雑渡さんと一緒! 87


今日はやけに冷えると思ったら、雪が降っていた。庭に咲く赤い椿が白く染められていて、美しい。手入れをした甲斐があったなぁと庭を眺めていると、床から雑渡さんが腕を伸ばしてきた。そのまま抱き寄せられ、二人で庭を眺める。


「咲くものだね」

「はい。この半年、手入れをした甲斐があります」

「あれは何て花なの?」

「椿です」

「へぇ。あれが椿か」

「雑渡さん、ご存知なのですか?」

「耳にしたことがある。椿は儚い花である、と」

「そうですね」

「どうして?」


雑渡さんが椿を眺めながら首を傾げたから、私は庭に出て一輪の椿に手を伸ばした。ポロリと地面に積もった雪の上に赤い花が落ちた。先程まで木に咲いていたというのに、随分と呆気なく落ちる。これが椿が儚いと言われる所以だろう。
椿が落ちると雑渡さんは興味深そうな声を出した。


「成る程。確かに儚いものだ」

「椿は己の去り際を知っているのです」

「それは殊勝なことだね」

「ええ。だから、椿は美しいのでしょう」


私の好きな花。無事に蘇ってくれてよかった。
寒くなってきて、布団に潜り込む。雑渡さんは両腕で私を抱き締め、温めてくれた。包帯越しにでも雑渡さんの温もりを感じる。厚い胸板に顔を擦り付けると、雑渡さんは嬉しそうな眼差しを向けてくれた。髪を撫でられ、首筋に指を這わせられる。そして、先程つけられたばかりの私が雑渡さんのものであることの証を指でなぞっては満足そうに笑った。
雑渡さんと暮らし始めてから早いもので半年が過ぎた。この半年で私は雑渡さんのことを随分と理解できるようになっていた。だから、この想いが一方的なものではないと分かり、とても嬉しい。雑渡さんは私のことを好いてくれている。それも、とても深く。私が雑渡さんの想いに気が付いたのはいつだったか。決して言葉にはして頂けなかったけれど、雑渡さんは想いを表情や態度で示してくれていた。出会った頃は意地の悪い顔で笑っていたことが最早、懐かしく感じる。
雑渡さんは柔らかな顔で微笑んだ後、私が庭から持ってきた椿を私の髪に当てた。ふ、と嬉しそうに笑いながら。


「なまえは椿がよく似合う」

「生憎、私は椿ほど美しくも、儚くもありません」

「果たしてそうだろうか。私はなまえが儚い存在だと、そう思っているよ。今にも消えてしまいそうなほど儚く見える」

「そうありたいです」

「おや。私を置いて散ろうとしているのか」

「その時は泣いて下さいますか?」

「さて。それは先の楽しみとして、とっておきなさい」


二人でくすくすと笑う。こんな世の中だ、命なんていつ尽きるか分からない。雑渡さんが任務に赴く度に無事に戻ってきてくれることを私は祈ることしか出来なかった。それがとても歯がゆい。私がもう少し使える忍びだったなら、雑渡さんのお役に立つことが出来たかもしれない。そう思うと、つらくて仕方がなかった。だけど雑渡さんは私のもとへいつも戻ってきて下さる。時折、怪我をしていることもあったけど、ほんの擦り傷であることが多く、何でもないと笑ってくれていた。そして、留守の間、家を守ってくれてありがとう、と必ず言って下さった。その優しさが嬉しくて、私は不慣れだった家事を頑張れた。初めは酷いものだった。とても口に出来ない食事しか用意することが出来なかったのだから。だけど雑渡さんは特に何の文句も言わずに最後まで食べてくれた。今では人並み程度には調理することが出来ていると思う。決して美味しいなどといった言葉を投げ掛けては貰えなかったけど、ちゃんと表情で美味しいと伝えてきてくれた。
私はいつまで雑渡さんとこうして一緒に過ごすことが出来るのだろうか。いつまで幸せな時間は続くのだろうか。


「あぁ、そういえば、暖かくなったら忍術学園へ行こう」

「忍術学園?」

「忍びの学校のようなものだ」

「はぁ…でも、何故?」

「面白い子がたくさんいるんだ。紹介してやろう」

「面白い子…ですか?」

「そう。保健委員の子たちはどの子も愛らしいし、私はいつも世話になっている。それに、潮江くんという血気盛んな子がいる。面白い子でね、私と一戦交えることを望んでいる」

「そ、それは変わった子ですね…」

「でしょう?」


雑渡さんは本当に楽しそうに笑った。その、潮江くんという子のことが気に入っているのだな、と分かる。
忍者の学校、か。私もそこに行けば今よりは使えるようになるのだろうか。いや、きっと私は駄目なのだろうな。向いていないと雑渡さんに鼓膜が拒否したくなるほど言われているから。それに、これ以上は雑渡さんに迷惑を掛けられない。
私は時々、人に攫われることがあった。それは必ず一人の時で、そして、雑渡さんに恨みを持つ者や、雑渡さんの弱みを握りたがっている人たちばかりだった。必ず雑渡さんは迎えに来て下さった。血生臭いお姿で。毎回、何人殺めたのだろう、と思うほど暗い目をしていた。毎回、申し訳なくて私が謝ると、雑渡さんは私を必ず優しく抱き締めてくれ「生きた心地がしなかった。無事でよかった」と言って下さった。そのあまりにも深い愛情に私は縋ることしか出来ず、そしてまた、こうして雑渡さんを好きになっていってしまう。
私は雑渡さんと恋仲でいるだけでは満足出来なくなってしまっていた。雑渡さんと夫婦になりたい。雑渡さんの子を成したい。そう願うようになってしまった。私はどこまで強欲な女なのだろうかと恥じたし、とても雑渡さんにはそんなことは言えなかった。私とは身分があまりにも違うから。


「…何を考えている」

「何も?」

「ほぉ。相変わらず、下手な嘘を吐く」

「下手…でしょうか?」

「お前は器用ではないのだろう。お前に初めて会った時から私は分かっていたよ。私のことなど微塵も好いていないと」

「えっ…」

「だが、別に構わない。こうしていられれば私は十分だ」


そう言うなり、雑渡さんは私に優しく口付けて下さった。とても幸せそうなお顔をして。
私は雑渡さんを心から好いている。だけど、雑渡さんには伝わっていないのだろうか。いや、きっと伝わっているだろう。人の心を読むのがあまりにも得意な方なのだから。しかし、私が雑渡さんに近付いた理由はどうあれ、雑渡さんは嘘だと分かった上でこうして私をお側に置いて下さっているのだと分かり、とても嬉しくなった。あぁ、やはり私は雑渡さんに好かれている。私の全てを愛そうとして下さっている。
忍術学園とやらで私はその子たちと上手くやれるだろうか。新たな出会いを予感して、弾む気持ちが抑えられなかった。


[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+