雑渡さんと一緒! 67


今年も早いもので終わろうとしている。年末の買い出しに行く前にどうしてもやらなければいけない。大掃除だ。私は掃除が好きというわけでもなければ、得意というわけでも決してない。だけど、大掃除はきちんとしたい。
すっと雑巾を雑渡さんに渡しながら私は高らかに宣言した。


「と、いうわけで家中を掃除して綺麗にしましょう」

「えー」

「世の中にはやらなきゃ駄目なこともあるんですよ」

「別にいいじゃん。どうせまた汚れるんだし…」

「あら、そうですか。分かりました。雑渡さんとはもう一緒には住めないので私は出ていきますね。では、さようなら」

「…分かったよ。やるよ、やればいいんでしょ」


雑渡さんが嫌そうに立ち上がって雑巾を握り締めた。よかった、これでこの古いマンションも綺麗になりそうだ。
まずは寝室から始める。私はベッド周りを、雑渡さんはクローゼットを掃除する。いつも掃除機をかけているとはいえ、ベッドの下からは埃がそれはそれは大量に出た。満足した私はベッドの隣にあるナイトテーブルを動かした。すると、大量の埃と共に本が出てきた。本、というか何というか。俗に言うところのエロ本てやつ。ちょっとムッとしたけど、まぁ男の人だしね、とページをめくってみた。ちなみに、背後にはそれを購入した上で使用したと思われる雑渡さんがいる。


「ねぇ、クローゼットってどこま…」

「あ、下が終わったら上の棚もお願いしますね?」

「んん…っ、そ、それはどうしたのかな?」

「棚の下から出てきました」


しまった、という顔をした雑渡さんを横目に次のページを開こうとすると止められた。心なしか顔色が悪い。何なら震えている。どうしました、と私が笑うと雑渡さんはビクっと身体を震わせた後、益々顔色を悪くした。ちょっと面白い。


「…とりあえず、それを床に置こうか」

「いや、でもまだ全部見てないんです」

「大した物は載っていなかったよ。さ、置こうか」

「私、初めて見たので。もう少し見せて下さいよ」

「…お願いします。全て見たことは忘れて捨てて下さい」


雑渡さんは床に頭を擦るように下げた。思わずギョッとする。あの雑渡さんが私に敬語を使って、土下座している。
何だか申し訳なくなってきて、思わず本を閉じて床に置く。


「分かりました。お返しします」

「うん。あのね…」

「ねぇ、雑渡さん。私はキッチンを掃除してくるので、寝室は雑渡さんにお願いしてもいいですか?」

「えっ、あぁ…」

「覗かないから大丈夫ですよ。ごゆっくりどうぞ?」

「いや…し、しないからね!?一人でなんてしない!」

「はい。大丈夫です、分かってますから。あ、終わったらティッシュはあのゴミ袋にちゃんと入れて下さいね?」

「しないってば!」


だって、ねぇ。ほこりが積もっていたから最近は見ていないんでしょうけど、久し振りに見たらしたくなっちゃうものなんでしょ?男の人なんて、どうせ。
そう言って気が付いた。案外、怒ってるのかもしれない。
キッチンに向かう私を後ろから抱き締めて必死に弁解しようとする雑渡さんが少し珍しくて、少しだけ可愛く思えた。


「待って!色々と待って!」

「何ですか?」

「最近は開いてもいないから!存在を忘れていたし…」

「でしょうね」

「ほら、付き合う前とかに…」

「あれ?だって雑渡さんは色んな女の方と楽しく遊んでいらっしゃいましたよね?あれは私の記憶違いでしょうか?」

「…なまえ、怖いよ」

「そうですか。じゃあ、私は掃除するので。また後で」

「お願い、待って!何か今まで築いてきたものが全て失われていく気がするから待って!私の話を最後まで聞いて!」

「私は今はお話しをする気分ではありません」

「ねぇ、どうしたら許してくれるの?お願い、教えて!」

「私にも分かりません。私のことは放っておいて下さい」

「ねぇ…私、今にも泣きそうなんだけど」

「泣けば?」


別に私はあなたが遊び人だったってことぐらい知ってますから。私には使ってもくれなかったコンドームを使って楽しくお過ごしになっていたんでしょ。ええ、知ってます。
考えれば考えるだけ嫉妬でムカムカするから、もう私は掃除に没頭したかった。このままだと喧嘩になってしまいそうだ。そうなる前に雑渡さんから一秒でも早く離れたかった私は縋るように掴まれていた雑渡さんの手を払った。あっさりと手を払われた雑渡さんはその場に無言で座り込んだ。
私はキッチンへ行き、棚の整理をしてからシンクに怒りを込めてゴシゴシと擦った。古いマンションだけど、掃除をすればこんなにも綺麗になるのだ。これで新年が迎えられる。
私は清々しい気持ちで換気しようとリビングの窓を開けた。


「わぁ、寒…って雑渡さん!何してるんですか!?」

「なまえに嫌われた…死にたい。凍死したい…」

「馬鹿なことを言ってないで入って下さい。風邪をひいたらどうするんですか?ほら、雪がちらついてますよ?」

「…いいんだ、私なんかこのまま凍え死ねば」

「あ、泣いてる」

「泣くよ、そりゃあ!」


涙こそ出てはいないものの、雑渡さんの顔色は青く、対照的に目は赤かった。怒りはシンクとコンロの汚れに徹底的に注いだから、別にもう(そんなには)怒っていないのに。
雑渡さんを無理矢理ソファに座らせて温かいお茶を渡す。この人は病院が嫌いなくせに何を考えているのだろうか。


「ほら、飲んで下さい」

「………」

「もう怒ってないですから、早く温まって下さい」

「…本当?私のこと、嫌いになってない?」

「はいはい。そうですね」

「う、うぅ…っ」

「あーもうっ!嫌いになんかなってませんから、さっさとお茶を飲んで温まって下さい!本当に風邪をひきますよ!?」

「…怒ってる?」

「いいえ?ただただ面倒くさいんです、物すごーく」

「あ、あ…」

「どうしました?」

「もう、死ぬ」

「はいは…え、わぁーっ!ちょ、きゃー!」


網戸を迷いなく開けてベランダから出て行き、手すりに足を掛けようとする雑渡さんを思いっきり後ろに引いて止めた。この人、こんなことくらいで死のうとするなんて馬鹿なんじゃないの。もう、こんなんじゃ怒るに怒れやしない。


「やめて下さい!ここ、10階ですよ!?」

「…そうだね、潔く死ねる」

「馬鹿ですか!?こんなことくらいで死なれたら困ります!」

「だって、なまえに嫌われたら私はもう生きていけない!」

「嫌いになんてなっていません。嫉妬していただけですよ」

「お願い、嫌いにならないで…私を捨てないで!なまえを失ったら私は一人では絶対に生きていけない!」

「あー、分かりました。だからお茶を飲んで下さい」


ずずっ、と鼻を啜りながら雑渡さんはやっとお茶を飲んでくれた。とてもじゃないけど心配で目を離せない。子供っぽい人だとは思っていたし、常々私のことを失いたくないと言っていたけど、まさかここまで酷いとは思わなかった。
静かになった雑渡さんに「好き」だの「ごめんなさい」だの言われたけど、ちょっとまだそういう言葉を聞きたい気分ではない。だけど、私が怒りを鎮めるしかない状況だ。
私が溜め息を吐いて自分を必死に落ち着かせていると、雑渡さんはまた震え出した。もう可愛いとはとても思えない。


「雑渡さんもお一人でそういうことをされるとは思っていませんでした。おモテになる方だと思っていましたので」

「…話し方が怖いって、だから」

「あら。私、いつもこんな感じでしたよね?」

「違うよ!全然、違う!」

「あら、そうですか。それで?あの本はどうされました?」

「捨てたよ。捨てたに決まってるでしょ!」

「そうなんですか?もうお使いにならないんですか?」

「その…なまえと出会って、女遊びをやめたんだけどね。付き合うまでとベッドが届くまでの間に…その、ちょっとね…」

「使っていた、と?」

「…はい」

「そうですか。折り目のあるページが何箇所かありましたけど、あれは雑渡さんのお気に入りの女の子ですか?」

「そ、そこまで言わないと駄目?」

「ええ。ここまで聞いたなら、もう全て聞いておきます」

「…その、ちょっとなまえに似ているなぁ、なんて…」

「…気持ち悪いです、普通に」

「はい。すみませんでした…」


何よ、私に似た子って。そういう目で付き合う前から私のことを見ていた、と。それで、似た子を私と重ねて楽しんでいた、と。気持ち悪いとしか言いようがない。
大掃除なんてするものじゃないかもしれない。雑渡さんの知りたくなかったことを知ってしまった。でも、そんな雑渡さんも受け入れないといけないのか。どうしよう、無理かもしれない。ちょっと生理的に気持ち悪い。色々と無理。
それから三日間は雑渡さんがどんなに求めてきても絶対に私は身体を許さなかったし、キスさえも拒んだ。雑渡さんが三日間、しくしくと泣きながら過ごしたのは言うまでもない。


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