雑渡さんと一緒! 287


「みどり、みかさ、みく、みこ…」

「"み"ばっかりだね」

「"み"から始まる名前がいいんだ」

「どうして?」

「何となく縁起がいいから」

「そうなの?」


あの時に見た夢で子供は自分のことを"みーちゃん"と言っていた。あれはただの夢だ。だけど、三人で生きることが出来る未来の足掛かりになるかもしれない。ただの験担ぎだけど、それでも、幸のある未来を掴めるのならばそうしたい。


「み…ミルク?ミント?あ、みかん!」

「どうしても食べ物の名前に拘るね」

「ミルクティー?」

「却下。あり得ない。絶対に嫌」

「女の子なんだから可愛い名前がいいよ」

「可愛い?ミルクティーが?」

「可愛いじゃん。ほんわかしていて」

「そうだね、可愛いね。なまえの頭が」

「あ、また馬鹿にして!」


いや、だってミルクティーってなに。百歩譲ってミルクならまだしも。いや、ミルクも個人的にはどうかと思わなくもないけど。響きだけで名前はつけるものではない。
後は字画とか?でもなぁ、結婚したら名字なんて変わるものだし、あまり占いとか風水って好きじゃないんだよなぁ…


「ミルクティー…」

「しつこいよ」

「違うよ。飲みたいなぁって」

「飲めば?」

「飲みたいなぁって」

「あぁ、はいはい。分かりましたよ、お姫様」

「やったぁ」


仕方なく、本を閉じて車の鍵を持つ。なまえが指定したカフェに行くと、信じられないくらい多くの家族がいた。小さな子供が大勢いて、賑やかな雰囲気のカフェは私たちが普段行っていたカフェとは大きく異なる。
通された席でメニューを開くと「デカフェ」と書かれているのが目に入った。デカフェって一体、何のことだろうか…


「私、デカフェのミルクティーにする」

「ねぇ、デカフェって何?」

「ノンカフェインのことだよ」

「あぁ、decaffeinatedの略か」

「…は?何て?」

「いいよ。なまえはどうせ英語は分からないんだから」

「あ、また馬鹿にしたでしょ!」

「してないよ。いや、世の中には色んな物があるなぁ、と」

「そんなニュアンスじゃなかったよね!?」

「ほら、安産に悪いよ。落ち着いて」

「もう…えいっ、こうしてやるんだから!」


ポトンと角砂糖を山ほど水に入れられる。いや、別に飲まないからいいんだけどさ、そう簡単には溶けないよ。というか、勿体無いからやめなさい。
残念ながら、なまえはあまり勉強の出来る子ではないからなぁ。英語然り、理科然り。飽和状態なんて小学校で確か習った気がしたんだけど。まぁ、どうせ言ったところで理解されなさそうだから何も言わないことにした。子供が生まれたら私が勉強は見てやらないと。別に賢くなくたって構わない。程々に出来ればいいと思う。なまえは程々以下だから。
席に運ばれてきたデカフェというものを一口貰う。あまり紅茶を飲まないから分からないけど、まぁ普通な気がする。


「あ、美味しい。ねぇ、帰りに茶葉を買ってもいい?」

「どうぞ」

「デカフェの珈琲もあるんだよ」

「へぇ。それ、ちょっと興味あるな。美味しいの?」

「たんぽぽ珈琲とか有名だよね」

「なにそれ。たんぽぽを煎じたってこと?」

「さぁ?そうなのかな」

「漢方みたいだね。絶対に不味いよ、それ」

「仕方ないじゃん。珈琲も飲めないんだから」


いや、絶対にもっと美味しいノンカフェインの珈琲があると思う。ただ、私からカフェインを抜くのはなかなか辛いものがある。一日に摂る水分の三分の一は珈琲なのだから、カフェインがなくなると身体がおかしくなりそう。
妊婦って大変だなぁ。照星が言っていたように男が出来ることなんてないに等しい。本当、なまえには頭が上がらない。


「代わってあげられたらいいのに」

「妊娠を?」

「そう。大変そうだから」

「いいの。この子を身近に感じられるのは私の特権だから」

「あぁ。今日も元気?」

「今朝はね、この子に起こされた」

「どうやって?」

「多分ね、蹴られたんだと思う。びっくりした」

「え?もうそんな動くの?」

「昆が側にいると凄く動くんだよね」

「…なに。私は生まれる前から嫌われてるの?」

「いや、多分好きなんだよ。パパっ子なんだよ」


そう言ってなまえは腹を撫でた。羨ましいような羨ましくないような。何とも言えない気持ちになる。
娘が生まれたら多分、相当甘やかすと思う。ベタベタに甘やかして、それこそ欲しがる物は何でも買ってあげて、パパ大好きーって言われたい。大人になったらパパと結婚する、とかね。そういうの、憧れるな。言われたら言われたで困るんだろうけどね。残念ながら、娘とは結婚は出来ないから。


「…あ。義父さんに言ってない」

「あ、本当だ」

「やばい…早く言わないと」

「今日はいいよ。また今度」

「駄目だよ。あれ、絶対に喜ぶから」

「だから、今度でいいって」

「何で?」

「お父さん、絶対に煩いから。今日は朝早くから、みーちゃんに蹴り起こされたから昆とのんびり過ごしたいの」

「みーちゃん、ね…」

「え?"み"から始まる名前がいいんでしょ?」

「まぁ…」

「じゃあ、呼び方はみーちゃんでしょ。ね、みーちゃん」


名前はまだ未定なのに"みーちゃん"という愛称は先に決定してしまった。私が子供を愛称で呼ぶとは思えないから、なまえが子供をそう呼んでいたのだろうか。だからあの子は自分のことを"みーちゃん"と言ったのだろうか。どうか、どうかそうであって欲しい。あれをただの夢で終わらせないで欲しい。私はまたあの子に会いたい。あの可愛らしい笑顔をまた見たい。だからあの子の名前は"み"から始まるものにしないと。み、み…あぁ、駄目だ。全然出てこない。


「みのり、みき、みなみ…」

「ミックスジュース、ミックスオレ、ミラノサンド」

「ねぇ、頼むから余計なこと言わないで」

「ゆっくり考えればいいんだよ。名前って大切なことだし」

「まぁねぇ…」

「みーちゃんの未来のことを考えてつけないとね」

「…未来?あぁ、そうか。"みらい"だ」

「え?」

「"みらい"がいい」

「何で?」

「私となまえの未来を繋いでくれるから、"みらい"」

「そんな、身勝手な…」

「まだ見ぬ幸せな未来を掴めるように、さ。いい名前だよ」


願掛けでもありながら、子供の将来も暗示するようないい名前だと思う。愛称も"みーちゃん"になるし。
ペラペラと私が言葉を並べると、なまえは嬉しそうに腹を撫でた。その表情から名前を受け入れられたということが分かる。なまえはいつの間にか聖母のような慈しむ顔を腹に向けるようになった。それは私には向けたことのない母親の顔で、優しさと強さに溢れた美しいものだった。
こうして娘の名前は「みらい」に決まった。まだ漢字までは考えていない。それこそ、ゆっくりと名付け辞典を開きながら決めればいい。あの子にぴったりの、可愛らしい名前をなまえと二人で考えよう。幸せな未来を呼び寄せるために。





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