雑渡さんと一緒! 69


うちはお正月といえばお節料理にお雑煮…という家庭ではなかった。多分、私が喜ばなかったからなんだろうなぁと思う。お節料理なんて大人の人向けの料理だ。私はそれよりもお餅を焼いて作ってもらったお汁粉の方が嬉しかった。
では、雑渡さんと過ごす初めてのお正月はどうするか。それは雑渡さんと相談して決めようと思っていた。雑渡さんが望むのならお節料理を作ってもいいし、お雑煮を作ってもいい。どちらも初挑戦だけど、そう考えていた。だけど、雑渡さんは孤児院で育ってきている。お正月にお餅が出ることはあっても、お節料理やお雑煮は食べたことがないそうだ。つまり私たちはどちらもお正月らしい食事に思い入れがないということになる。よって、普段通りの食事でいいだろうと思っていた。名残惜しそうな顔をした雑渡さんを見るまでは。


「…食べてみたいんですね?」

「…まぁ、出来れば」

「そういう時は素直に食べたいと言って下さい?」

「なまえが作るお正月らしいご飯が食べてみたいです」

「はい。分かりました」


こんな会話を大掃除前にした。
で、それから私は機嫌が悪くなった。雑渡さんが希望したお節料理を無言で私は作った。背後から雑渡さんにそわそわとした目線を送られていたことに気付いていたけど、私は無視して作り続けた。ただ、出汁巻き卵を作り始めた時は巻きたい巻きたいと騒いだので雑渡さんに巻いてもらったけど。無事に完成したお重を見て、やり切った感で満ち溢れていた。ちなみに、お重は雑渡さんがどうしても欲しいと言って、わざわざ購入した物だ。
今日は雑渡さんはいない。照星さんと飲みに行ったから。二人の仲が元に戻ってよかった。本当によかった。
さて。私はこれからどうしよう。というより、雑渡さんをどのタイミングで許せばいいんだろうか。このまま新年を迎えるというのはよろしくないだろう。雑渡さんは物凄く反省している…というか落ち込んでいるし、そろそろ和解しないといけない。ただ、タイミングがよく分からない。結局、あれもまだ渡せていない。つくづく素直ではない性格が恨めしい。

ここまでが去年のこと。

で、元旦である今日。昨日の夜は初詣から帰ってからもベッドで長い時間過ごしたため、今日は遅めの朝ごはんだ。朝ごはんというよりは、もう昼だ。雑渡さんは相変わらず怠そうに起きてきたけど、リビングに来るなり直ぐに覚醒した。


「えっ…凄い。これ、全部なまえが作ったの?」

「まさか。蒲鉾は既製品です」

「そりゃそうだ。家であんな物作れないよ…でなくて。えっ、これ売れるよ絶対。本当に既製品かと思ったもの」

「私のご飯を他の方に売ってもいいんですか?」

「駄目」

「はいはい。さ、食べましょう」


お雑煮を差し出すと、雑渡さんは合わせようとした手を下げた。まじまじとお雑煮を眺めている。私自身がお雑煮という文化に疎いため、これが美味しいのかとか、正解は何なのかとか全く分からない。お餅は焼く方がいいんだろうかとか、醤油ベースにしたけど味噌の方が好みだったらどうしようとか、色々悩んで作った物。雑渡さんの表情から察するにかなり喜んでいることが伺える。まだ食べてもいないのに。
先に私が手を合わせてお餅を口にする。やっぱり正解が分からない。美味しいけど、これがお雑煮なのかと言われたら違うのかもしれない。一度お店で食べてみたいなぁと思いながら雑渡さんの反応を見ると、まだ手をつけていなかった。


「…食べないんですか?」

「あぁ、食べる。食べるよ…」

「想像と違いました?私、実はよく分からなくて。一応たくさん調べたんですけど、美味しくなかったらごめんなさい」

「いや、何かさ…」

「はい?」

「嬉しくて…」


雑渡さんは本当に嬉しそうな顔をしていた。それは雑渡さんが初めて経験するお正月料理だからなのから分からない。だけど、とても感動しているように見える。
ようやく雑渡さんは手を合わせて箸を動かし始めた。


「あ、美味しい。これがお雑煮なんだ」

「いや、これが正解とは限りませんよ?」

「そうなの?何で?」

「ご家庭毎に具材とか味付けが違うみたいで…」

「じゃあ、これがうちの正解でしょ」

「うちの?」

「なまえが作ってくれた物全てが私の初めて知る家庭の味なんだから、これがうちの正解というか、うちの味でしょ」


雑渡さんは本当に嬉しそうに、そして大切そうにお雑煮を食べてくれた。何というか、そんなことを言われてしまったら作ってよかったと思うし、照れてしまう。家庭の味なんて言われたら、まるで結婚しているみたい。
なかなか雑渡さんはお重には手をつけようとはしなかった。理由を聞くと、綺麗だから食べるのが勿体無いと言う。


「もう…食べないと意味がないです」

「分かってるよ。分かってるけどさぁ…」

「また来年作りますから、食べましょ?」


はい、とお皿を渡して促すと雑渡さんはようやく覚悟を決めたようにお重に手を伸ばした。雑渡さんが食べたいと言ったのは黒豆、出汁巻き、蒲鉾、煮蛤、鰤の照り焼き、紅白なますだった。それと、私の好みで栗金団。雑渡さんはわくわくとしながら一通り口にした。栗金団は流石に甘過ぎて嫌そうにしていたけど、他は美味しそうに食べてくれた。特に出汁巻きがお好みだったようで、箸の進みが異様に速い。
雑渡さんは嬉しそうに笑ってくれている。もう、渡すなら今しかない。今を逃したら絶対に渡すことが出来ない。そう思った私は雑渡さんに綺麗にラッピングされた包みを渡した。


「何これ」

「クリスマスプレゼントです」

「クリスマス…あっ」

「大分過ぎてますけどね」

「ご、ごめん。私…」

「いいんです。雑渡さんは忙しかったんだから」


12月の月末処理はそれはそれは忙しそうだった。雑渡さんから前もって12月と3月は忙しいと聞いていた。だから、雑渡さんが月末処理真っ只中だったクリスマスのことを失念していること自体は別に何とも思っていない。友達とケーキを食べに行ったし。だから私は特にクリスマスも普通のご飯を作った。何ならクリスマスイブからクリスマスに掛けて雑渡さんは徹夜していた。私は最後まで付き合おうとしたけど、ソファで寝てしまった。雑渡さんに毛布を掛けてもらって、むしろ申し訳ないとすら思っていた。
雑渡さんはクリスマスを忘れていたことを今の今まで思い出さなかったことに対して震えていた。大分、後悔しているように見える。どうしようどうしようと唸っているから。


「ごめん。あまりにも私に縁のない行事だったから…」

「だから、気にしなくていいんですって。これは私は雑渡さんに渡したかっただけなんです。本当、それだけなので」

「だ、だけど…」

「それより、開けてみて下さい」


アルバイトを頑張って、雑渡さんの言う「それなり」のマフラーを私は買った。雑渡さんは寒いのが嫌いなくせに手袋もマフラーもしていなかったから。いつもポケットに手を入れて、高い背を低くし、丸くなって歩く雑渡さんを見ていたらマフラーが必要なんじゃないかと思ったのだ。
雑渡さんは手触りのいいカシミヤのマフラーをまじまじと見つめてから、ぎゅうっと大切そうに抱き締めた。


「ありがとう…」

「はい」

「…大切に使うね。一生涯使うから」

「それは流石にどうかと思いますけど」

「というか、ちょっとリベンジさせて欲しいんだけど」

「リベンジってクリスマスのことですか?」

「そう。明日、初売りに行こうよ」

「えっ。雑渡さん、人混み嫌いじゃないですか」

「いいよ。私が行きたいんだから」


嬉しそうに雑渡さんは言った。本当に本当に嬉しそうに。
私は雑渡さんに普段からたくさん物を買ってもらっている。何なら生活費も全て雑渡さんが出している。だから、別に特に何も買ってもらわなくてもいい。というより、私が雑渡さんに出来ることの方がずっと少ない。本当にクリスマスのことなんて気にしなくていいのになぁ。
だけど、初売りには実は行きたかった。だから、雑渡さんと行くことが出来て嬉しかった私は雑渡さんに笑い掛けた。


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