雑渡さんと一緒! 272


前にきぃちゃんに喧嘩の頻度を聞かれた。改めて頻度を考えると、結構言い争っているなぁと反省する。
我が家の夫婦喧嘩を小中大の三段階で現してみると、

小:どちらかが一方的に怒る。当日仲直り。
中:お互いに言い合う。三日以内に仲直り。
大:冷戦。一ヶ月以内に一度、話し合いの場を設ける。

という感じだ。小さな喧嘩は月イチくらい。スーツを煙草で焦がしたとか、私が怪我をしたとか、そういう理由であることが多い。これは喧嘩というよりも小言に近い感じ。中くらいの喧嘩は三ヶ月に一度あるかないか…かなぁ。お互いの意見が違った時に起こることが多く、言いたいことをとにかく言い合う。例によって昆は酷いことを言うし、私は泣き叫びながら応戦することが多い。お互い気まずくなって解散して、各々が反省して仲直りをし、折衷案を二人で考えて終わりになることが多い。仲直りのタイミングを掴むことが難しいけど、お互いが相手を傷付けたことを気にしているから割とスムーズに仲直り出来るパターンだ。普通の喧嘩って感じ。
問題は大きな喧嘩だ。一年に一度あるかないかくらいの喧嘩であり、これは非常に厄介である。まず、お互い言いたいことを言い合わない。二人とも「もういい」となってしまい、お互いが冷静に怒っているからこそ、同じ家に住んでいても目も合わせないから仲直りどころか話し合いをする機会さえもない。前に一ヶ月以上言葉を発せず、だけど解決する見込みもなく、ずるずると喧嘩したことがあったから、こういう時は必ず三週間目の土曜に話し合いをすることにしていた。


「お久し振りです。お元気でした?」

「毎日会ってはいたけど」

「そういう揚げ足取りは結構です」

「左様で。で?」

「はい?」

「その態度で話し合う気?」

「それは致し方がありません。怒っているので」

「そう。お前のそういうところが可愛くない」

「あら。それはそれは」


お互い、ムッとしたのが雰囲気で分かった。こうして話し合いの場を設けるメリットとしては、解決の糸口を見つけられる可能性があることだ。デメリットとしてはお互いに非常に苛々すること。冷たい目線を昆から送られるし、私は冷たい口調でそれに応える。それでも、久し振りに昆と話せてほんの少し嬉しかった。そんなこと絶対に言わないけど。何なら昆に「媚を売るな」とか言われるし。失礼な。
さて、始めようかと昆が言うから、溜め息を吐いて心を落ち着かせる。冷静になろう。冷静に話し合わないと駄目だ。


「何か言うことは?」

「ない」

「は?ありますよね」

「なに」

「この使い込んだお金についてのご説明を願います」

「言う必要がない」

「あります。私はあなたの妻なんですけど?」

「だから何?」

「は?」

「私が稼いだ金を私が好きに使って何が悪い」

「あなたを支えているのは誰ですか」

「頼んだ覚えはない」

「あら、そうですか。それは失礼しました。それはつまり、あなたは私を養ってやっているという認識なのですね?」

「そんなこと…っ、そうだ。そうだろう?」

「そう。では私も働きます。家事はもうしません」

「ほぉ?なまえに何が出来ると言うんだ」

「そうですね、家政婦とかでしょうか。見知らぬ人のご家庭の家事を請け負わせて頂きます。あなたにしていたように」

「お前…っ、そんなことは許さない!」

「怒鳴れば事が思うように進むと思わないで下さい」


いつまでも私が怒鳴られたり冷たくあしらわれて怯えるなんて思わないで。だいたい、家事を頼んだ覚えはないって何なのよ。誰がこの家の家事を担っていると思っているのか。私がいなければ、ワイシャツをクリーニングに取りに行くことも出来ないくせに。別に私は家事をすることを偉いなんて思っていない。外で仕事をしている昆の方がずっと大変だと思っている。だけど、一円も生み出すことの出来ない私だって頑張っている。いつも昆が生活しやすいように頑張っているつもりだ。それをそんな風に言われるのなら、もう昆のために家事なんてしたくない。そう思うのは当然のことだろう。


「なまえは私の妻だ。他人に施しを与えることは許さない」

「あなたのために家事をするよりは有意義です」

「駄目だ、許さない!絶対に許さないから!」

「あなたが使い込んだ100万を取り戻すまでは働きます!」

「使い込んだりなどしていない。あれは貸しただけだ!」

「貸し…貸した!?100万を貸した!?」

「あ、いや…とにかく、家政婦なんて絶対にやらせない!」


しまった、と言いたげな顔をした昆は慌てて席を立った。だけど、聞いてしまったものは追求させてもらいたい。
今回の喧嘩の発端は、何の相談もなく銀行から100万円下ろされていたことだ。そして、何に使ったのかと聞いても教えてはもらえず、深く追求すると昆は怒った。「男には女には言えない事情で金が要ることだってある」とか馬鹿なことを言って。そんなことを言われても納得は出来ない。だって、これは子供が生まれてから使おうって話していたお金の一部だったから。夫婦で話し合って決めた積み立てを勝手に崩しておきながら、そんな訳の分からないことを言うから大喧嘩になったのだ。
貸した?それも100万をポンと?信じられない。私に何の相談もなく人にお金を貸すなんて。それも、100万なんて大金を!


「し、信じられない!誰に貸したのよ!?」

「言う必要がない」

「どうするのよ!返ってこなかったら」

「返ってくるよ。あれはそういう子ではない」

「子!?子って何!?まさか女の子なの!?」

「違う。男だ」

「信じられない…どうせキャバクラで使ったんでしょ!」

「だから違うって!」

「じゃあ浮気なの!?そうなんでしょ!?」

「違うと言っているだろう!」


信じられない。もう、本当に信じられない。そもそも、どうして私に何も話してくれないのだろうか。私って昆の何なのだろう。二人でこのお金はこんな風に使おうと決めた時間は何だったのだろう。そうね、あなたは立場のある人だからお金が急に必要なことだってあるでしょうね。そんなことくらい私だって分かっている。だけど、一言くらい相談してくれてもいいじゃない。昆が稼いだお金だから昆の好きに使ってもいい?じゃあ私は何?私はあなたに振り回されながら一生生きていかなければいけないの?私が専業主婦だからって、発言権は何もないというの?だとしたら私は昆の側にはいられない。だってそうでしょ?夫婦なんだから互いに支え合って生きていくものだと私は思っていたけど、昆はそんな風には思っていないということじゃない。私は自分を大切にしてくれる人と家庭を築きたい。家族を大切にしてくれる人と一緒にいたい。昆はそういう人だと思っていたけど、違うのなら、もう私たちは一緒にはいられない。もう、無理だよ…


「…離婚して下さい」

「は…はぁ!?それは喧嘩では禁じ手だよ!」

「もう無理…」

「離婚には応じない!仮に調停で離婚が決まったとしても生涯付き纏ってやる!私からそう簡単に離れられると思うな」

「あなたが原因じゃない!」

「確かに私は部下に金を貸した。けど、致し方がなかった」

「致し方がないって何よ!?」

「理由などなまえに話す必要がない」

「じゃあ、その人をここに呼んで!」

「それは出来ない」

「どうしてよ!」

「どうしてもだ!私の一存で金を渡した。彼は関係ない!」

「彼って誰!?」

「誰だって構わないだろう!」


互いに怒鳴りあっていると、チャイムが鳴った。いくらワンフロア全てうちだとはいえ、下の家にまで聞こえていたのだろうか。ごめんなさい、うちの馬鹿のせいで、と玄関に行くと、予想外の人が玄関に立っていた。それも直立不動で。


「あれ、久し振り…」

「おう。その…悪かった!全て俺が悪いんだ!」

「はえ…っ!?」

「…あっ。来るなと言っただろう!」

「そうは言ってもよ…お前、もう限界じゃねぇか!」

「いいから帰りなさい。これはうちの問題だ」

「えっ、待って。もしかしてお金を貸したのって…」

「…俺」

「文次郎なの!?」


昆はだから家には来るなと言ったんだ、と頭を抱えた。私が大声を出すと、文次郎は頭を垂直に下げた。それはそれは綺麗な90度だった。思わず私も頭を下げてしまうほど。
100万を巡っての夫婦喧嘩という名の修羅場はどうやら文次郎を交えて、次のステージに移行しそうだ。


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