雑渡さんと一緒! 292
聞いてはいた。人生で経験した中で一番痛い、と。だから正直なことを言えば出産が怖かった。だけど、今朝までは痛いとはいっても別に我慢出来ないほど痛いわけではなかったから、耐えられると思っていた。ドラマみたいに汗をかきながら痛みに耐えるお母さん、という感じなのかと思っていた。
だけど、現実は酷いものだった。必死に息を吸っているつもりなのに陣痛のたびにみーちゃんのアラームが鳴るし、私は悲鳴をあげてしまった。あぁ、どうしよう。全然綺麗なお産じゃない。絶対に昆も引いてる…と落ち着いてから昆の顔を見ると、心配そうな顔をしていた。そうだよね、心配だよね。ごめんね、こんな奥さん嫌だよね。あ、泣きそう。こんなことになると知っていたら立ち会い出産なんて拒否したのに。
「え、えへ…ごめんね、騒いで」
「そんなこと気にしなくていい」
「あ、あのね…えっと、もう昆は外に出る…?」
「どうして?」
「だって…」
「なまえ。お婿さんになまえの勇姿を見せてやりな。何も恥ずかしがることはないんだよ。なまえは立派なんだから」
「なに。恥ずかしいの?何が?」
「だって、大騒ぎして…」
「それだけ痛いってことでしょ?ありがとう。頑張って」
優しく笑い掛けながら私の頭を撫でてくれる昆が愛しくて、おばあちゃんの前だけど泣きそうになった。私は一人じゃないんだ、そう思えた。こんなにも心強いことはない。
そうこうしているうちに、痛みの種類がまた変わってきた。何か、もう死ぬんじゃないかと思うほど痛い。子宮口が全開にならないと生まれてこないと言われ、先生に今どのくらいですかと聞くと、あと3センチだと言われた。嘘でしょ、死ぬ。もう無理、死ぬ。このままだと痛過ぎて死んじゃうよ!
「嫌!もう無理…い…たぁっ」
「はい、息を吸って」
「あの…みんなこんなに痛がるものなんですか?」
「そうですね。むしろ、安産傾向にありますよ」
「嘘だ!もう無理ー!」
「が、頑張って、なまえ」
お母さんって凄いんだな。私もこんな風に生まれてきたのだろうか。この世の全てのお母さんに称賛を送りたいし、今すぐにでもお母さんに反抗期の時はごめんなさいと謝罪に行きたい。こんなにも大変だって知っていたら、もっと感謝していたのに。あ、ヤバい…何かヤバい!
ふっと意識が遠のいた。昨日の夜は痛くてあまり眠れなかったから、眠かったのもあったのかもしれない。遠くで昆が叫んでいるのが聞こえたけど、目を開けられなかった。
だけど現実はそう甘くはなくて、陣痛は嫌でも来る。それで目が覚めた。痛みで目が覚めるって、なかなか辛いと思う。
「あ、よかった!大丈夫!?」
「大丈夫じゃない!」
何一つ大丈夫じゃない。どんどん痛くなるし、間隔は狭まってくるし、終わりは見えないし。もうやめたい。
だけど、この痛みとはまた別の痛みを体験することになる。メリメリと音を立てているのではないだろうかと思うほどの痛みが走った。明らかに狭い所を何かが通ろうとしている。
「ひぃ…っ」
「はい、頭見えてますよ。もう少しだから」
「あ、あ…い…いた…っ」
「お婿さん。なまえの手を離すんじゃないよ」
「分かってる」
「ひ、あ…あぁっ」
「次で最後かな。はい、いきんで」
いきむも何も、もうずっと力を入れている。多分、下手くそなんだと思う。ごめんなさい、下手で。でも、無理。
ずるん、と何かが落ちたような感覚になった。不思議とその後は全く痛くない。あれ、もしかして終わったの?泣き声とか全然聞こえないけど、みーちゃんは大丈夫なのだろうか。
昆を見ると、青ざめた顔をしていた。その表情から、あまりよくない状況であることが伺える。嘘、みーちゃんはどうなったの?もしかして、死産だったってこと?どうしよう、みーちゃんの顔が見たい。私のみーちゃん…と思っていると、また痛くなってした。あ、もしかして胎盤が剥がれ落ちるというやつなのだろうか。またこんな痛いなんて聞いてない。
さっきの痛みを覚悟したけど、急に全然痛くなくなった。ふわふわしていて、どこか気持ちがいい。昆が何かを言っているのが分かるけど、何も聞こえない。まだ顔色は悪いし、今にも泣きそう。どうしたの、と言いたかったけど声が出なかったから昆に笑い掛ける。あぁ、どんどん意識が遠のく…
「よく頑張ったね」
「あれ…?」
「ありがとう。立派だった」
「え、あれ…夢?」
「そうだね。こんな悪夢はもう見なくなるから大丈夫だよ」
「ねぇ。お母さんになるって、どんな気持ち?」
過去の昆と私に話し掛けられた。あれ、私霊感なんてあったっけ。あぁ、でも前に二人に会ったことがあった。
二人は、私たちをいつも見守っていてくれたのだろうか。
「もう大丈夫。彼と幸せになってね」
「私たちはいつも二人の幸せを願っているよ」
「えっ。え…」
「彼のことなら私たちに任せて」
「本当、よくあんなのと一緒にいられるね。我ながら恥ずかしいよ。あんなのが私だと思われること自体が不愉快だ」
「彼って、昆のこと…?」
「そう。君がそう呼ぶ男は実に情けない」
「…そんなことないですよ」
確かに、昆はすぐ泣く。すぐ嫉妬するし、すぐ拗ねるし、だらしないし、子供っぽい。過去とは本当に大違い。だけど、私はそんな昆のことが好き。別に強くなんてなくていい。完全じゃなくたっていいんだ。私が側で昆を支えるから。二人で一つだから。どちらかが欠けたら物足りなく感じるくらい私は昆に依存している。だから、昆も私に依存してくれていい。二人とも親になるには幼いかもしれない。だけど、それでいい。完璧な人間なんてどこにもいない。不完全だっていい。二人で少しずつ成長していければ、それでいいんだ。私と昆なら成長していける。関係を築いていける。どんなに辛い未来だって受け入れていける。だから私は強くなれる。
私がそう言うと、二人は優しく微笑んでくれた。そして、すうっと消えていった。私たちは二人の分まで幸せにならないといけない。未来に向かって歩いていかなければならない。それが私たちがまた出会えた意味だから。運命なんて気安く言葉にするものではないのかもしれないけど、昆は私の運命の人だから。私たちがまた出会えたのはただの偶然だったかもしれない。だけど、私たちが愛し合うのは必然だった。過去に出来なかった幸せな未来を二人でこの手に掴むために。
[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる