雑渡さんと一緒! 83


「時になまえ。お前にこれをやろう」

「えっ、頂いても良いのですか?」

「こんな見窄らしい見た目の女を私が囲っているとは周囲に思われなくないものでね。身なりくらい整えなさい」

「う…あ、ありがたく頂戴致します」

「あぁ。そうしなさい」


家に帰ると雑渡さんから櫛を渡された。上等な物であることが分かる。そっと傷んだ髪に櫛を通すと、雑渡さんは愉快そうにくつくつと笑った。それが私を馬鹿にしている笑みなのだと分かったけど、私はあえて雑渡さんに微笑み掛けた。理由はどうあれ、この様な物を贈って頂けて嬉しかったから。
雑渡さんは私が笑うと驚いた顔をして、目を逸らした。


「…今日は街でなまえの着物を仕立てる」

「着物ですか?」

「そんな粗末な着物など纏うな」

「残念ながら私には着物を仕立てる程の財力はありません」

「誰がなまえに支払わせると言った」


不快そうに雑渡さんは鼻を鳴らした。これはつまり、雑渡さんが私のために着物を仕立てて下さるということなのか。
雑渡さんはまた私のことを見窄らしいと言ったけど、決して馬鹿にしたような顔はしていなかった。見ていて胸がじわりと熱くなるような、そんな優しい表情をしていた。
雑渡さんに連れられて街へ来てみて思ったが、確かに私の着物は粗末なものだ。使い古された着丈の合っていない着物は誰から貰ったものだったか。雑渡さんは手触りのいい生地を私に当てながら首を傾げた。思わず私も首を傾げる。


「ふむ…随分と大人びて見える」

「こ、これは私にはあまりに派手ではないでしょうか?」

「そうだね。これはなまえには似合わない。もっと淡い色の方がいいだろう。お前はまだ幼いから、着物に顔が負ける」


雑渡さんはとても失礼な、だけど本当のことを言った。私の顔は幼い。お世辞でも綺麗とは言えない顔をしている。それでも私は世間で言うところの適齢期というものを大きく過ぎている。なのに、嫁の貰い手が未だないということが己の顔つきが周囲からどう評価されているか分かるというものだ。
次に雑渡さんは私に淡い色の着物を差し出してきた。その触り心地から麻ではなく、絹であることが窺える。上等の生地には美しい椿が一輪咲いていて、とても綺麗な着物が仕上がるだろうと思った。だけど、これはとても高価な物であることくらい分かる。それこそ、先程の生地よりもずっと。


「あぁ、先程よりもずっといい」

「こ、こんな高価な物は私には…」

「お前の意見など要らない。私がなまえに似合うと思った物を今後は着てもらう。異論は認めない」

「に、似合いますでしょうか…?」

「似合うさ。この私が見立ててやったのだから」


ふ、と雑渡さんは笑って、懐から紐で束ねられた大量のお金を取り出した。あまりの量に思わず目を見開く。こんな大金など見たこともない。なのに、雑渡さんは店主に乱雑に投げて、私の着丈に仕立てるよう指示を出し始めた。
されるがままに採寸され、次の店に連れて行かれる。色とりどりの組紐が下げられた店だった。雑渡さんはやはり先程のように私に当てながら選んでくれた。雑渡さんは淡い色の組紐を手に取り、満足そうに笑ってから購入してくれた。それを優しげもなく、乱雑に手渡される。触ると、やはり上等の品であることが分かる。淡い色の組紐には金糸が混じっており、光に照らされて美しく輝いていた。このような高価な物を頂いていいのだろうか。私がそんなことを考えていると、雑渡さんは不満そうに言った。お前は可愛くない、と。


「私がなまえに身に着けて欲しいと思った物を、似合うと思った物を選んでいるというのに、お前はそれが不満か?」

「いえ、ただ、あまりにも上等な物なので…」

「覚えておきなさい。物の価値など金では図れはしない」

「はぁ…」

「今日購入した品はなまえが身に着けて初めて価値が出る。逆に言えば、お前が身に着けなければ、ただの屑となるだろう。物に価値があるのではない。なまえに価値があるのだ」


雑渡さんは厳しい口調で言った。だけど、言った後に恥ずかしそうな顔をして、私から顔を逸らして歩いていってしまった。その場に残された私まで恥ずかしくなってきた。まるでこれでは雑渡さんに口説かれているみたいではないか。
慌てて私が雑渡さんの後を着いて行くと、茶屋の前で雑渡さんは足を止めた。疲れたら腹が減った、と言って。
茶屋で注文した品が届くなり、雑渡さんは餡のかかった団子をおもむろに食べ始めた。あっという間に消えていった団子の串を口に咥えて揺らしながら、雑渡さんは不思議そうに尋ねてきた。なまえは甘味は食べないのか、と。


「生憎、甘味は贅沢と育ちましたもので。口に合いません」

「ほぉ。それは残念なことだ」

「そうでしょうか?」

「なまえはもう少し肉を付けた方がいい。抱き心地が悪い」

「そ、そうですか…」

「私に今後も抱かれたいのならば、覚えておきなさい」


雑渡さんは二本目の団子を食べ始めた。黙々と食べ進める雑渡さんを見ていても、別に食べたいなんて思わない。むしろ、甘くて不味そうに見える。だけど、私が雑渡さんと共に過ごすためには口にしなければいけないようだ。私は意を決して団子を口にした。やはり、想像通り甘くて、とても美味しいとは思えない。ベタベタと口の周りに餡が付いた。


「ふ…そんな顔をしてまで口にする物ではない」

「し、しかし…」

「逆に聞くが、なまえは何が好きなんだ」

「好きな物…強いて言えば米でしょうか」

「米?」

「ええ。米なんて滅多に口には出来ませんが」

「ふ、ふふ…」

「雑渡さん?」

「ははは。そうか、米か。これは面白い」

「な、何が可笑しいのです」

「米などいつでも食えるだろうに」

「そんな、米は贅沢品ですよ!?」


それこそ、滅多に口になど出来ない。麦飯以外を口に出来る日は何かの祝い事か、もしくは珍しく任務に成功した日くらいのものだ。里がなくなった今、もう私は二度と米を口にすることが出来ないのかと思うと、ひもじくなってきた。
雑渡さんは楽しそうに笑った後、私の口の周りの餡を舐めた。そして、そのまま口付けられる。人前でそんな破廉恥なことをされてしまい、私は羞恥のあまり俯くしかなかった。


「そうか、米か。安心なさい。お前が私の側にいる限り、米などいつでも好きなだけ食わせてやろう」

「ほ、本当ですか?」

「く、くくく…なまえは案外と食い意地が張っているね」


雑渡さんは愉快そうに笑いながら音を立ててお茶を啜った。
私が雑渡さんの側に置いてもらえるというだけでも有り難いことなのに、更に高価な物まで与えて下さり、米を食べさせてくれるなんて。この人は私をどうしたいのだろうか。
あぁ、だけど、それでも。先程のように照れたお顔を見ることが出来ることがこれからもあって欲しい。これからもこうして一緒に出掛けられる日があって欲しい。こうして一緒に過ごすことが許されていると、まるで恋仲のようだから。


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