかと考えていると、なまえはまた謝ってきた。涙でボロボロの顔で。


「なまえがいて、子供がいて。そんな生活は憧れだよ」

「…うん」

「だけど、多分子供が生まれても私はなまえを優先すると思うし、なまえの方が愛していると思う。どうしようね?」

「えっ、困る…」

「子供が最優先とはならないと思うなぁ。妻と子供のどちらかしか助けられないって言われたら、迷わずなまえを選ぶ」

「駄目だよ。子供が一番にならないと」

「それは無理な気がするなぁ」

「ねぇ、お父さんになったらちゃんとしてよね?」

「そうだね。父親になるには私はまだ幼いから子供がきっと出来ないのだろうね。神というのは本当によく見ているね」

「…神様なんて信じていないくせに」

「信じてる、信じてる」

「もう、嘘ばっかり…」


ありがとう、と言ってなまえは鼻を啜った。なまえにちゃんと伝わっただろうか。子供なんて授かりものなのだから早いだとか遅いだとか気に病む必要はないのだと。仮に不妊だとしても私が原因かもしれないし、自分ばかり責める必要はないのだと。私が誰よりも愛しているのはなまえなのだと。
ただ、言ったことは実は半分は本音だ。子供が出来たとしても私は多分なまえを優先するだろうし、なまえの方が遥かに愛していると思う。この時は本気でそう思った。人は一人しか愛せない生き物だろう。そう思っていたのだ。この思考が覆るのは実際に子供が生まれてからのことで、種類は違えども複数人に同じだけの愛情を注ぐことが出来ると知ることが出来る日が来るのだが、それはまだ大分先の話である。


[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+