雑渡さんと一緒! 65


寒い寒いと思っていたら、雪が降っていた。この降り方から察するに、多分相当積もる。明日、もしかしたら休校になるかもしれないなぁなんて思っていると、雑渡さんが隣で溜め息を吐いた。雑渡さんは雪が降ったからといって仕事が休みになるわけではない。だからだろうか。私よりも嫌そうな顔をしていた。
雪の降らない所に住んでいる人は雪を見て羨ましいと感じることがあるらしい。物珍しいからなのかもしれないけど、私たちのような雪国育ちの人間からしたら雪は決して喜ばしいものではなかった。それでも、子供の頃は雪が降ったら外でたくさん遊んだし、それなりに嬉しかった。
カーテンを閉めて、熱い珈琲を淹れる。雑渡さんは天気予報を見ていた。明日までの降雪予想を見て、げんなりとした顔をしたから、やっぱり明日までに相当積もるのだろう。


「雑渡さん、寒いの嫌いですものね」

「好きな奴がいるの?」

「暑いよりはいいって人、いますよ」

「信じられない。冬眠する動物だっているのに」

「残念でしたね、人は冬眠しない生き物で」

「本当だよ」


嫌だ嫌だと文句を言う雑渡さんに買ったばかりの薄手の毛布を掛ける。寝室で使うには少し小さくて、だけど、一人で使うには大きいこの毛布はリビングで過ごす時に使う用に買ったものだった。
雑渡さんはこいこいと私を手招きしてきたから、近寄ると後ろから抱き締められた。毛布越しにでも雑渡さんの手が冷たいことがよく分かる。思わず雑渡さんの手を擦った。


「冷え性ですよね、本当」

「なんかね。夏はいいんだけど」

「でも、綺麗な手ですね」


ささくれもなく、荒れてもいない。乾燥しているわけでもない雑渡さんの手が少し羨ましくなる。おまけに、爪の形もよく、指も長い。本当に綺麗な手。
まじまじと見つめていると、雑渡さんの指がそろりと頬を撫でた。唇を指先でなぞられて、ぞくりとする。


「ふ…可愛い顔しちゃって」

「ま、まだ昼ですよ」

「別に私は何をするとも言ってないよ」

「あ…」

「なまえは本当に可愛いね」


雑渡さんは目を細めて笑ってからキスをしてきた。そのままソファに押し倒される。舌を絡めると煙草と珈琲の味がした。少し苦い。だけど、最後は凄く甘く感じるのは何故なんだろうか。
唇が解放されたかと思うと、雑渡さんは冷えた指先をそろそろと脚にいやらしく這わせてきた。二つの意味でぞくりとする。それに気付いた雑渡さんは離れていった。


「ごめん。冷たいよね」

「…別に平気です」

「平気じゃないでしょ。私なら嫌だもの」

「私は嫌じゃない」

「あれ?昼間からしたくなっちゃった?」

「う、意地悪…」

「はは。ごめん」


ま、後でゆっくりと、と言って雑渡さんは毛布を私に渡して立ち上がった。どこに行くのだろうと思っていると、コートを羽織り出し、車の鍵を持った。
こんな雪の中、どこに出掛ける気なのだろうと思ったけど、すぐに思い当たった。タイヤの履き替えだ。


「まだやってなかったんですか?」

「面倒でね」

「今日は混んでそうですけどね」

「だろうね。でも、明日使えないと困るから」


うちのマンションに駐車場はない。少し離れた所を借りている。雑渡さんは車を使ったり、電車を使ったりと臨機応変に移動しているけど、明日はどうしても使いたいらしい。ノーマルタイヤで雪道を走ることは自殺行為だ。
雑渡さん自身も行きたくはないけど、という気持ちがありありと出ている。それでも明日のことを考えないといけない。


「社会人って大変ですね」

「まぁね。じゃ、いってくる」

「待って。私も行きます」

「いいよ。寒いし」

「一緒に行きたいの。駄目ですか?」

「駄目ではないけど、物好きだね」


物好きと雑渡さんは言ったけど、嬉しそうだった。コートを羽織って外に出ると冷たい風が吹いていた。吹雪いてはいなかったけど、雪が風で舞っている。雑渡さんは家を出た瞬間から嫌そうな顔を更にしかめていた。
二人並んで歩くと雪の上に足跡が残った。私の小さな足跡と、雑渡さんの大きな足跡。新しい雪に二つ並んでいて少し嬉しい。サクサクと音を立てて足跡が残していく。
ガソリンスタンドは予想通り混んでいて、時間がかかった。雑渡さんは温かいミルクティーを買ってくれて、頬に当てるとじんわりと暖まる。雑渡さんはというと、やっぱり缶珈琲を開けずに手で握り締めていた。少し暗くなった外をうんざりとした顔で眺めながら。


「これ、多分相当積もるよ」

「初雪なのに、ここまで積もるのは珍しいですね」

「これから三ヶ月は雪か…」


そう。まだ冬は始まったばかりなのだ。これから益々冷え込んでくるし、きっと今年は大雪になるのだろう。
雑渡さんは寒いのが苦手なようだから、きっと出掛ける機会が減るんだろう。家で過ごす日が多くなる気がした。だけど、家でのんびりと過ごすのも嫌いではない。毛布にくるまりながらたくさん話をして、温め合うのも悪くはない。


「お夕飯はお鍋にしましょうか」

「いいね。じゃあ買い物して帰ろうか」

「はい」


車でスーパーに行くと食材を買い込む人がたくさんいた。あまりの人の多さに雑渡さんはうんざりとしている。
ポイポイと食材をカゴに入れて、帰宅する。家はひんやりと冷えていた。だけど、のんびりはしていられない。食材を切らないと。意を決して冷たい水で白菜を洗おうとしたら、雑渡さんに取り上げられた。


「いいよ、私がやる」

「冷たいですよ」

「分かってるよ。なまえは切って」

「はぁい」


雑渡さんは冷水で手を赤くしながら食材を洗ってくれた。特に冷たいと文句を言うこともなく。こういうことをサラッとやってくれるところが好きだなぁと思ってしまう。
お鍋で温まった後はお風呂で温まり、昼の続きをベッドでした。身体を密着させると温かくて、お互いにほんのりと汗ばむ。温め合った後、いつものように抱き寄せられた。もう雑渡さんの手は冷たくはなかった。


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