雑渡さんと一緒! 81


庭の手入れをしていると、背後から声を掛けられた。


「何をしている」

「お庭の手入れを、と思いまして」

「誰がそんなことを頼んだ」

「だけど、あまりに可哀想で」

「可哀想?」

「ええ。これらは美しい花が咲きます。なのに、開花することなく生を終えてしまうというのは、可哀想に思えて…」


花は愛でられる物だ。なのに、蕾にさえなることが出来ずに朽ちていくことは可哀想だと思った。まるで私のようで。
私が振り向くと、雑渡さんは理解出来ないという顔をしていた。ただ、それよりも私は雑渡さんの包帯が血に染まっていることに気付いて慌ててしまった。雑渡さんに駆け寄る。


「お、お怪我は…」

「ない。全て返り血だから案ずるな」

「…任務に行っておられたのですか?」

「さて。どうだろうか」


雑渡さんは頭巾を床に投げ捨てた。そして、そのまま縁側に座り、庭を頬杖をつきながら眺めた。きっと彼は花になど微塵も興味はないのだろう。やはりよく分からないといった顔をしながら、ふぅん、と言っていた。
私は雑渡さんの隣に腰掛けた。特に拒まれはしなかった。


「あの、包帯を巻き直しましょう」

「不要だ」

「ですが、汚れています」

「自分では巻ききれない」

「ですから、私がやります。やらせて下さい」

「なまえが?ほぉ、これは見ものだ…」


にたりと雑渡さんは笑い、棚から包帯と薬を持って来た。やれるものならやってみろ、と言わんばかりに雑渡さんは着物を脱いだ。一巻きずつ丁寧に解いていくと、恐ろしいほど爛れた皮膚が露わになった。顔に至っては、片目が潰れている。とても痛々しくて、思わず目を逸らす。
すると、雑渡さんは薄く笑いながら私を遠ざけた。


「こんな物を見て平然としていられる方が異常だ」

「…そうでしょうね」

「だから、よせと言ったんだ。こんな気味の悪いもの」


雑渡さんは解かれた包帯を見つめてから投げ捨てた。その行動から自暴自棄になっているということが分かる。何とも言えない顔をしている雑渡さんからは心の悲鳴が聞こえてくるような気がした。
私は薬を手に取り、そっと雑渡さんの顔に塗っていった。


「これは驚いた。よく触れるね」

「触れますよ、別に」

「こんな気味の悪い皮膚など私でも触れないよ」

「気味など悪くありません」

「これは実に分かりやすい嘘を吐くものだ」

「嘘ではありません。痛々しく見えて、おつらそうだとは思いますが。これはあなたの努力の証ではありませんか」

「…努力、だと?」

「はい。部下を助け、怪我を負っても鍛錬を積み、こうして任務に就くことが出来ているのは雑渡さんの努力があったからのこと。この火傷は誇ってもよいものだと私は思います」


すっと包帯を巻いていく。雑渡さんは黙って包帯を巻かせてくれた。火傷は全身に及んでいた。爛れたところもあれば、変色しているところもある。とても痛そうに見えた。
全身の包帯を巻き終わり、そっと背中に着物を掛けると、雑渡さんは私を押し倒して来た。いつものように床に。


「…お前は、人を惑わせる才覚があるようだ」

「私がですか?」

「恐ろしい女だよ、なまえは」


朝日がさしてきている中、雑渡さんと身体を重ねた。それはそれは激しい情事だった。だけど、優しさを感じた。
目が覚めると雑渡さんは既に家にはいなかった。これはいつも通りのことで、多忙な雑渡さんは任務に赴いたのだろう。私は里に戻るために着物を整え、外に出た。見渡す限り、全て木だった。森の中にこの家はひっそりと建っているのかもしれない。しかし、困ったことにどうすれば里に戻れるのかが分からない。闇雲に動けば間違いなく迷子になってしまうことだろう。
今日は雑渡さんの帰りを待つ方がいいのかもしれない。里に戻れば上司にまた戻りが遅いといって折檻されるかもしれないが、このまま森の中で命を落とすよりはマシだ。
私が玄関口へと向きを変えると、ポフッと何かに当たった。見ると、見慣れない着物を着た雑渡さんが立っていた。


「どこへ行く気だった」

「里へ戻ろうかと…」

「里?そんなものはもうない」

「ない?どういうことです?」

「ふむ…見た方が早いか」


雑渡さんは私を昨夜のように抱えて木々を渡り、あっという間に里へと連れていってくれた。できれば、歩く方法をとってもらいたかった。このままでは私はあの家へ二度と一人で行くことが出来ない。この時はそう思った。だけど、里へ行って、それは誤りであると気付いた。
里は雑渡さんの言う通り何もなかった。肉と家が焼かれたにおいが立ち込めている。あちこちに刀や苦無が散らばっており、中には刀を握りしめたまま斬られた腕が落ちていた。
思わず私は腰を抜かして、地面に倒れ込んだ。


「なまえの命は私が握っている。こいつらではない」

「で、ですが…」

「なに。半刻も要しない程度だった」


その言い方から、これは雑渡さんがしたことなのだと分かった。雑渡昆奈門は忍術に長けていて、そして冷酷な人だと聞いていた。それをこうして自分の目で確認してしまうと、雑渡さんに言いようのない恐怖を覚えた。
いつか私もこんな風に殺される。そう思い、雑渡さんの顔を見ると、胸が痛んだ。彼は冷酷な顔などしていなかった。どこか悲しそうで、こうして里を襲ったことを悔やんでいるかのような顔をしていたから。あまりにも雑渡さんの表情が痛々しく思え、ぎゅっと彼の着物を握ると、ふ、と笑った。


「私といることが恐ろしくなったか」

「…いいえ」

「ほぉ。これは度胸のあることだ」

「私は雑渡さんの女ですから」

「ふ…では、帰ろうか」

「ええ。帰りましょう」


楽しそうに笑う雑渡さんに抱えられ、私は雑渡さんの家へと戻った。私は一人では里から雑渡さんの家に行くことが二度と出来ないと思っていた。だけど、それは誤りだった。私は雑渡さんの家から外には一人で出ることが二度と出来ない。これから私は雑渡さんに飽きられるまでずっと一緒に生活をしていくことになるのだろう。それは恐怖であり、そして、幸福でもあった。
ようやく私はあの里から解放された。ようやく私は一人ではなくなった。例え雑渡さんが一時の興味で私を求めていたのだとしても、生まれて初めて誰かに欲してもらえたことが嬉しくて、私は雑渡さんのために生涯を捧げようと思った。
こうして、雑渡さんとの生活は幕を開けた。恋仲や夫婦などでは決してなく、歪な関係のままで。


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