雑渡さんと一緒! 79


「申し訳ございませんでした」

「いい加減にしな!」


髪を掴まれて上司に頬を叩かれた。また任務に失敗した。今回は私が全面的に悪い。身体を使ってまで任務に臨んだのに、雑渡さん以外に抱かれることが嫌だと思ってしまったのだから。あぁ、だから忍者の三禁があるのだろう。
結局、何の情報を得ることも出来ず、任務は失敗に終わり、こうして命からがら里に戻れば折檻され、冷たい目で周囲からは見られる。こんな生活があと何年続くのだろうか。


「時に、雑渡昆奈門は落とせたのか」

「は、はい…」

「そうか。そんなつまらない嘘まで吐くか」

「も、申し訳…っ」


胸ぐらを掴まれて、顔を殴られた。くすくすと笑い声が聞こえる。薄暗い気持ちに包まれていく。私を助けてくれる人なんてどこにもいない。その事実は胸を鋭く抉った。
とぼとぼとタソガレドキ領地へと歩く。こうして雑渡さんの指定した小屋へと通うのも、もう慣れた。雑渡さんは私のことなど微塵も信頼してはいない。だから、身体を重ねている時でも枕元には必ず刀と苦無を置いていたし、雑渡さんの自宅など場所さえも知らない。先日は優しくして頂けたけど、今日もそうとは限らない。私はそんなことを望めるような立場にはない。雑渡さんは私のことなど、ただの都合のいい玩具程度にしか思ってはいないのだから。
そんなことを考えていると木が揺れ、大きな何かが現れた。


「ぎゃあっ」

「おやおや。これはまた随分と色気のない悲鳴だね」

「ざ、雑渡さん…」

「ふ、お前も忍びならこの位のことは…お前、顔をどうした」


木から逆さまに現れた雑渡さんを見て腰を抜かしてしまった私の顔をまじまじと見て、雑渡さんは怪訝そうな顔をした。鏡など見ていなくても分かる。酷いことになっているだろう。何度も平手打ちをされたから頬は腫れているだろうし、顔を殴られたから痣になっているかもしれない。
だけど、言えない。任務に失敗した挙句、里の者にやられたなんて。そんなことを言っては、まるで私が雑渡さんに助けて欲しいみたいではないか。私はそんなことを望んではいない。私と彼はそんな関係性ではないし、迷惑は掛けられない。といっても、正直に話したところで彼は何もしないだろう。初めから護る気など毛頭ないと言っていたのだから。


「何でもありません。転んでしまっただけです」

「…そう」

「醜い姿を晒してしまい、申し訳ありませんでした」


よくよく考えれば、こんな顔をした女など雑渡さんは抱く気にはならないだろう。仕方がない、今日は戻ろう。
私は雑渡さんに頭を下げてから山を降りて里へ帰ろうとした。すると、背後から雑渡さんに抱き締められた。太い腕がぎゅうっと私を締め付ける。その加減のない触れ合い方から雑渡さんが酷く怒っていることが伝わってきた。


「誰が帰っていいと言った」

「し、しかし…」

「誰が醜いと言った。勝手に決めつけるな」

「も、申し訳ありません…」

「さっきから申し訳ないなどと…まぁ、いい。来なさい」


雑渡さんに手を引かれ、川へと連れて来られた。雑渡さんは手拭いを濡らし、私の顔を拭った。白い手拭いはすぐに赤く染まっていき、自分の顔に血がついていたことを知る。
無表情で顔を拭った後、首筋に手拭いが移動した。どこまで血が滴ったのだろうか。確かに今日はいつもよりも折檻が酷かった。せめてここに来る前に顔くらいは洗って来ればよかった。私はとんでもない姿を雑渡さんに晒してしまったことを後悔した。恥ずかしくなってきて、唇を噛みながら羞恥に耐えていると、雑渡さんは拭っていた手をピタリと止めた。


「これは…」

「はい?」

「…お前、どこの男に身体を差し出した」

「あぁ、任務で少し…」

「ほぉ…」


雑渡さんは乱雑に私の着物を乱した。胸元を開かれ、まじまじと見られる。今日は星明かりがある。月明かりほどではないにせよ、きっと闇夜に慣れている雑渡さんならはっきりと私の身体を認識することが出来たことだろう。
恥ずかしさのあまり私が俯くと、雑渡さんに首筋を噛まれた。ガリッと音が聞こえ、痛みが走る。そのまま雑渡さんは首筋に流れた血を舌先で舐め、私の唇を塞いできた。やはり、先日のものとは異なっていて、とても優しいとは言えない接吻だった。更に深く吸われ、そっと雑渡さんの背中に手を回す。そのまま私は雑渡さんに抱かれた。雑渡さんは立ったまま私を抱え、奥まで突かれる。ぎゅっと雑渡さんの着物に縋るしかない私は情けないことに早々に果ててしまった。
事後、互いに息を整える。当然のことだが、私よりも先に雑渡さんの呼吸が回復した。大きな手が私の頬を撫でる。その手つきは優しいのに、声色は酷く恐ろしいものだった。


「なまえは私の女だ」

「…はい」

「そして、なまえの命を握っているのは私だ」

「はい。存じております」

「お前の里はこの麓だと言ったね」

「はい」

「そう。分かった」


雑渡さんは私を抱えて空を飛んだ。着物が風を受けてハタハタと揺れる。こんなにも速くて、こんなにも高い位置から森を見るのは初めてのことで、何と美しいのかと思った。
連れて行かれたのは小屋などではなく、大きな庭のある家だった。私には暗くて何も見えないが、雑渡さんはどこに何があるのか手に取るように分かるのだろう。布団の上に寝かされた。そして、蝋に火を灯した後、雑渡さんは「ニ刻ほど留守にする」と言い残して消えてしまった。
残された私は手入れがされていない庭を見て、何となくここは雑渡さんの家なのではないかと思った。可哀想に、椿に至っては枯れかけている。そっと椿に触れる。
あの人はどういうつもりで私をここに連れて来たのだろうか。どういうつもりで私の首を噛んだのだろうか。傷に触れると痛みが走った。それは折檻された時に負った傷とは異なる痛みだった。あの人はまさか嫉妬したのだろうか。いや、そんなことはないだろう。私は彼に好かれてなどいないのだから。そんなことを考えていると胸が痛んだ。それは首筋の痛みと同じで、とても切なくなる痛みだった。


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