雑渡さんと一緒! 85


「ほぉ。これがお前の女か」

「はい」

「意外な女を連れているな。まだ生娘に見える」

「ふ…これでいて、なかなか良い物を所持しておりますよ」

「そうか。それは末恐ろしいことよ」

「そうですね」


雑渡さんとお殿様は笑っていたけど、私は愛想笑いをして震えるしかなかった。お殿様と会話なんてしたことが一度もない。それどころか、こんなにも近くで見ることすら初めてだ。雑渡さんは慣れた様子で会話をしているのだから、やはり位の高い方なのだと改めて知る。お殿様は側に護衛すら置いていないということは、信頼されているのだろう。
タソガレドキ領地に私を住まわせる以上は殿の許可を得る必要があると雑渡さんに言われ、私はお城に連れてこられた。雑渡さんが先日選んでくれた物を身に着けて。やはりそれは上等の物で、とても肌馴染みがいい。だけど、これはお殿様に会わせるために購入してくれたのだと分かり、少しだけがっかりした。私が喜ぶから贈って下さった、と思い上がっていたことが恥ずかしくなる。やはり私と雑渡さんはお殿様が思うような仲睦まじい間柄ではないということが改めてはっきりと分かり、私は身分不相応ながらも寂しいと感じてしまったのだ。いつから私はそんなにも欲深くなってしまったのだろうかと恥ずかしくも、情けなくもなった。
私は雑渡さんのことが日に日に好きになっていってしまっていた。そして、雑渡さんの態度も日に日に柔らかいものへと変化していっているのを感じた。時折、優しい眼差しを向けて下さるようになった。だから私は勘違いしてしまっていた。雑渡さんは私のことを好いて下さっているのだ、と。


「して、お前はこの娘と暮らすというのだな」

「ええ。一度殿に御謁見をと思いまして」

「いいだろう。お前が惚れた女に儂も興味が湧いた」

「ありがとうございます」

「そんなにも良いというのならば、一度味わいたいものよ」


お殿様は私を見て、にたりと笑った。次の瞬間、隣にいた雑渡さんがとても静かな声で殿、と言った。殺気を漂わせて。あまりの殺気に私は震えた。そして、心配にもなる。例え信頼し合う仲といえども、お殿様にこんな殺気を向けるなんて失礼なことをしてもいいのだろうか。
私はくノ一だ。雑渡さんがお殿様の相手をしてこいと言うのならば、応えるだけの覚悟くらいはある。もちろん雑渡さん以外に抱かれることは嫌だけど、私がお殿様と関係を持つことで雑渡さんの地位が上がるのなら、別に拒んだりはしない。いや、私は誰に対しても拒んだりはしない。そうやってしか生きることが出来なかったのだ、今更どうも思わない。


「そのような冗談を私は好みません」

「ふ、これはまた面白い。益々、興味が湧いた」


お殿様は可笑しそうに笑ったし、雑渡さんも笑っていた。だけど、貼り付けたような顔をして笑っていた。
お城を出て雑渡さんと一緒に歩く。雑渡さんはまだ機嫌が悪そうで、とてもではないけど話し掛けることなど出来なかった。雑渡さんが冷酷な人だとは私はもう思っていない。だけど、雑渡さんの放つ殺気はとても恐ろしいものだと思っていた。それを一度、私にも向けられたことがあるのだ、思い出しただけでも震え上がってしまう。
ピタっと雑渡さんは急に足を止めて、上を見た。私が上を見上げると、木には忍びがいた。全く気付かなかった。敵襲かと思ったけど、雑渡さんは慣れた様子で彼の名前を呼んだ。


「陣内」

「は。どうされました、このような所で」

「なに、殿になまえを会わせにね」

「…不躾な質問で申し訳ありませんが、こちらは?」

「ふふふ。私の女だよ」

「組頭の…でございますか?」


陣内と呼ばれた男性は怪訝そうに私を見た。信じられない、と言いたそうだ。雑渡さんほど位の高い人ならば、もっと綺麗な人をはべらせられることだろう。なのに、どうしてお前がと言いたいのだろうなと思った。だけど、陣内という人の目線は雑渡さんに移っていた。雑渡さんを心底信じられないという目で見ている。そして、彼は溜め息を吐いた。


「…すみません。少し、意外でしたので」

「ふ、そうだろうね。私も予想外のことだ」

「程々になさって下さいね」

「おや。私に忠告をしているつもりなの?」

「これは失礼を致しました」


陣内さんは雑渡さんに頭を下げた。そして、私に向かってとても柔らかな笑顔を向けてくれた。見ていて落ち着くような、そんな慈悲に満ちた笑顔。こんな優しい顔なんて私は誰にも向けられたことがない。だけど、まるでお父さんのようだと思ってしまった。父親のことなんて幼少の頃に戦死したから何一つ覚えていないけど。
陣内さんは私にも頭を下げてくれた。思わず恐縮する。


「組頭のことをよろしくお願いします」

「は、はい…」


そんな任されるような間柄ではないのだけど、と思いながら私が頭を下げると、雑渡さんは嫌そうな顔をしていた。
家に帰り、頭巾を投げ捨てて雑渡さんは床にドカリと腰を下ろした。目線で私に座れと伝えられたから、私は雑渡さんと向かい合う形で静かに腰を下ろした。私が座るや否や、雑渡さんは私に接吻してきた。その接吻の乱雑さから、雑渡さんが私に対して怒っているということが伺えた。


「ざ、雑渡さん…」

「お前、何を勘違いしている?」

「勘違い…ですか?」

「お前は私の女だ。誰かれ構わず抱かれようとするな」

「…気付いておられましたか」

「それと。私以外の男に愛想など振り撒く必要はない」

「振り撒いた覚えはありません」

「ほぉ。陣内に随分と思い入れているように見えたが?」

「あぁ、それは…」

「覚えておけ。なまえは私からは逃げられない」


雑渡さんは私の着物を乱雑に乱し、首筋に食い付いてきた。だけど、以前のように噛まれたわけではない。吸われた。ピリッと痛みが走る。そのまま唇はゆっくりと下降していき、胸元を吸われた。身体がじわりと熱くなる。
唇を離した雑渡さんは痕を見て、満足そうに笑った。


「なまえが身体を許していいのは私だけだ」

「ざ、雑渡さん…」

「私の女になるということは、そういうことだ」


熱い眼差しを向けた雑渡さんは私を抱いて下さった。まだ陽が完全には落ちておらず、明るい。私の貧相な身体は全て雑渡さんにくまなく見られていることだろう。
そっと雑渡さんの背に腕をまわす。雑渡さんは満足そうな声を出し、私を力強く抱き締めた。雑渡さんは時々こうして、まるで嫉妬しているかのようなことを言うことがあった。思い上がりでもいい。雑渡さんに好かれていると、そう思いたい。とても口になど出来ないけど、雑渡さんと本当の恋仲になりたい。ずっと彼の心を私で染めたい。そんな強欲なことを思いながら雑渡さんの熱を全身で受け止めた。


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