雑渡さんと一緒! 63


ヒラヒラと落ちる紅葉を掴もうと手を伸ばしたけど、葉っぱは手をすり抜けて落ちていってしまった。おかしいなぁともう一度挑戦してみるも結果は同じで、私は首を傾げた。
先程まで隣にいたはずの雑渡さんがいないことに気付いた私は後ろを振り返ると、雑渡さんは必死に笑いを堪えていた。


「な、何がおかしいんですか!?」

「いやいや。わ、笑ってないよ?」

「難しいんですからね……ほらぁ」

「くっ、くくくく…」

「笑ってるじゃないですか!」


雑渡さんの目の前で紅葉を掴もうとジャンプしてみたけど、やっぱり手に取ることはできなかった。それを正面から見た雑渡さんは耐えきれなくなったように笑い出した。
馬鹿にされていることは間違いなく、私は雑渡さんに紅葉を取るように言った。すると、いとも簡単に手に取った。


「えぇ!?な、何で出来るんですか?」

「さぁ、何でだろうね…っ」

「もう!いつまで笑っているんですか!?」

「だ、だって…ふ、あははは」


ひとしきり笑った雑渡さんは「笑い過ぎて苦しい」と言ってしゃがみ込んだ。こんなにも笑う雑渡さんは初めて見た。色んな雑渡さんを知りたいとは思っていたけど、私を馬鹿にして笑う雑渡さんは知りたくはなかったところだ。
私は頭に来て雑渡さんに飛び付いた。しゃがんでいた雑渡さんはそのまま地面に座り込む形となり、私を受け止めてくれた。流石に驚いた顔をした雑渡さんは笑うのをやめた。


「もう。馬鹿にして…」

「ごめんごめん」

「どうせ鈍臭いですよ」

「ふ、そうだね。なまえらしい」


頬に指を滑らせてきた雑渡さんはそのまま軽くキスしてきた。いつもなら、こんな人前で…と咎めるところだけど、この公園は誰もいない。大きな公園だけど、特別遊具があるわけでもなく、民家から離れた所にあるからだろう。
さて、と雑渡さんは私を立たせてくれ、手を繋いで歩き始めた。上を見上げると葉っぱは赤かったり黄色かったり茶色かったりしていて、そのコントラストがとても綺麗だった。
特に目的もなく公園を散策していると自販機を見つけた。そこで雑渡さんは珈琲を、私はミルクティーを買ってベンチに座る。じんわりと缶から熱が伝わってきて、少し冷えた指先が痺れた。元々冷え性の雑渡さんは私よりももっと酷いだろう。だけど、慣れている様子で缶を開け、珈琲を口にした。
秋も深まってきた。栗ご飯も何度か食べたし、ぶどう狩りに連れて行ってもらったりもした。凄く楽しかったけど、こうして秋から冬へと季節を変えようとしている情景はどこか切なくなる。センチメンタル、というやつだろうか。


「なんか、寂しいですね」

「何が?」

「秋が終わってしまうのが」

「そんなに秋が好きだったの?」

「四季の中では一番好きです」

「そう。私は春の方が好きだけど」

「春ですか?」

「うん。なまえと出会った季節だから」


雑渡さんは長い足を組みながら懐かしそうに笑った。
春、桜が咲いていた頃に私たちは初めて出会った。その桜は既に落ち葉となっているのだから、凄く昔のことのように感じる。季節の移ろいは本当にあっという間のことだ。


「今年は一緒に桜を見れませんでしたね」

「どんなに誘っても出掛けてくれなかったじゃない」

「うっ…じゃあ、来年。来年はお花見に行きましょう」

「絶対だよ?約束」

「はい。約束です」


小指と小指を絡めて私たちは約束した。こうして来年やりたいことがどんどん増えていく。こうして二人でやりたいことが増えていくことは幸せなことだった。
そろそろ帰ろう、と雑渡さんが言ったから私は最後にもう一度挑戦してみたいと言った。雑渡さんがあんなにも簡単に掴めたのだ、私だって落ちる紅葉くらい掴めるはずだ。なのに、やっぱりなかなか掴むことが出来ない。息が上がった。


「どうして…そうだ、秘訣を教えて下さい」

「そんなものないよ。よく見るだけ」

「雑渡さんから見て惜しいですか?」

「いいや、全然。掠りもしていない」

「えー…」


こんなに頑張っているのに、掠りもしていないとは。確かに手応えはない。おかしいなぁ、ちゃんと見ているつもりなんだけど。真っ直ぐ落ちてこないから動きを予想したり、風向きとか考えないといけないのだろうか。
私が首を捻っていると、雑渡さんが私の右腕を掴んだ。


「ほら、こうするんだよ」


ヒラリと落ちた一際綺麗な紅葉を重ねた雑渡さんの手に導かれるままに私は掴むことができた。小さくて可愛らしい紅葉は確かに私の手のひらに一枚収まっている。


「わぁ…っ」

「随分と小さな紅葉だね」

「可愛いです」

「可愛いかは分からないけど。掴めてよかったね」

「これ、持って帰ります」

「どうするの?そんなもの」

「栞にでもします。今日の思い出に」

「思い出ねぇ…」

「私、一人だと掴めなかったけど、雑渡さんと一緒だったから手にすることが出来ました。ありがとうございます。私、雑渡さんと一緒にだったら何だって出来る気がするの」


ハンカチに大切に包んでから雑渡さんにお礼を言うと、雑渡さんは目を逸らした。紅葉みたいな頬を手で隠している。


「照れてます?」

「…うるさいよ」

「私には雑渡さんの照れるポイントが分かりません」

「いいよ、分からなくて」

「分かったらもっとキュンとさせられるのに」

「私の心臓を壊す気なの?」

「ふふ。それは困りますね」


雑渡さんに私だってたくさんキュンとさせられている。何なら最近はドキドキする頻度が増えてきた。出会った頃に緊張してドキドキしていたのとは少し違う、もっと胸がザワザワとする感じ。今にも心臓が止まりそうだと思うほど苦しい。
家に帰ってから栞を作っていると、煙草を吸っている雑渡さんはそれを見て「来年はなまえが私の分の紅葉を取ってよ」と言った。見ていたら手帳に挟みたくなったらしい。だから私は「来年も協力して下さいね」と微笑んだ。雑渡さんと一緒でなければ到底無理だろうから。
こうして、また一つ来年やりたいことが増えた。ほんの小さな約束ばかりだけど、これを二人で一つずつ叶えていくことが出来る。それは何にも変え難く、幸せなことだと思った。


[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+