雑渡さんと一緒! 82


なまえと付き合って一年が経った。一年経った今、改めて思い返してみても、なまえはよく私なんかと付き合ってくれたなと思う。あんなにも酷いことをしたのに。
自暴自棄になってなまえに思ってもいないことを言い、犯そうとした私をなまえは受け入れてくれた。そして、私にも自分を受け入れろと言ってきた。残念ながら、自分を完全に受け入れることはまだ出来ていない。だけど、これが自分なのだと諦めることは出来るようになった。弱くて、嫉妬深く、すぐに感情的になり、分かったようなことを言うくせに何も分かっていない。そして、なまえと付き合うまで自分でも気付かなかったことだが、私は誰かに理解して欲しいと思っていたようだ。誰かを愛し、誰かに愛されたいと思っていた。こんな情けないことに気付きたくなんてなかった。知れば知るほど私は稚拙な人間だった。私はこんな男は到底好きになどなれないが、それでもなまえは私の側にいてくれた。
そっとなまえの随分と伸びてきた髪を撫でる。あんなに柔らかく、綺麗な髪をしていたというのに、入院してから艶が随分と落ちてしまった。髪とは手入れをしないと傷んでいくのだと初めて知った。今度、北石に聞いて何か用意してあげないといけないな、と思いながら、そっと髪に口付ける。


「なまえは私よりもずっと大人だし、強いね。私はなまえと出会って、どんどん弱くなっていってしまったよ。これでも私はなまえと出会う前までは自分は強いつもりでいたんだよ?一人でも平気だと思っていた。だけど、それは単なる強がりだったんだとなまえが教えてくれた。なまえがいなければ照星と和解なんて絶対に出来ていなかったし、佐茂を信じようとなんて思わなかったと思う。私を理解してくれる人が増えて欲しいとなまえは言ったね。私もそう思っている。だけど、それは一人では到底無理だ。だから、これからも私の側にいてよ。一年なんて言わず、何十年も私と一緒に…」


ぽろっと涙が落ちて、慌てて目を擦る。こんな台詞を言いながら泣くなんて情けない。口説く時は涙なんて見せるな。
ポケットから小さな石の付いたピアスを取り出す。寝ていても邪魔じゃない程度のピアス。北石にピアスはある程度着けていないと穴が閉じると教えられた。私は別に閉じたって構わない。だけど、きっとなまえは悲しむだろう。だから、これは特別。二つも贈る気なんてなかったんだけどなぁ。なまえは狡い子だ。これではまるで私がピアスを開けたことを容認しているみたいじゃない。
恐る恐るピアスを通す。痛い?と聞いたけど、返答はない。


「あ、可愛い。案外、こういうのもいいものだね。そういえば、なまえの誕生石はダイヤなんだね。誕生石なんて初めて知ったよ。ふふ、これからなまえに贈るアクセサリーは全てダイヤになってしまいそうだよ。そういえば、この間の誕生日はあまり一緒にいられなくてごめんね。時間調整したつもりだったんだけど、甘かった。まぁ、去年に至っては全く時間を共有出来なかったんだけどさ。何で教えてくれなかったの?潮江くんには教えたくせに。これはまだ根に持ってるからね。言っておくけど、私は一度根に持つとしつこいよ?」


頬を摘もうとして、やめた。代わりに唇を撫で、触れるだけのキスをする。温かい。それだけで、とても安心する。
扉がノックされ、振り返ると潮江くんが立っていた。手に花を持って。去年から思っていたけど、君は花なんて柄じゃないだろう。それは私も同じだけど。でも、なまえは昔は花が好きな子だったから、きっと喜ぶんだろうな。花かぁ…卒業式に花束を欲しいとなまえに言われたけど、何を買えばいいんだろう。花束なんて当然買ったことはない。花屋に行くこと自体が気恥ずかしいし、どの花がいいのかなんて全然分からない。そういう意味でいえば、潮江くんは私よりも大人なのだろう。悔しいけど、それは認めるしかない。
潮江くんは私の隣に座った。私に花を差し出してきたから、首を傾げながら「私にくれるの?」とでも言って揶揄ってやろうと思った。だけど、とてもそんな気分ではなかった。だから、大人しく花を受け取った。だけど、首は傾げた。


「これ、どうしたらいいんだろう」

「花瓶に生けろよ」

「花瓶。そんな物はうちにはない」

「コップでいいだろ」

「あぁ、成る程。それは思い付かなかった」

「応用力がない。弛んどる」

「はは。そうだね、確かに私は弛んでるね…」


だけど、今は一人で起きることが出来ている。というより、あまり眠れない。何時間かに一度目が醒めるし、起きて隣になまえがいなくて絶望する。一人で眠るには大き過ぎるベッドは冷たくて、芯まで冷えていくような気がした。
生憎、コップなんてこの病室にはない。誰も使わないのだから。仕方がないからペットボトルを切って生けることしようと思い、立ち上がる。ただ、残念ながら私はカッターもはさみも持ち歩いていない。どうしたものかと悩んでいると、潮江くんがナイフを差し出してきた。所謂アーミーナイフというやつ。こんな物、どこで普段使うんだろうか。


「凄いね。初めて触った」

「お前の方が刃物とか持ち歩いてそうなのにな」

「生憎、前世で嫌というほど凶器を使ったものでね。その反動か、今は刃物は極力触りたくもないんだよね」

「あぁ…俺は逆にないと落ち着かない」

「それ、危ない思考なんじゃないの?」

「うるせぇよ」


よく分からないけど、銃刀法違反にはならないのだろうか。照星に言ったらうるさそうだから黙っておいてあげよう。
刃物ね…昔は私も常に持っていないと不安だった。仕事柄、よく使っていたし、私の命を狙う不届者が多くいたから。それに、なまえのことも。感情的になって里を襲い、なまえを抱いた男を殺したなぁ。あの時はまだなまえのことが好きだなんて認めたくなかった。忍び組頭としての矜持が許さなかった。本当は随分と前からなまえのことは好きだったけど、私はどうしても認めたくなかった。あんなに分かりやすく色を仕掛けてくるような女なんて遊び以下の扱いしかする気はなかった。なのに、なまえの綺麗な心に触れるうちに私は後戻りが出来ないくらいなまえのことが好きになっていた。
今も昔も私は幼稚で弱い。何も変わっていない。情けなくて、思わず笑ってしまうと潮江くんが神妙な声を出した。


「…お前、痩せたな」

「そぉ?」

「ちゃんと食ってんのか?」

「食べてるよ。ほら」


ゴミ箱に捨てた弁当を私が指さすと、潮江くんは溜め息を吐いた。失礼だな。今日はこれでも食べられた方だ。
何かを食べたい、という気持ちはもう随分と前になくなってしまっていた。いや、食べられるものならなまえが作ってくれた温かいご飯が食べたい。だけど、それが叶わないのなら別に何だっていい。最低限、身体を動かせるだけの食事が摂れれば私は十分だった。
なまえ、このままだと私は倒れてしまうかもしれない。だから、早く起きてよ。いつもみたく私の好きな笑顔を向け、美味しいご飯を作ってよ。お願いだから、私と生きてよ…
そんなことを考えていると、また涙が出てきた。慌ててペットボトルに水を汲んで誤魔化す。だけど、きっと潮江くんは私が泣いていることに気付いただろう。それでも潮江くんは何も言わず、花を生ける私から目を逸らしていてくれたのだから、やはり彼は私なんかよりもずっと、大人なのだろう。


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