雑渡さんと一緒! 61


日用品の買い出しのためにドラッグストアに来た。カゴにラップや洗剤を入れていると、雑渡さんはビールを二本入れてきた。そして、またふらふらとどこかへ消えていってしまった。お酒を買う以外のことで私から離れるなんて珍しい。
後を着いていくと、雑渡さんは真剣な顔をして棚を睨んでいた。腕を組んで首を傾げては溜め息を吐いている。一体何を見ているのかと思えば、そこは避妊具が陳列されたコーナーだった。雑渡さんは私とする時は頑なに使おうとしない。つまり、これは私以外の誰かと使おうとしているということ。私と買い物に来ているのに、これはあまりにも酷い。
あまりにもショックで私は雑渡さんの腕を思いきり叩いた。


「酷い!雑渡さんの浮気者!」

「痛…えっ、なに。何で浮気?」

「誰と使うつもりですか!?」

「そんなのなまえに決まっているでしょ」

「嘘つき!絶対に使わないって言ったのに!」


いやまぁ言ったけどさ…と雑渡さんは溜め息を吐いた。
沸々と怒りが湧いた後、急に悲しくなってきた。せめて浮気をするのなら隠し通して欲しかった。いや、浮気なんてもちろんしないで欲しいというのが本音だけど。雑渡さんは私なんかとするのが嫌になっちゃったのかな。私、別にスタイルよくないし。飽きられちゃったのかな。そう思うと涙が出てきた。それを見て雑渡さんはギョッとした顔をした。


「えっ。何で泣くの!?」

「だって、雑渡さんが浮気しようとするから…」

「違うって。というか、待って。落ち着いて」

「私に飽きちゃったからって…っ」

「違う。分かった。分かったからもう帰ろう」


人にジロジロと見られているというのに私はボロボロと泣いてしまった。揉めている場所が場所なだけに流石の雑渡さんも恥ずかしくなってきたのか、私をレジに引っ張っていき、車に荷物と私をぎゅうっと詰め込んで溜め息を吐いた。


「…なまえってたまに凄い行動に出るよね。肝が冷えたよ」

「だって!酷いじゃないですか!」

「だから違うって。本当になまえと使おうと思ったの」

「今さらですか!?」


雑渡さんとそういうことを初めてした時に絶対に生でしかしないと宣言していたくせに。あの時私がどんなに困ると言っても聞いてはくれなかったのに。なのに、今さら使おうと思うはずがない。どこの誰と使おうとしているのよ!
私が泣きながらそう言うと、事の詳細を教えられた。


「分かった?そういうわけで、どれがいいか悩んでたの」

「いや、本当に今さら過ぎませんか?」

「今からでも別に意味はあるでしょ。まだ出来ていないし」

「そうですけど…」


だったら、初めから使って欲しかった。私がどんなにお願いしても頑なに使うことを嫌がるから大切にされていないんじゃないかと思ったじゃない。私がそう言うと、雑渡さんは凄く驚いていた。そんな発想になるのか、と。
雑渡さんと私の間で認識に違いがあったようだ。ただ、これは私の方が真っ当な意見なのではないだろうかと思う。


「あれはどうでもいいと思ってる女と使う物だと思ってた」

「普通逆ですよ!?」

「そうなの?だって、なまえとの間に子供が出来ても別に私は困らないし…そうなんだ。そんな風に思っていたんだ…」


雑渡さんは困ったようにハンドルに顔を埋めた。そして、今まで悪かったねと言って溜め息を吐いた。
本当に雑渡さんは反省しているのだろう。車を別のドラッグストアに走らせて再び避妊具の陳列棚に向かったのだから。よくよく考えると、男女でこんな所にいることは恥ずかしい。まるでこれから使いますと言わんばかりのことだから。今まで売り場に近寄りもしなかった私は思わず目を逸らしてしまった。知っている人に見られていたらどうしようかとヒヤヒヤしていると、雑渡さんはとんでもないことを言った。


「駄目だ、分からないからなまえが選んでよ」

「わ、私がですか!?使ったことがある人が選んで下さい」

「使ったことといってもねぇ…別にどれも同じなんじゃないの?誰とやっても大して気持ちよくもなかったんだから」

「えっ。そうなんですか?」

「何かねぇ…んー…まぁ、高い物なら間違いないんじゃない」


黒いパッケージの箱を手に取ろうとした雑渡さんの腕を引いて止めた。これを使って気持ちよくなれないのなら、それはそれでどうなのだろうかと思ったからだ。別に避妊方法なんて他にもある。私が薬を飲むという手だってあるし、そもそも雑渡さんにだけ避妊を任せるということ自体が間違っているのではないだろうか。これは二人の問題なのだから。
きぃちゃんから避妊についての知識なら十分過ぎるほど得ているし、別に私は薬を飲むことに特別な抵抗もない。ホルモン剤は避妊の他にも利点がある。だから、雑渡さんに提案してみた。だけど、雑渡さんは首を横に振った。


「そんなことしなくていい」

「だけど…」

「いいんだ。これを使えば丸く治まるんだから」


雑渡さんは箱を手に取ってレジへと向かおうとした。だけど、何とも形容し難い顔をしていた。身体を重ねるってそういうことじゃない。お互いに気持ちよくなれないのなら、する意味なんてない。少なくとも、こんな顔をしている雑渡さんとなんて私はしたくない。これは正解じゃない気がする。


「…ねぇ、雑渡さん」

「ん」

「も、もしもですよ?もし、妊娠しても後悔しませんか?」

「するわけないでしょ。なまえとの子供なんだから」

「じ、じゃあ別に今のままで私はいいです」

「え。生でしてもいいの?子供出来ちゃうかもよ?」

「そうなったら、私は絶対に産みますからね」

「それは嬉しいけどさ…えっ、在学中に結婚することになるかもしれないんだよ?なまえはそれは嫌なんでしょ?」

「………」


亡き母からの教えで、学生結婚は絶対に後悔するから駄目だと何度も言われた。お父さんは大学を中退して何年か苦労したから、とても後悔したと耳にタコが出来るほど聞かされていた。じゃあ、雑渡さんはどうなんだろう。私が妊娠したら後悔するだろうか。きっと会社で何かしら言われたりするだろう。それでも本当に後悔しないだろうか。私と結婚することになって、早まったと思ったりはしないだろうか。いや、きっとしないだろう。凄く喜んでくれると思う。だったら私は別に学生結婚が嫌ではない。好きな人と一緒になれるのなら、私も幸せだから。
そんなことは絶対に雑渡さんに言わないけど。言ったら今すぐにでも婚姻届を提出しようとするだろうから。出来ることならちゃんと卒業して、雑渡さんの隣に堂々といたい。


「私は雑渡さんとなら結婚することは嫌じゃないです」

「えっ。じゃあ今すぐ…」

「それは嫌です。ちゃんと卒業まで待って下さい」

「何なの…じゃあ、これは必要じゃない」

「要りません。その代わり中にはしないで下さいね」

「あぁ、まぁ私の理性が持つ限りはそうするけど…」

「何ですか、理性って」

「あのね。なまえの中がどれだけ気持ちいいと思ってるの」

「そうですか。私も雑渡さんが入ってきたら気持ちいいですから、今のままがいいです。この話は終わりにしましょう」


恥ずかしくなってきて居た堪れない。こんなはしたないことを外で言わせないで欲しい。それも、こんな場所で。
慌てて店から出ようとすると、背後から抱き締められた。そして雑渡さんに早く帰って生でしようよ、と低い声で囁かれた。私は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。だけど、雑渡さんは凄く嬉しそうに笑っていた。
家に帰るなりシャワーも浴びずに私たちは身体を重ねた。雑渡さんはちゃんと外に出してくれたし、いつものように凄く気持ちよさそうな表情をしていた。そして、事が終わってから耳元で「卒業したら中でさせてね」と囁いてくるものだから、私は恥ずかしくて何も言えなかった。だけど、いつか必ず雑渡さんの子供が欲しいと思った。雑渡さんと結婚して、子供と幸せに暮らしていくという贅沢な夢を叶えられるのは恐らくはまだ大分先のことになるだろう。だけど、それを夢で終わらせたくはない。だから私は返事をする代わりに雑渡さんの胸に顔を埋めながら雑渡さんをぎゅっと抱き締めた。


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