雑渡さんと一緒! 294


「みーちゃん、どうだった?」

「可愛かった」

「いいなぁ。私も早く会いたい」

「まずはICUから出ないと」


リットル単位で出血した私は産後、ICUに入れられてしまった。母子同室を楽しみにしていたのに…と思ったけど、みーちゃんも保育器に入っていて外には出られないらしい。
昆が興奮気味にみーちゃんがいかに可愛いのかを語るのを聞くのが日課になってしまった。日課といえば、もう一つある。搾乳だ。あんなに痛い想いをしたのに一滴しか出なかった時は悲しくて泣いてしまったけど、もうちゃんと出るようになった。ただ、痛いには痛いけど。助産師さんに慣れますか?と聞くと、絶対に慣れますよと言われ、ホッとする。どうかこの痛みが一日でも早くなくなりますようにと願いながら絞った母乳を今日は昆が飲ませてくれたようだ。その姿がまた何とも可愛かったと言われ、悔しくなってしまう。


「私もみーちゃんに会いたい!」

「無理だよ。今日、やっと車椅子に乗って気分が悪くなったんでしょ?もしまた出血でもしたらどうするつもりなの」

「大丈夫だよ。もう平気」

「なまえ。怒るよ」

「う、うぅー…昆ばっかり狡い!」

「心配しなくても、すぐ会えるよ」


よしよしと頭を撫でられ、あっという間に10分経ってしまった。ここは子供とお母さんのためのICUだ。個室とはいえ、面会時間は厳しく決まっていた。昆は例の如く騒いだけど、助産師さんに断固として断られてしまい、何なら私のことを想うのなら休ませてやれと諭されたそうだ。昆があんな風に言い負かされるのは珍しい。というより初めて見た。私もあのくらい強くなりたい。
昆が帰った後、助産師さんからの指導が入る。自分のことだけ考えていればいい入院生活というわけではなく、退院してからのことをたくさん指導された。生まれる前にお人形で経験した沐浴をこれから私がやらないといけない。まだ首が座っていないから、ちゃんと支えないといけないとか、手早くやらないと負担になるとか、お湯の温度を間違えると火傷するからちゃんと測れとか…本当に多くのことを言われてパニックになる。これをサッとやることなんて私に出来るのだろうか。サッとお湯から出して、サッと拭いて、サッと服を着せて…私では無理な気がする。というか、絶対に無理だと思う。


「…これも慣れますか?」

「慣れますよ」

「私に出来るかなぁ…」

「初めは旦那さんと一緒にやるといいですよ」

「あ、そうか。そうします」

「育児は一人でするものではありませんからね」


昆なら上手くやれそう。仕事から帰った昆にやらせるのは申し訳ないけど、昆なら絶対に手伝ってくれることは分かりきっていた。むしろ、喜んでやってくれそう。
早くICUを出たい出たいと思っていると、翌日それはあっさりと叶うことになる。ただし私ではなく、みーちゃんが。


「未來、ほら、ママだよ。会いたかったね」

「みーちゃん!」

「なまえ、起き上がって平気なの?」

「うん!ねぇ、みーちゃん」


昆がプラスチックのコットに乗ったみーちゃんを部屋まで連れてきてくれた。コットの周りにはふわふわの布とレースがあしらわれていて、見ただけでも可愛い。
みーちゃんに手を伸ばすと、昆が抱かせてくれた。五日ぶりに顔が見れた。おまけに、あの時はぎゅうっと嫌そうな顔をしていたみーちゃんが目を開けている。くりくりの大きな目でじっと私を見ている。白くて透明感のある肌はふくふくというわけではない。どちらかといえば腕とか細くて羨まし…じゃなくて、不安になる。か弱くて、今にも折れそうだ。


「…何か、折っちゃいそう」

「やめてよ」

「折らないよ。でも、弱そう」

「だから私たちが護るんだよ」

「あ、そっか」

「可愛いねぇ。なまえに似るんだよー」

「無理だよ、もう」

「なに、無理って」

「みーちゃん、昆にそっくりじゃない」


目なんて昆を可愛くしたみたい。遺伝子の強さを感じる。昆に似て綺麗な子になりそう。背も伸びるのかな。私と足して割ったらいい感じの身長になるんだけど。
私が抱っこすると、みーちゃんは泣いた。泣き声も可愛い。


「下手くそ」

「え?」

「貸してごらん。こう抱くんだよ」


すっと昆はみーちゃんを抱き、ゆらゆらと揺れた。ただそれだけで泣き声が小さななっていって、みーちゃんがうとうとしてきたのが分かる。嘘でしょ、何でそんなに上手いの?


「…まさか、既にお子さんがいるとか?」

「は?誰に?」

「昆にみーちゃん以外の子供が」

「なまえちゃんはそんなにも私に怒られたいのかな?」


ずいっと顔を近付けられ、睨まれる。だって、慣れているから隠し子でもいるのかと思った…って冗談じゃない。
みーちゃんの前で怒るのはよくないよ、と私が言うと昆はみーちゃんを抱っこしたままキスしてきた。意識が半分みーちゃんに向いているからだろうけど、触れるだけの短いキス。


「未來の前で変なこと言わないで」

「みーちゃんの前でキスしないで!」

「するよ。これからもする」

「やめてよ!教育によくないよ!」

「親の仲がよくて何が教育に悪いの」

「馬鹿!」

「あぁ、ほらそんな大声を出すから…」


私が昆を怒ると、みーちゃんがまた泣き出した。え、私が悪いの?絶対に昆の方が悪いと思うんだけど。
よしよしとみーちゃんをあやす昆を見ていると、まだまだ怒りたかったけど怒りがなくなってしまった。みーちゃんをあやす昆の顔が本当に幸せそうだったから。今にも溶けそうなほど柔らかい顔をして笑っている。その顔を見ているだけで私まで幸せな気持ちになってきてしまった。


「…ねぇ、みーちゃんって可愛いね」

「そうだね。世界一可愛い」

「やっぱり、みーちゃんは昆のことが好きみたい」

「それは嬉しいことだね」

「大切に育てようね、昆」

「うん。絶対に大切にするよ」


そっとみーちゃんをコットに寝かせた昆は私を抱き締めてきた。産んでくれてありがとう、と優しい声で言ってくれた昆を嬉しくなって私も抱き返す。多分、子育ては不慣れなことの連続なのだろう。上手くいかなくて悩むことも、きっとたくさんある。だけど、その度にたくさん悩めばいい。一緒に悩んでくれる人が私にはいるのだから。


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