雑渡さんと一緒! 73


学校で配布された健康診断の結果を握り締めていると、後ろからきぃちゃんに話し掛けられた。見られたかと思って焦ったけど、どうやら見られてはいないようでホッとする。
体重がねー、と話しながら教室を移動する。次の授業が始まるまでの時間、私はきぃちゃんに相談してみることにした。


「あのね、そろそろ雑渡さんの誕生日なの」

「へぇ。いつ?」

「来月なんだけど…どうしよう?」

「何が?」

「私、もうハイブランドな物を買うお金がない」

「はぁ…えっ、そんな高級な物を渡す気なの?」

「クリスマスはね。でも、もう…」

「馬鹿じゃないの!?」


きぃちゃんは信じられないと言った。その上で、私のことを馬鹿だと罵った。あまりの言いように涙が出そうだ。
雑渡さんは社会人な上にお給料をかなり貰っている。つまり、お金持ちだ。だから、ハイブランドな物なんて自分でどれだけでも買える。そんな人の基準に合わせてプレゼントを用意していたら破産することになる。きぃちゃんは淡々と私に説明してくれた。確かにきぃちゃんの言う通りだと思う。私はまだ学生だし、就職したとしても雑渡さんと同じようには稼げないだろう。きぃちゃんの言うことはもっともだ。
だけど、私はいつも雑渡さんにいい物を沢山貰っている。クリスマスプレゼントだといってこの間貰ったピアスだってそう。10万以上するのだ。なのに私は安物しか買えない。それでいいんだろうか。とても申し訳なくなる。


「大体さ、雑渡さんてブランドに興味あるの?」

「ない」

「じゃあ、何でブランド物にこだわるのよ」

「いや、だって雑渡さんはお仕事で使う物は全ていい物を使うように社長さんに言われているって言ってたから…」

「じゃあ、プライベートで使う物にすれば?」

「例えば?」

「ライターとか」

「えー。あの人、すぐなくすんだもん」

「もう、100円ライター100本でいいんじゃないの?」

「酷い。人ごとだと思って…」


プライベートで使う物といわれると、それはそれで難しい。確かにライターかぁ…でも、なくすからって大切にしまっておきそうな気がする。ライターかぁ…
悩みながら下校していると、声を掛けられた。振り向くと雑渡さんではなく、佐茂さんがいた。佐茂さんはスーツ姿だったけど、雑渡さんのように真っ黒というわけではなかった。お洒落なグレーのスーツを着ている佐茂さんはかっこよく見えた。こんなことバレたら雑渡さんに怒られそうだけど。


「や。学校帰りかな?」

「はい。佐茂さんは?」

「俺はねぇ、今日は半休なんだ。ちょっと野暮用でさ」

「はぁ…」


野暮用。女の人かな。確かに佐茂さんはモテそうだもんなぁ…と考えていると、佐茂さんは寂しそうに笑った。


「今日は彼女の命日なんだよね」

「えっ…」

「あはは。いや、別にそんな気を使ってもらう感じじゃないんだけどさ。もう何年も経つしね。俺は全然、平気だよ」

「…佐茂さん。大切な人が亡くなって平気なんて無理はしなくてもいいんですよ。年数の経過で癒えるほど人の心は単純じゃないし、そう簡単に割り切れるものではありませんから」

「お、おぉ…大人だね、なまえちゃん」

「雑渡さんの受け売りなんですけどね」


あんなこと、私ならきっと傷付いている人に言えない。だけど、雑渡さんのあの言葉で私は随分と救われたから。佐茂さんも誰かに救われて欲しい。そう思った。
佐茂さんは悲しそうに空を見上げた。きっと、佐茂さんの心にはまだ彼女さんがいる。きっと、ずっと一緒なんだろう。


「あいつさ、いい男になったよ。本当、見違えた」

「雑渡さんのことですか?」

「そう。あいつさ、入社したての頃、すげぇ気が立っていたというか、味方なんて誰もいないって感じで心閉ざしてて」

「えっ。雑渡さんがですか?」

「だけど、最近のあいつ見てて、あれが本当の雑渡なんだって知ったというか。本当、人間らしくなったよ、雑渡は」

「あ、それは私も思いました」

「でしょ?それはなまえちゃんのお陰なんだろうね」


雑渡のことを頼むね、と佐茂さんに言われた。あぁ、やっぱり雑渡さんは一人じゃない。この間の高坂さんといい、こんなにも色んな人に大切に思われている。
嬉しくなって私が笑うと、佐茂さんは私に尋ねてきた。家まで送ってあげようか、と。だから私は佐茂さんに相談してみた。雑渡さんの誕生日に何を渡したらいいのかを。佐茂さんはきぃちゃんのようにライターを推してきた。どうやら、喫煙所で欲しがっていたらしい。だけど、手入れが面倒だからと買わないらしい。これはいい情報を得たと佐茂さんと別れてライターを見に行った。どれがいいのかさっぱり分からない。だけど、雑渡さんが持っていても違和感のないシンプルなライターが目に入った。金属製なのに黒く光っていて、だけど、見ようによっては明るい黒。これしかないと思った。
ようやくプレゼントが決まり、家に帰って夕飯を作る。今日は寒いからポトフにしてみた。野菜がたくさん摂れるし、雑渡さんも喜んで食べてくれるから、重宝してしている。
玉ねぎを剥いていると、視界が暗くなった。立ちくらみのようだ。心臓がまるで動いていないよう。とても静かだ。しばらくすると落ち着いてきて、慌てて息を吸う。苦しくて、私は動くことがなかなか出来なかった。ソファの上に置いてあるリュックを見る。健康診断の結果は「要再検査」だった。心電図がひっかかってしまった。やっぱり私の心臓はどこかおかしいのだろうか。お母さんみたく、心臓に何か問題があるのだろうか。だとすれば、病院に行った方がいいんだろうか。雑渡さんにはいつ言おう。絶対に心配を掛けてしまうから、結果が分かってからの方がいいだろう。病院を受診して、何の問題もないことが分からないと言えない。雑渡さんを悲しませてしまうから。
呼吸を整えてからポトフを作った。雑渡さんは予想通り美味しそうに食べてくれたし、嬉しそうに笑っていた。
彼の笑顔をずっと見ていたい。佐茂さんのように心にずっと残っているだけでは嫌だ。私は雑渡さんとずっと一緒にいたい。ずっと生きて、側にいたい。一人にさせたくない。
そんなことを考えながら私がご飯を食べていたことに雑渡さんは気付いてはいないようだった。ずっと笑っていたから。


[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+