雑渡さんと一緒! 77


雑渡さんは私を毎日抱いて下さった。しかし、それは愛情に満ち溢れたものとは遠く離れたもので、お前などただの玩具なのだと言わんばかりの目線を向けられ続けた。雑渡さんは別に暇なわけではない。夜だっていない日が多かった。それはそうだろう。私だってそうなのだから。だから、抱かれるのは朝であることも昼であることもあった。それでも、こうして繋がりを持つことが出来ているのは私にとってはせめてもの救いだった。この繋がりがなくなってしまえば、私は里から追い出されてしまうのだから。
色恋の基本となる雑渡さんの情報収集など出来るはずもなく、こうして今日も身体を貪られるように強く抱かれた。
そっと雑渡さんの頬に手を伸ばすと、パシッと払われてしまった。私は身体を雑渡さんに差し出していても彼に縋ることさえ許されてはいない。それはとても悲しいことだった。


「お前は、何だ…?」

「はい?」

「…物好きにも程がある」


雑渡さんは奇妙なものを見るような目で私を睨み、いつも通り唇を奪われた。息も出来なくなるほどの接吻は私の心をじわりと侵食していく。こうして身体を重ねれば重ねるほど、私は雑渡さんを知りたいと願うようになった。
恋なんて忍者にとっては邪魔なだけだ。それでも、この人の冷たい心を私で溶かして差し上げたい。そう思っていた。
雑渡さんはいつものように情事後、すぐに着物を羽織った。


「…何故、すぐにお身体を隠すのです?」

「分かりきったことを聞く」

「と、いいますと?」

「私は醜い。こんな身体など晒したくもない」


雑渡さんは全身に火傷を負っていた。だけど、私はその理由を知っている。彼は部下を助けるために業火の中に飛び込んだと聞く。結果として救われた方は今も存命であり、そしてまた雑渡さんもこうして忍びを続けることが出来ている。それは奇跡とも言えることなのだろうが、全ては彼の努力があってのことだろう。三年も床に伏せていたそうだから。
雑渡さんは自分自身をあまりお好きではないように見えた。だけど、こうして領地に出入りしていて耳にするのは雑渡さんを慕ってる方の話ばかりだった。それこそ、男女問わず。


「…何をそんなに恐れておられるのでしょうか」

「何だと」

「人から嫌われることでしょうか?」

「…だまれ」

「それとも、人を失うことでしょうか?」

「だまれ!」


ぎう、っと雑渡さんに首を締められる。このまま雑渡さんが指に力を込めれば私は首の骨を折って死ぬだろう。だけど、雑渡さんの両手は私に向けられている。だから、もうさっきみたく払われることはない。
私はそっと雑渡さんの頬に手を当てて微笑んだ。


「な、何が可笑しい!?」

「お慕いしております。雑渡さん…」


これは事実だった。私は雑渡さんを好きになってしまった。色を仕掛けるどころか、仕掛けられてしまった。だからこれは私の負け。初めから勝ち目のない勝負だった。
雑渡さんは手の力を弱めた。頬に当てた私の手にそっと自身の手を重ね、どうしようかと悩んでいるような顔を見せた。


「…なまえ、といったな」

「ごほ…っ、はい…」

「お前はどこの里の者だ」

「私ですか?私はここの麓にある小さな里の者です」


といっても、親もおらず、出来損ないの私を味方する人なんて一人もいない。だから、厳密に言えばあの里は私の故郷とは到底呼べるような所ではない。それでも、生き延びるためにはあの里に縋るしかない。私は弱い人間だから一人では生きることが出来ない…などと、そんな弱音を雑渡さんに吐いたところで仕方のないこと。言ったところで情けないと呆れられることは目に見えている。だから私は特には詳しく里について伝えることはしなかった。麓の里、と伝えただけ。
雑渡さんは短くそうか、と返事をして、私から離れて行ってしまった。窓から外を眺め、こちらを振り向いてさえくれない。私は着物を羽織ってそっと近付いた。


「なまえは里に戻りなさい」

「は…」

「私などにこれ以上近付くものではない」

「お待ち下さい。私は雑渡さんを…」

「聞こえなかったか。目障りだ、もう行け」


雑渡さんは目線を一度も私には向けてくれなかった。月明かりなどなく、薄暗い部屋は静寂に包まれていた。
こういう時、焦がれた方にどう行動すべきなのだろうか。引くべきなのか、それとも押すべきなのか分からない。ただ一つ分かることは、私の心。ただそれだけだった。
私はそっと雑渡さんを優しく抱き締めた。これは正解ではないだろう。だけど、私はそうしたかった。雑渡さんに愛されなくてもいい。心など開いて貰えなくてもいい。大切になどされなくてもいい。私はただ、雑渡さんの側にいたかった。
雑渡さんは抱き返してはくれなかった。だけど、私の手を払うこともなく、しばらく動かなかった。雑渡さんがどんな表情をしているのかなんて分からない。だけど、きっと嫌な顔をしているのだろうと思った。それでも私はよかった。


「…せっかく逃してやろうとしたのに、愚かな女だ」

「ええ。よく愚かと言われます」

「だろうね。私は気が知れない」

「左様ですか」

「お前は心が綺麗過ぎる。私にはあまりにも眩しい」

「雑渡さん、ご存知ですか?闇夜を照らす月明かりは初めは眩しく感じます。だけど、見慣れてくると闇と同化します」

「ほぉ」

「お側に置いて下されば、いずれ見慣れることでしょう」


私がそう言うと、雑渡さんは低く笑った。
ようやく顔を見せてくれた雑渡さんはゆっくりと私の唇を喰んだ。だけど、今までしたどの接吻よりも優しかった。


「随分と面白い女を手にしてしまったものだ」

「これからもお側にいてもよろしいですか?」

「出て行けと言っても出て行かないのだから仕方あるまい」

「ふふ…ありがとうございます」


雑渡さんは私の着物を剥ぎ取り、ゆっくりと身体に触れた。大きな手はまるで慈しむように私を撫で、そして、これまで経験したこともないような優しさに溢れた愛撫をしてくれた。お互いの呼吸が乱れ、身体が汗ばみ、熱を共有するかのような情事をした後、雑渡さんは裸のまま私を抱き締めた。
この日私は初めて雑渡さんと共に眠った。彼の腕の中で。


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