雑渡さんと一緒! 68


居た堪れない三日間を過ごし、12月も最後の一日となった。初詣に連れて行って下さい、となまえに言われて、絶対に道は混むし、絶対に寒いから嫌だったけど、断るに断われない状況だったため、23時に家を出て神社に来ている。
予想通り混んでいたし、予想通り寒くて帰りたくなった。だけど、なまえから手を握ってくれたから、やっぱり帰るに帰れない状況は継続している。狡いというか、大した子だ。


「雑渡さん、煩悩をお捨てになれればいいですね」

「…そうだね」

「来年の雑渡さんが楽しみです、私は」

「あのさ、そろそろ許してよ…」

「許すも何も、もう怒ってはおりませんけど?」

「あ、そう…」


なまえがここまで怒るのは初めてのことだった。何というか、怖い。この、距離を置いてくる感じが怖過ぎる。
どうして私はベッドが届くまでにあれを捨てなかったのだろうかと後悔した。物に執着しないのも問題なのだと思った。本当に存在を忘れていた。記憶の片隅にもなかった。


「…あ」

「はい?どうされました?」

「いや、照星がいる」

「どこに?」

「あそこ…に!?」


随分と前に照星がいた。照星の隣には女がいたから、またどうせ見た目だけの女と付き合っているのかと思ったら、随分と若い女だった。多分、なまえとそれほど違わない。顔立ちは相も変わらずいい女だったが、まだ幼く見える。
話し掛けるには遠く、そして、話し掛けられるような雰囲気でもない。随分と楽しそうにしているし、女も珍しく照星のことを好いているように見える。これは珍しいことだ。


「わぁ…随分と綺麗な方といますね」

「なまえの方が可愛いよ」

「そういうのは要りません」

「本当だって」

「それはそれは。ありがとうございます」

「本当なのに」


まぁ、好みなのかもしれないけど。少なくとも私は照星の隣にいる女よりもなまえの方が可愛いと思う。優しくて、純粋で、まだあどけないとはいえ私に向けてくれる笑顔はとても可愛いし、時に綺麗だ。最近は見ていないけど。
なまえとこんな状態で新年を迎えるのかと思うと、自業自得だとはいえ憂鬱になってしまい、思わず溜め息が出る。


「あ。きぃちゃんだ」

「北石?」

「ほら、あそこ」

「ほーお?男連れじゃない」

「きぃちゃん、もう付き合って長い彼氏がいるんですよ」

「なのに私に男を紹介しろと言うの?馬鹿じゃないの」

「雑渡さん、知ってますか?楽に生きるためには太いパイプを持った知り合いは多くいればいる程いいんですよ?」

「北石みたいなことを言わないでよ」

「ふふ。そうですね」


ようやく笑ってくれたなまえは北石に連絡を取っていた。北石はこちらに気付いたようで、手を振っていたし、なまえも嬉しそうに笑いながら手を振っていた。
何かなぁ…その笑顔を一割でもいいから私に向けて欲しいよ。


「みんな、幸せそうですね。よかった…」

「あぁ、私たち以外はね」

「あれ。雑渡さん、幸せじゃないんですか?」

「今はね」

「何をそんなに拗ねているんですか」

「別に」

「困った人ですね。そんなんじゃ、許してあげませんよ?」

「許して…えっ、許してくれるの?」

「はい。雑渡さんはそういう人なんだと受け入れました」

「…それ、全然嬉しくないんだけど」

「冗談ですよ。でも、次からは私の目の届かない所にしまっておいて下さいね?次は私、もっと怒りますからね?」

「もう二度と買わないから、それは大丈夫」


そもそも、もう必要ないし。ちょっと溜まってきているけど、とてもじゃないけど一人でする気になんてなれない。
男というのはどうしようもない生き物だ。生理的に溜まってきたら出さざるを得ないのだから。それが別に楽しいわけでもなければ、気持ちがいいというわけでもなく、ただただ虚しさと疲れだけが残ると分かった上で出さないといけない。非合理的にもほどがある。だけど、それを女のなまえに理解してくれと言うのが無理であることくらい分かっているし、あんな卑猥な本を所持した上に自分に重ねられていたと知れば嫌悪感も抱くだろう。だって、私がそんなことをされたら嫌だから。本当、馬鹿なことをしたと反省するしかない。


「なんか、なまえと付き合う前にやらかしたことの次くらいに反省した。ちょっと、自分が気持ち悪いとさえ思ったよ」

「あらあら」

「…やっぱりまだ怒っているじゃない」

「いいえ?怒ってはいませんけれど?」

「いや、話し方」

「あはは。雑渡さんって揶揄うと面白いですね」

「あぁ、そうですか。それはよかったね」


くすくすと笑うなまえと共に賽銭を投げて手を合わせる。私は普段は神頼みなんてしない。というか、神なんていないとさえ思っている。私は過去になまえを失ってしまった。もしも神がいるのだとすれば、何と無慈悲なことか。だけど、もしもこの世に神がいると仮定するなら願うことはただ一つしかない。もう二度となまえを失わずに済むようにして欲しい。この子を私から奪わないで欲しい。なまえは私の全てだ。つまらない世界に色を差し、季節の移り変わりの美しさを教えてくれ、人と関わることの楽しさを私は知ることが出来た。この子を再び愛し、愛される権利を与えたのが神なんだとするなら、生涯それが続くよう願いたい。後生だから私になまえの隣にいる権利を与えて欲しい。
参拝を済ませてから、ふと気付く。まだ年が明けていない。


「これ、初詣にならなくない?」

「幸先詣といって、ご利益があるんですよ」

「そうなの?」

「うちはいつも年内に家族で来ていました」

「へぇ…」


じゃあ、やっぱり神なんていないんだと思った。なまえの母親は亡くなっているのだから。結局は初詣なんて意味のない行為だ。神なんてこの世にはいない。
私がそう思っていると、なまえは察したように言った。


「私は神様なんていないと母が亡くなった時に思いました」

「だろうね」

「だけど、今はいるって思っているし、感謝しています」

「どうして」

「雑渡さんに出会えたから。こんなにも素敵な人と恋人になることが出来たから。私は雑渡さんに巡り合わせてもらえて幸せですって神様にどうしても伝えたかったんです」


柔らかな笑顔を久し振りに向けられ、可愛いことを言われてしまっては、もう何も野暮なことは言えないし、考えられない。そう言われたら私だって感謝するしかない。なまえに出会うことが出来て私も幸せだから。
駐車場に着いた頃、境内の方が騒がしくなった。時計を見ると0時を過ぎており、いつの間にか年が明けていた。


「明けましておめでとうございます、雑渡さん」

「ん。明けましておめでとう」

「今年もよろしくお願いしますね」

「今年どころか、ずっとね」

「そうですね。…ねぇ、雑渡さん」

「なに」

「キスして下さい」

「えっ」

「私、雑渡さんのことが好き。私、本当に幸せなの」


ぎゅうっとなまえに抱き付かれ、珍しくキスをせがんでこられた。そっと肩を抱いてキスをする。たったの三日していなかっただけなのに、初めてした時のような高揚感があった。とてもじゃないけど、家まで我慢できそうもない。
車内で何度も何度もキスをして、罰当たりだと笑うなまえを抱いた。煩悩なんてなくならなくてもいい。だって、なまえと身体を重ねることはこんなにも幸せなのだから。


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