雑渡さんと一緒! 75


病院とは案外予約を取るのに時間が掛かるものなんだなぁと思いながら卵を割る。ジュワッといい音を立てて焼けていく玉子焼きを見て、思わず笑みが漏れた。雑渡さん、私の作る玉子焼きが本当に好きだなぁ。凄く喜んでくれる。
昨日、雑渡さんは私を抱いてくれなかった。きっと、物凄い要求をしてくるんだろうなと思っていたんだけど。もしかしたら雑渡さんに心臓が痛いことがバレてしまったのかもしれない。だとしたら、これから雑渡さんの質問攻めに合うのだろうか。そんなに心配しなくてもいいのに。私はこうして何事もないように朝食を作ることが出来ているのだから。
玉子焼きを皿に移してから冷蔵庫を開ける。魚を焼こうと思っていたけど、納豆があるから今日は納豆にしようかな。鍋が沸騰していることに気付いて、味噌を溶かす。
さて、と意を決して寝室に戻ると雑渡さんはすやすやと寝ていた。本当に雑渡さんは朝に弱い。私がいなくなったら雑渡さんはどうやって生活していくんだろう。また高坂さんや山本さんをはじめとした部下の方々に起こしてもらうんだろうか。仕方のない人だなぁと思いながら雑渡さんに触れようと手を伸ばすと、ぎゅうっと心臓が痛んだ。息が出来ないほど苦しい。しゃがもうとしたけど、それが出来なかった。天井が見える。起き上がることが出来ない。視界が霞む。
どうしよう、死にたくない。雑渡さんを一人遺して私は死ねない。そう思っているのに、意識がどんどん遠のいていく。
ふと気が付くと、私は着物を着ていた。何が起きたのか分からない。私が動揺していると、頬を叩かれた。痛みに耐えきれなくて倒れ込む。じゃり、と砂が宙に舞った。


「あんた、向いてないよ。そんなんで忍びなんて出来ない」

「わ、私は…」


そうだ。私はくノ一だ。また任務に失敗した。上司に怒られている最中だったのに、妙な夢を見ていた気がする。こんなんだから、私は駄目なんだ。だけど、生きるためには忍びを続けないと。私には身寄りがないのだから。
ふん、と鼻を鳴らされ、上司は私に恐ろしいことを言った。


「タソガレドキ城の忍び組頭を落として来な」

「えっ」

「あの雑渡昆奈門を色に溺れさせてみなさい。それが出来ないのなら、この里から出て行ってもらおうか」

「そ、そんな…」


無理だ。雑渡昆奈門は冷酷な人だと聞く。おまけに、忍術にも戦略にも長けていて、類を見ない才覚だとか。そんな人を私なんかが色に溺れさせることなんて絶対に出来ない。
だけど、やるしかない。やらないと辞めさせられてしまう。
緊張しながらタソガレドキの領地に入る。怖い。ここのどこかに雑渡昆奈門がいて、その人と関わらないといけないだなんて。会いたいのに会いたくない。ドキドキしながら私は足を進めた。しばらく歩くと崖に突き当たった。どうしよう、また迷子になってしまった。どうして私はこうも要領が悪いんだろうか。情けなくなってきて、溜め息を吐くと声を掛けられた。優しく、とは到底言えない声色にビクりとする。


「こんな所で何をしている」

「ひぇ…ざ、雑渡昆奈門…」

「ほぉ。私の名を知っているということはお前、忍びか」


雑渡昆奈門は薄い笑みを浮かべながら刀に触れた。ヒヤリとする。とんでもない殺気だ。殺される、そう思った。
どうせ殺されるのなら、と私は思い切って言ってみた。


「あのっ…ずっと好きでした!付き合って下さい!」

「は?」

「お願いします。私は雑渡様のお側にいたいんです!」

「へぇ…」


これは面白い玩具を手に入れたものだと言わんばかりに雑渡様は笑った。その笑顔の恐ろしいことといったらない。雑渡様は噂に聞く通り、全身を包帯に包んでいた。見える片目の眼光の鋭さは私がこれまで経験したことのないものだった。


「ふむ…そう、お前、名は?」

「なまえです…」

「そう。では、なまえ。お前は覚悟があると言うんだね?」

「か、覚悟とは?」

「この私の女になるということは、当然危険に晒される。私はお前など護ってやる気は毛頭ないし、大切になどする気もない。そうだな…私の欲の発散相手にでもなるだろう」

「か、構いません…っ」

「そう。それは面白い」


雑渡様はニタリと恐ろしい顔をして笑った後、私の唇を喰んだ。そして、ガリッと噛まれる。血の味が広がった。
私が口元に手を当てるのを見て、彼は愉快そうに笑った。


「この私の側にどこまで居られるか見ものだ。面白い、私の女にしてやろう。ただし、寝首を掻こうなどと無駄なことを考えるな。お前の命は私が握っている。それを忘れるな」

「は、はい…ありがとうございます」

「さて…丁度いい。私も帰るところだ。茶屋にでも寄ろうか」


茶屋、とは出合茶屋のことなのだと分かった。これから私は雑渡様に抱かれる。きっと、優しげもなく抱かれるのだろう。だけど、それでいい。私は任務でしか男の人と身体を重ねたことがないのだから。好きな人なんて私には出来ない。男の人は醜いと、そう思っているのだから。
雑渡様はやはり私を出合茶屋に連れて行った。そこで想像通り優しげもなく抱かれた。愛撫らしい愛撫などしては頂けない。雑渡様の大きな物を受け止めるだけで精一杯だった。


「あっ、雑渡様…」

「…ほぉ。これは面白い」

「は、な、何が…」

「ふ…面白い女が手に入ったものだ。しばらくは退屈せずに済みそうだよ。あぁ、そうだ。雑渡様なんて仰々しい呼び方はしなくてもいい。気安く名前で呼んでもらって構わない」

「…雑渡さん?」

「く、くくく…そこは普通、名前だろう」


雑渡さんは可笑しそうに笑った。そして、また腰を振って私の中に欲の全てを吐き出した。私が息を整えていると、雑渡さんはさっさと着物を羽織って空を見ていた。呼吸なんて微塵も乱れてはいない。その時点で私の負けは確定した。
このお方を落とすなんて私には無理な話だ。だけど、やるしかない。もう後戻りは出来ない。この恐ろしく冷たい人を私の手にしないといけない。私は覚悟を決めるしかなかった。


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