雑渡さんと一緒! 274
最近、心なしか眠い。春眠暁を何とやら、かなぁ。もう春じゃなくて初夏だけど。今日も暑くなるんだろうなぁと思いながらカーテンを開けて、微動だにしない夫に紫外線を浴びせる。ジリジリと差す日差しが辛かったのか、昆は唸り声をあげながら窓を背に丸まった。
もう放っておけばちゃんと起きる。夏場の休日はこうして起こすことにしている。眉間に寄せたシワを指で伸ばしながら昆に声を掛けると、半分起きているのだろう。ぎゅうっと抱きついてきた。すりすりとお腹に頬を擦られて、困った人だと頭を撫でているうちに私も眠くなってきた。こう、のんびりとした時間があると最近はいつもこうだ。すぐ眠くなってしまう。あと、何となく疲れやすい気がする。早めの夏バテなのかな。夕飯は揚げ物とかにしようかな。何となく元気になりそうだし。それとお味噌汁…は暑いから作るのをやめようかな。最近、ご飯の支度をすると疲れるんだよなぁ。何でなんだろう。身体が凄く怠い気がする。だから、こんなにも眠いのかな。あれ、更年期とかだったらどうしよ。まさかね。
「昆。起きて?」
「んー…」
「もう。私も寝ちゃうよ?」
「んー…おいで」
目を閉じたまま布団を広げた昆の横に寝そべると、もふっと布団ごと抱き締めてきてくれた。折角のお休みなのに二度寝なんてしたくない。だけど、ここ最近の平日はずっと午前中に一度お昼寝をしていたから、この優しい布団の温もりに身を任せたくなった。
すやすやと気持ちよく寝て、私の方がやっぱり先に目が覚めた。隣に寝ている昆はさっきから何一つ変わっていないかと思いきや、カーテンが閉められている。ということは一度起きてからまた寝たのだろう。そうしてまで寝たいのかと思わなくもないけど、まぁ私も寝たかったのだから、あえて何も言わない。ゆさゆさと昆を揺さぶって起こすと、案外あっさりと目を覚ました。二人で欠伸をしてからリビングで朝食を食べる。もう十二時だから朝食というには遅く、だけどお昼というには軽い食事となってしまった。仕方なく家を漁る。出てきたのは、いつもお昼に食べているインスタントラーメンだ。昆は嫌そうにしていたけど、出すと美味しそうに食べ始めた。最近のインスタントラーメンは美味しいんだから。
「珍しいね、こんな物を食べるなんて」
「んー。なんかね、最近ハマってるんだ」
「ふーん」
「それよりさ、午後から買い出しに連れていってね」
「ん。普通のスーパーでいい?」
「うん」
外に出ると6月だというのに暑かった。最近、春が短くて嫌になるよねーなんて話しながら車に乗ろうとすると、ふと目の前が暗くなった。立ちくらみだ。これも最近よくなるんだよなぁ。何でなんだろう。食べてるのに。
私がゆっくり車に乗ると、昆に心配そうに声を掛けられた。
「なまえ?どうしたの、大丈夫?」
「んー…暑くて」
「あー。異常気象だよね」
「あ。そういえば夏用のワイシャツ買わなくていいの?」
「あの薄いやつ?」
「そう。涼しいでしょ?」
「うん。そうだね、何枚か欲しいかな」
「じゃあ、デパートに行こうか」
「ケーキも食べれるしね」
「それが目的なんでしょ」
「ち、違うもん。ついでだよ」
「どうだかねぇ」
意地の悪いことを言う昆と笑い合いながらデパートでワイシャツを選ぶ。同じ白でも、デザインが違えば全然違う。襟や袖に柄が入ったものを何枚か選んでから、お目当てのカフェに来た。ここのショートケーキが美味しくて大好きだ。生クリームがたっぷりで、珈琲とよく合う。
だけど、メニューを見ていたらゼリーが目に入った。フルーツが山のように入った透明なゼリーは何とも夏らしくて、美味しそうだった。ゼリーか…昔はそんなに好きじゃなかったんだけど、今日はとても魅力的に見える。あぁ、でもクリームソーダもいいなぁ。さくらんぼが乗ったやつ。たまに飲みたくなるんだよなぁ…あぁ、でもゼリー…いや、今日はクリーソーダにしよう。うん、炭酸が飲みたいし。でも、ゼリー…
「何と何を迷ってるの?」
「ゼリーかクリームソーダか」
「えっ。その二択なの?」
「うん」
「珍しい…熱でもあるんじゃないの?」
「失礼な。私だってケーキ以外を欲することもあるの」
「そう。じゃあ、両方いけば?」
「いいの?そんなことして」
「いいんじゃないの?別に」
そんな、暴力的な食べ方をしてもいいのなら、そうしたい。甘いものを食べながら甘いものを飲むなんて最高に美味しいに決まっている。やったぁ、と店員さんを呼ぶ。その隙に、と昆は煙草を吸いに喫煙スペースに行った。
メニューを閉じようとしたらオススメのコーナーに書いてあるレモンスカッシュが目に入った。レモンスカッシュかぁ…
「あれ。クリームソーダはどうしたの」
「今日は暑いからレモンスカッシュにしてみた」
「また珍しいものを…」
「あ、美味しい。飲んでみる?」
「甘い?」
「ううん。まだシロップ入れてないから」
「ふーん…うわっ!何これ!?」
「レモンスカッシュ」
「酸っぱいじゃない!よく飲めるね、こんなもの」
「美味しいよぉ」
本当はシロップを入れるものだけど、今日はなし。それでも酸味と炭酸のピリッとした感じが美味しかった。
ゼリーを口にしていて気付いたけど、やっぱりゼリーの気分じゃなかったかもしれない。ゼラチンの食感が気持ち悪い。ゼリーってもっと美味しいものだと思っていたんだけどな。年をとったら味覚が変わるって言うし、変わっちゃったのかな。先月食べたゼリーは美味しく感じたはずなんだけど。
「…なんかさ、やっぱり変じゃない?」
「何が?」
「なまえ。体調が悪いんじゃないの?」
「全然?むしろ元気だけど」
本当だろうね?と念を押された。信頼がないなぁ。身体の不調は隠していてもいずれバレるし、バレた後とんでもなく怒られるから隠さないのに。本当に何ともないし。
何でもないないと言いながら家に帰り、夕飯は有言実行で唐揚げを揚げた。だけど、揚げているうちにお腹がいっぱいになってしまい、あまり食べられなかった。やっぱり夏バテなのかもしれない。昆はとても心配そうにしていたけど、私は何ともない。本当に何ともないのだ。ほんの少し怠いだけ。
「ねぇ、それよりさ。明日はどっちのワイシャツ着る?」
「なんで?」
「楽しみだから」
「なにが?」
「新しいワイシャツが」
「何でなまえが楽しみなの?」
「だって昆のスーツ姿が好きだから。楽しみだなぁ、新しいネクタイと合わせるの。絶対に昆によく似合うよ」
「…あっそ」
あ、照れたーと私が茶化すと、昆が頬杖をつきながら私を睨んだ。だけど、その眼光は鋭くない。どちらかといえば、愛しそうに見える。あぁ、幸せだなぁ。
このまま二人でこうして生きていくのも悪くないのかもしれない。もし子供が出来なくても、昆となら楽しく生活し続けることが出来そう。もう私は子供は出来ないような気がしていた。生理が近付くにつれてドキドキしたり、がっかりしたりすることを繰り返していくうちに私の生理は不順になってしまい、病院に行くとストレスだと言われた。初めはもちろん落ち込んだ。だけど、何度も何度も昆に慰めてもらって、ようやく踏ん切りがついた。この人と一緒なら子供なんていなくてもいい。二人で生きていくのだって悪くはない。
これだけは言わせて欲しい。ちゃんとこの時はそう思えていた。だけど、幸せの形が変わったの。泣く昆にそう言いながら涙を拭うと、昆はとても悲しそうに唸った。泣かないで、私は側にいるから。どんな形であろうとも、ずっとあなたの側にいるから。だから、笑っていて。きっと大丈夫だから。
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