雑渡さんと一緒! 286
二人で産婦人科に来た。今日は予定されていた健診日ではない。三人で幸せになるために出来ることを聞きにきたのだ。
「今、出来ることは安産を目指すことくらいです」
「どうしたら安産になりますか?」
「適度な運動と体重コントロールでしょうか。太ると子供が大きくなり、出産が長引く傾向にあります。お産が長引けばそれだけ心臓に負担が掛かりますから」
「帝王切開の方がいいんでしょうか?」
「雑渡さんの場合は経膣分娩の方がリスクが低いです。子宮からの出血が止まらなくなり、最悪多臓器不全になります」
「運動ってランニングとかですか?」
「そんなはずないでしょ!」
「そうですね。早産は避けるべきなので、ウォーキングとかヨガとか…雑渡さんは極端なので、指導に従って下さいね」
「はーい…」
何だろう、絶対に馬鹿だと思われている。先生にも、昆にもそう思われていそうだ。私は極端、なのかなぁ…
助産師さんからのお話で更にそれが露呈することになる。薬を飲まずにしばらく過ごしていたことがバレてしまった。昆が低い声で「私をそんなにも死なせたいのか」と言ったことで、助産師さんからは頭のおかしな夫婦だと認定されていそう。恥ずかしいし、居た堪れない。どんな夫婦なのよ、私たちは。絶対にメンヘラな夫婦だと思われた。やだ、もう…
「恥ずかしいから黙っててよ…」
「はぁ?何が恥ずかしいって?」
「普通にしてて」
「至って普通ですけど?」
「じゃあ、普通を改めて」
「無理だね。私を夫として選んだ時点で諦めるべきだ」
「何なのよ、その開き直りは!」
「なまえが極端なのが悪いんだ」
「私のせいなの!?」
「はーい。はい、ストップ。そういう喧嘩も安産には悪影響ですからね。穏やかに過ごすことを意識して下さいねー」
「…はい」
「旦那さんも分かりましたね?」
「…はい」
「それと、雑渡さんは痩せすぎです。あと5キロくらい増えてもいいくらいですから。ちゃんと食べられていますか?」
「あんまり…」
「まだ悪阻が酷いですか?」
「まぁ、ストレスで…」
「あれ。私のせいだって言いたいの?」
「そんなこと言ってないでしょ!?」
「どうだか。だいたい、なまえはねぇ…」
「ほら!そういうのはなし!」
「はぁい…」
二人で助産師さんに怒られて部屋を出る。あぁ、絶対におかしな夫婦だと思われた。恥ずかしくて埋まりたい…
次に循環器内科の診察室に入る。先生にお産について聞いたら、やっぱり安産しかないと言われた。安産を願う妊婦しかこの世にはいないのではないだろうか。難産の方がむしろいいという人がいたら、それこそ頭がおかしいと思う。
「雑渡さんは人より心臓が小さいです」
「えっ!奇形ってことですか?」
「まぁ、そうですね。おまけに、血管も細いんです」
「そ、それってどうしたら…」
「前に手術でステントを入れたので血管は大丈夫です」
「ステントって、あの金属の…」
「そうです。血管の詰まりを知りたいかもしれませんが、造影剤を使用するので、妊娠中はあまりお勧めできません」
「今、出来ることは…」
「ですから、安産を目指すことです」
安産、かぁ…神頼みしかないのかな。そうだ、神社に行ってお守りを買おう。安産守り的なのが欲しい。
昆にそう言う前に神社に連れて行かれた。初詣以外に神社に来るのは初めてだ。お守りを買って、絵馬を書き、祈祷までしてもらってから、お母さんのお墓に向かった。報告と、どうか無事に産めるよう見守っていて欲しいとお願いをする。
「お母さん、怒ってるかなぁ…」
「そうだろうね」
「でも、応援してくれるよね?」
「そりゃあ、この状況ならね」
「…昆もまだ怒ってる?」
「あぁ、怒っているとも。当たり前でしょ」
「んー…」
「だけど、そんなこと言っていたって何も始まらない。今出来ることを私たちはすべきだ。だから、もっと食べなさい」
「食べたいよ。でも、食べられないんだもん」
「ケーキは?」
「あんまり…」
「食べたい物とかないの?」
「うーん…あ、すいか?すいかが食べたい」
「ん。じゃあ、買って帰ろう」
そんな高くなくてもいいのに、わざわざデパートの果物屋さんですいかを買ってから帰宅した。包丁で割ると信じられないくらい綺麗な断面で、思わず見入ってしまう。
テーブルを指でコンコンと叩く昆の元にすいかを持っていくと、気を紛らわせるためかガブリと食らいついていた。また禁煙を始めた昆は前よりも辛そうに見えた。別に禁煙なんてしなくてもいいのに。昆を取り巻く空気がピリついている方がどちらかといえば私は嫌なんだけど。まぁ、ね。煙草なんて百害あって一利なしと言うし、辞められるものなら辞めた方がいいと思う。煙草を吸っている昆も好きだったけどね。
「あぁ、いいね。甘くて煙草を吸う気が失せる」
「そういうものなの?」
「私はそうだね。元々甘い物が好きではないから」
「ふーん。あ、本当だ。甘くて美味しい」
「これ、くり抜いて何だっけ、ほら、あの…」
「フルーツポンチ?」
「そう、それ。それを作れそうだね」
「いいね。作ったら食べる?」
「ん。何がいるの?」
「えっと、フルーツ缶と、ゼラチンと…」
「食べたら買いに行こうか。で、浜辺でも歩く?」
「海!」
「入らないよ?歩くだけ」
「うん!行きたい!」
「いいから前を向いて食べなさい。垂れてる」
口の周りがすいかでベタベタになっていたけど、昆が拭ってくれた。すいかは美味しいけど、食べるのが難しい。
帰ってきたばかりだったけど、車で海に連れて行ってもらった。波音も潮風も気持ちがいい。ちらほらと浜辺を散歩している人たちがいて、海沿いに住んでいる人たちが羨ましくなった。この綺麗な景色を忘れたくない。あの波に命を持っていかれたくない。海に還るのは、まだずっと先がいい。
「なまえはさ、どうして海が好きなの?」
「綺麗だから?」
「海が?私はどちらかというと怖いけどね」
「泳げるのに?」
「創り上げたものを一瞬で飲む力があるじゃない。まるで人の命の儚さを表しているようで、私は海が怖いよ」
「わぁ、暗い」
「悪かったね、ネガティブで」
「大丈夫、例え波に飲まれてもまた創ればいいんだよ」
人はそれだけの強さがあると私は思う。どんなに辛くても、前を向いていたら必ず明るい未来が待っている。そう信じている。人は幸せになるために生きているんだから。
私が笑いながらそう言うと、ぎゅっと昆に手を握られた。
「私はなまえと幸せになるために生まれてきた」
「大袈裟だなぁ」
「いいや。私はなまえのために生きる。だから、なまえも私のために生きて欲しい。年老いるまで私の側にいて欲しい」
「プロポーズみたい」
「ふ…そうだね。また式でも挙げる?」
「あ、子供が生まれたら写真を撮りに行こうね。私、何色の着物を着ようかなぁ。披露宴の時の着物、綺麗だったよね」
「あぁ。なまえによく似合っていたよ」
「ねぇ…子供が生まれても、私のことを愛してくれる?」
「分かりきったことを…誰よりも、ずっと愛しているよ」
波音を聞きながら唇を重ねた。ぎゅうっと抱き締められながら「お願い、いなくならないで」と囁かれる。
いなくならないよ。どんな形であろうとも私は昆の側にずっといるから。生きていても、死んでも私は昆の側にいる。だから、泣かないで。幸せになるために私たちはこの世に生まれてきた。昆は私と幸せになるために生まれてきたと言った。私も昆と幸せになるために生まれてきたんだ。あなたは私の全てなの。だから、二人で幸せになろうね。それで、子供を幸せにしてあげるの。いつか他の誰かに愛され、幸せにしてもらう日まで、ずっと幸せを分け与えていこう。それは一人では成し得ないことかもしれない。だけど、昆となら出来るよ。あなたほど愛情深い人を私は知らないから。
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